第二十九話 生きて、生きていたい
「リリーが、……変わった」
(えーと……、おねえ、ちゃん……? ? あの子の神気の強さが……)
「——ああ、今、跳ね上がったね。何かを隠し持っていたのだろう。とっておきの、力を……な」
(……なーんか、まだありそうだけどね……、私の世界にある漫画の設定でー、変身するたびに強くなるキャラがいるんだけど……)
「前、おまえが言っていた、絵がある本か、確か……漫画だったか」
(そうそう! 私の勘だけど、まだあの子は力を隠してるね!)
「サイクンの勘はよく当たるからな……。しかし、……それはそれで、癪に触るな」
(もう! おねえちゃん! サイクンじゃなくて『あかね』って呼んでよね。何回も言ってるのに!)
「私にとっては、今も妹の名前は、サイク——」
サイクンもとい、『あかね』は言葉を遮り、
(それは、前世の話! 今の生まれた世界では『あかね』なの。大体、転生先まで追いかけてくるなんて、私の記憶が残っていたから、よかったものの……ストーカーだよ! 変人だよ! 変態おねーちゃんだよ!)
「……わかったわかった。悪いが、サイ……、あかねよ。もう少し力をかしてくれ」
(はいはい、仕方ないなー、もう時間はあんまりないよ?)
「ああ……」
グングンと近づいて来る。
その神気は、あかねの言ったように尋常じゃない強さだ。
「さーて、覚悟か」
リリーが森を抜けて、飛び出してくる。
眼前、十メートル程で足を止め、息も切らさず何事も無かった様に言う。
「待っててくれたんだね。ちょーっと、強くなったけど、びっくりしないでね」
(それが、ちょっとか! 別次元やん!)
妹のツッコミに同意しつつ、
「ワクワクさせるね……」と、私は小さく呟く。
「本気を出せる人間が、災厄以外にいるとはな」
それが、今、目の前にいる小さな少女だと、昨日の私に言っても信じないだろう。
リリーは、姿勢を落とし、右拳を前に突き出す。
そして、ゆっくりと両足を前後にすりながら構える。
「サイラン、と? 妹さん? 今から本気の私の覚悟……ぶつけるよ」
(腰だめに拳を構える紅髪の美少女! エモいー!)
リリーは、静かに動きを止める。
(はー、緊張感のない奴だ……。戦いに集中させろ!)
両腕を熊の様に上げて構え、リリーを待ち受ける。
「くるぞ!」
(がんばりまっしょい!)
——ドンッ!
真っ直ぐに突っ込んでくるリリー。
「馬鹿正直に突っ込んできたか!」
リリーに向かって両腕を振り下ろす。
「なっ!」
しかし、そこにはリリーは影も形もない。
風を切る両腕。
「こいつは、偽物、——殺気か!」
(姿が実在する程の殺気なんてあるの!?)
一瞬、混乱する二人に——
「半分正解で、半分間違い」
真後ろから聞こえたリリーの声。
同時に背中に激しい衝撃。
——バギッ!
すっ飛ぶサイラン。
追撃するリリー。
「——弾けろ、細神弾」
右手の一振りで、数百の小さな紅い玉を撃ち出す。
それは、サイラン目掛けて高速で飛んでいく。
「なめんじゃないよ!」
吹っ飛びながらも体を回転させ、——ボンヤリと紅く光らせた腕を、無数に飛んでくる紅い玉目掛けて振りかぶり、落とす!
が、全ては消せずに——
(くっ、一個一個がいちいち! 重い!)
サイランは、全身に衝撃を受け、更に吹き飛ぶ。
「爆散」
リリーの声と共に、
——ドォォッーーンッ!!
閃光と爆発音。
紅い玉の全てが爆発し、大地を抉り、巨大なクレーターができる。
しかし、そこに、
(いない?)
サイランの姿はない。
リリーは、左右に視線をうごかし、
「——上っ!」
見上げるや——踵。
空から降って来るサイランの踵が目に入る。
「くっ」
瞬時に判断して、ギリギリで躱し——
爆散する大地。
躱したにもかかわらず、その威力で吹き飛ぶ。
「はっはっは!」
高笑いしながら、サイランが追いかけてくる。
地を擦り、着地したリリーに肉弾戦を仕掛ける。
三メートルはある巨人のラッシュ。
右、左と、蹴りも織り交ぜ、息もつかせぬ怒涛の攻撃。
その巨体からは信じられないスピード。
その全てをリリーは躱す。
上へ下へ、右へ左と風に舞う木の葉の様に。
(ほんとっ! チョロチョロと!)
「「はーーっ!」」
渾身の力を込めたサイランの拳と、迎え撃つリリーの拳が打つかる。
——ズズッン!
両者、一歩も引かずに拳をぶつけ合う。
そのまま固まる二人。
ミシリミシリと拳が押し合い、けずれる音がする。
小さなリリーが、巨大な拳を受け止めて立っているのは、何処かシュールな光景だった。
「サイラン勘違いしてない?」
そのままの状態でリリーは話し出す。
「私が得意なのはこっち」
拳の先で小さな少女が笑う。
「空を飛ぶ拳撃って、知ってる?」
——ドンッ!
リリーの拳がサイランの拳を跳ね除ける。
(な、何が起こった?)
サイランの目からはこう写った。
リリーが宙に浮いていると——
そのままだと、力が入った攻撃は出来ないはず、だが、しかし、そのリリーが繰り出して来る一撃、一撃は凄まじく重い。
(これは一体どう言うカラクリだ?)
リリーの猛撃を躱し、防御しながら考える。
反撃するにも当たらず、逆に何発かもらってしまう。
(おねえちゃん! あの子、飛んでるんじゃなくて——何かに乗ってるよ!)
よく見るとインパクトの瞬間に、リリーの足元が光っている。
(これは……)
「なるほど、小さい玉の上に」
パッと離れるリリー。
「もうバレたか」
舌をペロッと出して笑う。
「でも、分かっていても……ついてこれる?」
空を蹴り、飛んで来るリリー。
右拳を弾き、左蹴りを躱し——
目まぐるしく動き回り、臓腑を一発で持っていく一撃。
そのひとつ、ひとつをサイランは冷静に捌く。
(インパクトの瞬間に……同じ力を足場に発生させて、固定しているのか、器用なものだ)
サイランは後ろに大きく飛び、リリーと距離を取る。
「大きな相手と戦う為に編み出した……のか」
両腕を挙げて、
「さーてっ! リリー。きっとお互いに時間は、残りはあまり無いはずだ!」
更に大きな声で、サイランは叫ぶ!
「一発だっ! 次の一撃で終わりだよ!」
リリーは、ポリポリと頬をかき、「サイランて、『さーて』って口癖?」クスリと笑って言葉を返す。
「いいよ。次で最後……いくよ」
「来な」
それぞれに人外が力を解放する。
「超身体強化」
紅い光が暴れる。サイランから溢れ出す光が嵐の如く、爆発する。
「
リリーの右手が光る。
徐々にそれは、意志を持った様に形を取る。
拳に装備した紅い短い槍。
生きて、生きて、生きて、死ぬ。
うまく言えないけど、嫌いじゃない。
紅く光る右手を左手で撫でる。
「私は生きて、生きて」
這いつくばっても——
「生きていたい」
それが私の覚悟。
——二つの光が衝突する。
紅く染まる世界。
大地が鳴動する。
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