第108話 光速を超えろ(2)
『黄昏の4』アーケルトは孤児だった。
自身を産んだ母の顔も名も知らない。物心ついたときには孤児院にいたのだ。そして、その孤児院は規模が小さいうえ、なぜか金もなかったため、彼は酷く困窮した少年時代を過ごした。
その孤児院の院長は『極夜の魔術団』の信者であり、魔術信奉者だった。
後に知ったことだが、その孤児院に金がなかったのは、院長が本来食費などに使うべき金を魔術団に寄付していたからだそうだ。
院長は孤児の中から魔術の才あるものを探していた。御眼鏡にかなったアーケルトは、程なくして魔術師となった。
孤児院の院長をはじめ、魔術師になってからも偉そうな魔術師達から、ゼフィラルテ・サンバースという存在を、魔術を崇めるよう言われてきたが、アーケルトは宗教に全く興味を示さなかった。
その理由は単純である。
彼は、『現実』を見ているからだ。 そして、それしか信じない。
院長は、「魔術とは全知全能の力であり、尊い物である」と言った。その魔術の才がある自分は、貧乏であり、居て当たり前の両親もいなかった。魔術の才があっても、ないものはない。それが現実だ。
魔術のことを聖なる神秘として扱おうが、邪なる道具として考えようが、その威力も練度も変わらない。現に、あんなにも敬虔深いミーシャやシェパードは自分よりも下位の魔術師ではないか。
祈りの先にあるのは、今ある現実の延長線でしかなく、祈りによって分岐する未来など存在しない。
自身の行動によってのみ現実は変わるのだ。
彼が、『黄昏部隊』としてこの儀式に参加する理由はただ一つ。金だ。
前金としてかなりの額をもらった。
儀式が成功すればまた金がもらえる。魔術団はゼフィラルテが生き返ることで、世界が変わると信じている。アーケルトはそんな理想も信じていないし、それに興味もない。金のためだ。金は現実に干渉するために非常に強力な力を持っている。
得た金で、のんびりと優雅な余生を過ごして生きようと思う。
くそったれな世の中への当てつけにクソほど裕福な孤児院をぶっ建てても良いな。
◆
「お、リベンジかァ……?」
通路の先から、空という少女が再び歩いてきた。アーケルトは、ぼーっとしていた意識の焦点を彼女に合わせる。
どうせ『
「来いよ」
アーケルトの言葉に空は何も返さない。
そして、空は、背負っているワニ?を模したリュックに手を伸ばし、何かを取り出した。
――銃だろうが、怖かねェ。俺の『
空が取り出したのは、片手斧だった。
意外な武器だが、特に怖い要素はない。
ただ、一つ恐れるのは。
――さっき、一発ぶちかましたのに全然ビビッてねェな……。
何か秘策があるのか? 顔に諦めや恐怖が全くない。
奴の速度はさっきのが限界じゃないとか。……いや、それはないだろう。あの初撃は必殺の威力を孕んだ一撃だった。出し惜しみする意味がない。
となれば、
――『覚悟』か。
「……だが、『
現実は残酷だ。
空が消えた。さっきと同じことだ。
近づいたら電撃をぶちかますのみ。まあ、自動反撃なのだが。
「あ?」
発動しない。ということはまだ、彼女は接近してないということだ。
何を企んでる。
後ろを振り返ると、少女は手斧を大きく振りかぶっていた。そして、消え――
『
――なるほどな……。手斧を投げると同時に自身も突っ込んだのか。
手斧自体も速度は少女の能力の影響を受けているのだろう。全く見えなかった。
見えていないのも関わらず、飛んできた手斧をアーケルトが知っているということは。
「ぐ……ッ……!」
電撃が手斧と、空に炸裂したからに他ならない。
恐らく、「同時に二か所の迎撃は不可能ではないか」という考えでやったのだろう。
残念ながら、アーケルトの『
この迎撃に行う、雷は
10m以内に物質の侵入を捉えた瞬間、雷はジグザグと空中を駆け抜け、その物体を攻撃する。他にもまだ侵入物があればその雷は消えずに、再び空を泳ぎ、物体に直撃するのだ。
速度がなければ、一筋で複数の迎撃は不可能だろう。光速ゆえに成せる技だ。
ただし、一度攻撃したものに同じ雷が再び炸裂することはない。
もう一度同じ相手に電撃を浴びせたいなら、詠唱してもう一筋の雷を手動で起こす必要がある。無論、一度10mの範囲から相手が出て、再び入ってきたならば新たな電撃が自動起動する。ちなみに、自分が動いている間は能力が発動しなくなるので、自分が動いて相手を範囲に入れようとするのは得策ではない。
もし、この電撃を攻略するのなら、光速を持って雷を避けるか、直撃後それに耐え迅速にこちらを攻撃するかの二択。
今回で確定したが、この少女に光速を超える速度はない。
そして、目の前で呻く姿を見るに、直撃後に速く動ける様子もなさそうだ。
アーケルトは一歩下がり、空を10m以内から遠ざけた。最初とは違い、あちらは電撃を受ける可能性を視野に入れているだろう。意識している攻撃と意識していない攻撃では、ダメージが雲泥の差だ。立て直しは先ほどより早いことが予想される。
連撃を敢行すべく詠唱するよりも、彼女を範囲の外に出すことで、再び迎撃態勢に入る方が無難。
だが、空は再び通路に走っていった。
「また逃げやがった……」
しかし、今のを見てあることがわかった。
思ったよりも効いている。
あちらが電撃を意識したうえの直撃であり、そこまでダメージが入っていないと思っていたのだが、直撃から通路へ逃げるまでの硬直時間が一度目より長かった。
次、また『
――恐らく次は、再詠唱できる余裕がある。
立て続けに電撃を叩き込めば、勝敗は決すだろう。
「待ってるからよ……、蹴りつけようぜ、嬢ちゃん」
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