第三十話 自覚がない神様

「あ……」


 ゆっくりと目を開ける。

 暖かい空気。

 うすらボンヤリとして焦点が合わない。

 靄がかかったみたいに、頭の中がボーッとしている。


「う、ん……」


 何をしていたのか、思い出せない……分かるのは、硬い地面に横たわっているって事……。

 少しずつ鮮明に、ボンヤリがなくなって見えてきた景色。


「青空……だな」


 ボーッと寝転がったまま、真っ青な空を見上げる。

 ただ青色。


 ……綺麗。

 本当に綺麗。


 私の目の色と同じ。

 お父さんが好きだって言ってくれた……み空色。

 大好きな色。


 じっと見ていると、純粋な色に吸い込まれそう。

 うーん、でも、なんか……違和感が。

 なんでだろ?

 ついさっきも見上げたような気がする……。

 どうしてだろう、右手がズキズキする。


 私は、ムクリと体を起こす。

 その時、始めて隣に座っているサユねえちゃんに気づく。


「大丈夫か? リリー」


 心配そうに見てくる……サユねえちゃん。

 そっと私の頭に手を伸ばして、一回だけ優しく撫でてくる。

 くすぐったいけど、安心する。

 大好きな手。


 なんか……いっつも、ねえちゃんには、こんな顔させてばっかりだ。


「ごめん、サユねえちゃん。いつも無茶して……心配かけて」


「まったくだ、肝を冷やしたぞ。あそこまで、やることはないだろう」


 今度は眉を眉間に寄せて、少しだけ怒った顔で、私を見る。


「あそこまで……?」


 なんだっけ……?

 目を閉じて、思い出そうとする。

 考えてみるけど、思い出せない。


「力の使い過ぎで、一時的な記憶障害が起きているのかもしれん。時期、戻るだろう」


 そんな物騒な事を、さらりと言うサユねえちゃんを見つめつつ考える。


 使い過ぎ?

 力、ちから、チカラ?

 なんだっけ? 闘っていた……誰と?

 ……大きい女の人。

 サイ、ラン……。


 ……。


 段々と覚醒してくる……。


 ……カク、ご。


 ……。


 覚悟。


 唐突に、——思い出す。


「勝負はっ!? あの後どうなったの?」


 私は、サユねえちゃんにじり寄り、ガバッと肩を掴み、前後左右にゆさゆさと揺らす。


「サイランはどうなったの!?」


 ——コツン!


「アホ!」


 私の頭を小突くサユねえちゃんは、


「約束はどうした!? 約束は!」


 と、逆に私の両腕を掴んで、怒ってくる。


「約束?」


 ん? と、首をかしげて考える。

 なんだっけ……、必死だったし、なんかもう、ワクワクしちゃって……。


「力を使うのは十秒だけと、言っただろう!」


 あー、なんか……言ってたかも。

 ははははは……どうしよ。

 私は、はなをすんと鳴らし、


「夢中だった、か、ら……」


 それ以上、続きの言葉が出なくなった。

 サユねえちゃんの真剣な眼差し。

 この目は本気で怒っている。

 そして、どこか悲しい色——


「前にもいっただろう。あの力は危険なんだ。使い過ぎたら飲み込まれて、人にもどれなくなる……リリーが、リリーでいられなくなる」


 私の腕を離し、大きく息を吐き出して、


「心配だよ」


 見つめる悲しい色。

 苦しくなる。

 胸が苦しくて、一杯になる。


「ごめん」


 力に飲み込まれたら、私は私のじゃなくるって……夢中になって、忘れていた。


「——今回は、何事もなかったんじゃから、もうそれぐらいで許してやればええじゃろ。そんなに怒ると、眉間のシワが取れなくなるぞ、サユ」


 団長の声に振り返る。

 私と顔が合った団長は両肩を一瞬、ふっと上げて下げる。

 そして、頬をポリポリかいて苦笑いをする。

 困った奴じゃと、今にも言いたそうな表情。

 私もポリポリと頬をかいて笑い返す。


「まったく! 団長は、リリーには甘々!」


 頭をガシガシと掻きながら、立ち上がるサユねえちゃん。


「それはお互いじゃろ。今回は大丈夫じゃった。確かに次は分からん。なら?」


 答える団長に対して、私越しに団長を睨む、ねえちゃん。


「だから、サイランか……なるほどな」


「そう、奴は強い。リリーが暴走しかけたら止めれるぐらいはの」


 二人の話を聞きながら、私もゆっくりと立ち上がる。


 うん、少しフラフラするけど……。

 腕や足を触って確認する。

 うん、身体は大丈夫。

 どこにも痛い所はない。


「だから、決めたのか……サイランに預けると」


「知り合いが、少ないってものもあるが……奴なら一番任せられる。色々な意味でな」


 色々な意味? なんだろう? 私は聴き耳を立てる。


「技か」


「そうじゃ。我々、我々魔人は高い能力で学ばずとも、自ずと技を生み出し、編み出していくが、人はそうではない」


 わざ? 駆け引きみたいのもの? かな。


「私も団長も誰かに教えるの上手くはないか……むしろ苦手だしな……」


 サユねえちゃんは、私を振り返り、


「リリー、 君に足りないものはわかるか?」


「うん……何となくわかるよ。私に足りないもの」


「リリー、君は強い。だけど……強くなるのが早すぎたんだ。力に技が、ついて行ってない」


「つまり、それをサイランさんの所で教えて貰うってことね」


「そうじゃ。サイランは、あー見えても……歴戦の戦士。学ぶところも多いいじゃろう」


 私は、団長とサユねえちゃんを交互に見る。

 すると、サユねえちゃんが、拳を突き出してくる。

 

 いわゆるグーパンチで。

 いつものやつだ。

 私とサユねえちゃんの遊び。


 私はそのグーパンチに拳を軽くぶつける。


「リリー、君はまだまだ、階を上がれる。だから……忘れるな、私の言ったことを」


「うん。もう、忘れない」


 私を真剣に見る、サユねえちゃんに誓う。


「君は忘れっぽいからな」


 小さく微笑む、サユねえちゃんを見て、私は笑い返す。


「そんなことないよ。大切な事は忘れないよ」


 二人でクスリと笑い合う。


 そういえば……サイランは無事なんだろうか?

 周りを見渡して探してみるな姿はない。


「おー! 目が覚めたかリリー! ちょっとコレを探しにな。随分と遠くまで吹っ飛んでおったから見つけるのに手間をとったわーー!」


 随分と遠くからサイランの大声が、聞こえてきた。

 目を凝らすと、遠い所からこっちに向かって歩いてきているのが見える。

 元気そうだ。

 ん?

 よく、見ると肩に誰かを担いでいる……確か、ミーシャだったかな? 猫耳が付いている。

 でも……あ、あれ生きてるの? 手足をダラーンと垂らして、全身、砂と土まみれだ。


 その時、気づく。


「あれ? サユねえちゃん。私が寝ている間に移動した?」


 おかしいな、森の開けた場所にいたはずなんだけど……ここは。

 荒野。

 何もない更地。

 所々、大きな岩がゴロゴロしており、向こう何百メートルには森、木々が見えるけど……。


 突然、後ろからサユねえちゃんに抱きつかれる。


 ——!!!!


 巨大な柔らかいモノが背中に当たる——それは柔らかいおっきなマシュマロが、ふたつ押し付けられているみたい。


 す、スゴイボリューム……。

 くっ!

 はっきり言って! う、ら、や、ま、し、いっ!

 同じ物を食べているのに何故?

 何故?

 なーぜー!?

 こうも育ちが違う?


 ……はぁー、ため息出る。


 こんな私に、おかまい無しに話を続けるオッパイ魔人。(ほっそり美人)(そのくせに爆弾をふたつ下げてます)


「移動なんかしてないよ。これはね、リリーとサイランが衝突した余波で——消し飛んだの」


 消し飛んだ?

 ぐるっと首を動かして見回すと、半径数百メートルは荒野だ。

 ぽっかりと空いた巨大な空間は不自然だった。

 つまり……元々あった木々を吹き飛ばした所に私は寝ていたのか。

 うーん、そっか、まだまだ全然コントロールできてない……、な。


 私の肩にサユねえちゃんは、アゴを乗せて、


「本当に無自覚な……神様だね、君は」


 ……神様なんて言われても分からないよ。


 何か、言葉を言い返そうと考えていると、


「おー! リリー! 体は問題ないか!?」


 サイランが、のっしのっしと歩いて来る。

 ビヨーンと伸びているミーシャを静かに地面に下ろして、私の前に来る。

 ああ、そこは流石に落としたりはしないのね、なんて思っていると、


 スッと離れるマシュマロ。

 あっ! 言い返すタイミング逃した!

 もー、サイラン。空気よめっ!


「はっはっは! ん? どうしたリリー?」


 はっはっは、どうした? じゃないよ。

 なんで、そんなにニコニコ笑ってるのよ?

 もう!

 ……はぁー、まあいいや。


「サイランさん、私の覚悟は伝わった?」


 私の視線と言葉を受けると、何故かオロオロしだすサイラン。

 目が明らかに泳いでる。

 うーん? なんか変なの。

 すると、


「すまんかった! 舐めていたのは……私のほうだった」


 クシャッと顔を歪めて、申し訳無さそうな表情で言葉を口にする。


「試して悪かった。リリーの覚悟、受けとった。身の芯まで届いた……それにな」


 ……どこか、気まずそうに、恥ずかしそうに、続きを話す。


「サイランでいいぞ? さんはいらん。闘いの最中は呼び捨てだったろう?」


 赤い顔のサイラン。

 あれ? なんか、可愛いクマさんみたい……。

 そっか、そっか、サイランも大切な何かを守る為に私を試した……で、いいんだね?


「じゃー、サイラン! よろしく。色々、教えてよ」


「ああ、こちらこそだ」


 差し出した右手を握り返す。

 ニッコリと破顔して笑うサイラン。

 ほら、やっぱり。こんな顔で笑う人に悪い人はいないよ。


「よろしくリリー!」


 ゴホンと咳払いをして、一言。


「それでな、突然で驚くと思うが……リリー、私の娘にならないか?」


 …………。


 ……。


 ………はい?


 たっぷり十秒はだっただろうか?


「「「えーーーーっ!」」」


 三人の驚きの叫び声が荒野に響く。

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