第109話 光速を超えろ(3)

 ここからはなるようにしかならない。

 作戦会議は十分に済ませた。


 2度目の電撃をあえて・・・受けたことで、カレンの作戦は成立した。


 空はバックから取り出した、スペアの手斧を器用に回しながら、通路を歩く。


『悪いけど、ここからは私じゃどうにもできないから……』


 カレンからの声が、無線を通して空の耳に届く。


「わかってるッス」


『任せるわね。全部』


「背負うッスよ。カレンちゃんの思いも」


 曲がり角を抜け、現れる広間。




「――さーて、最終ラウンドと行くかい?」


 狐崎空。

 電撃を使う魔術師と三度目の対面である。





 同じ場所に佇む魔術師は、今もなお自信に満ちた顔をしている。


「……余裕そうッスね?」


「『二度あることは三度ある』。そんなことわざが日本にはあるらしいじゃねェか」


 魔術師は肩を回し、にやにやと笑いながら、そう言った。

 そして、顔から笑みが消えた。


「嬢ちゃん。お前じゃ、追い抜けない」


 魔術師は手を広げ、構えた。


「……ぶっ殺す前にもう一個日本のことわざを教えてあげるッスよ」


「ほぅ? 何を?」


「『三度目の正直』。意味は今からわかる」


 空は、その場で何度か跳ねる。適度に力を抜き、そして、親指の先を地面に向け、


「次で、その電撃もろともお前をぶち抜く」


 そう言い、空は駆けた。


「うちで」


 ◆


『――私があんたを、光速へ届かせる……』


カレンはそう言った。


「……できるんスか……?」


『まあ、アンタを光速にするのは不可能だし、あれを小細工なしに超えるのは難しいけどね。でも、作戦を練って工夫すれば、あれに喰らいつくことはできるかもしれない』


「喰らいつく……」


『だって、そもそもあれは完璧な光速じゃないもの』


カレンの言葉は衝撃だった。


「そうなんスか?!」


『多分ね。アンタに付いてるカメラの映像を解析したけど、あれは自然現象である雷をモチーフにした魔術だと思う』


「雷?」


『電気がジグザグという軌跡を描いていた。これは雷で見られるもの。イメージ湧くでしょ?』


「確かに一瞬スけど、ジグザグに見えたような……」


『それに、魔術はゼフィラルテっていう大昔の人間によって考案されたものが大半だそうじゃない。ゼフィラルテが実際に生きていたのは、14世紀のこと。電池ができるのは18世紀だし、電気が使われたり研究されるのはもっと先の事なのよ。となれば、あれは電気を操る魔術というよりは、雷を再現する魔術が正確ね』


「なるほど……。でも、それが速度とどう関係するんスか?」


 電気を操るのと、雷を再現するので何か違うとは思えない。


『うん。で、ここからが本題。私はさっき光速を時速10億kmだと言ったけど、これはあくまで真空中での話。雷だったらそれよりもっと遅いの』


「ど、どんくらいなんスか?!」


 もっと遅いのならなんとかなるかもしれない。

 希望が見えて――


『その3分の1、時速3億kmよ』


「……カレンちゃん、実は頭悪いんスか?」


 空が自由に動き回れる最高速は時速1200kmである。億の時点でもう誤差だ。


『ちょっと! 話は最後まで聞いて!』


 カレンの慌てる様子が目に浮かぶ。


『私だって時速3億kmをどうこうできるとは思ってないわよ! でもね、これは雷の最高速の話』


 今の言葉、引っかかる。最高速。

 

「……最高速・・・ってことは遅いときがある……?」


『そう! 雷ってのは実は2度の電撃で構成されているの。2度目の電撃を「主放電」と言って、これがあんたのイメージする雷だと思う。そして、これはさっき言った通り、時速3億kmの速さで空中を駆け抜ける』


「こっちはどうしようもないッスね」


『――だけど、1度目の電撃、「先駆雷撃せんくらいげき」はそうじゃない』


「『センクライゲキ』?」


 初めて聞く言葉だ。なんとなくカッコイイ響きだと空は、思った。

 ……ダメだ、ちゃんと話を聞かなくては、と自分に言い聞かせる。


『「主放電」が空気中においても時速3億km出せるのは、既に電気の通り道があるからなの。その道を作るのが「先駆雷撃」』


「……」


 空の頭がフル稼働する。難しい話は苦手だ。それも恐らく物理系の話。


『というのも雷は、空気中を進むわけだけど、空気は絶縁体で電気を簡単には通してくれないの。だから、「先駆雷撃」が道を作らなきゃ、時速3億kmなんて速度到底でない』


「ほーぉう」


『……わかってる? まあいいわ……。ともかく、一度目の電撃である「先駆雷撃」は「主放電」と違って、電気の通り道がないの。だから、色々な影響をもろに受けて進むってわけ。

 山道みたいなもんよ。先頭に歩く人は道がないから大変で、後から付いていく人は先頭が踏み鳴らしてるから歩きやすい』


「あー納得ッス!」


 空は考える。『先駆雷撃』は頑張って、あとに続く『主放電』の道を作らなきゃならない。だから、

 

「えー、つまりその『先駆雷撃』は遅い……てことッスか?」


『そういうこと。で、そっちさえ避ければ、あんたに到達する「道」もないわけ。「主放電」が届くこともないからアンタに電撃が直撃することもない』


「それを避けるのがうちの役目ッスね」


 その『先駆雷撃』の速度はまだ聞いていないが、カレンの口ぶりから恐らく回避をするにあたって現実的な数字なのは間違いない。彼女を信じる。


『……でも、避ける作戦を完璧にするためにはまだ情報が足りない。狐崎、言いにくいんだけど――』


もっぺん・・・・スね?」


『……うん』


 あと、一度。それなら耐えられる。


「お安い御用ッスよ」


 こうして、カレンの指示通り手斧と共に、電撃の直撃をあえて・・・受けに行ったのだ。


 ◆


 ――さて、こっからが大変なんスよね。


 空は、魔術師の周りを駆ける。

 現在『3速』。時速600km。リニアモーターカーに匹敵する速度だ。

 この速さはオペレーターが指示できる速さを超えている。空がすべてを計算し、タイミングを読まねばならなかった。


 ――ッ!


 覚悟を決め、作戦を開始する。


 空は魔術師の後ろを取り、二度目同様手斧をぶん投げた。魔術師後方20mくらいの場所からだ。あっちの間合いは10m。つまり、すぐには電撃は発動しないはず。

 そして、すかさず、『4速』に切り替える。


 手斧が空中を漂う。

 加速中、その速度に合わせて世界がスローに見える。手斧はまだ、魔術師の半径10mには入らない。

 空は、魔術師の正面に移動した。魔術師前方10mと少しの位置だ。


 ――さぁ、勝負……ッ。


 魔術師後方から、手斧。前方には空が陣取る。問題なし。


 やっていることは二度目の時と同じ。

 ここからだ。 


 ◆


「――これで良かったんスよね?」


 本日二度目の電撃を受け、空は通路に戻ると地面にへたり込んだ。

 しびれが酷い。

 考えていた通り、これが限界だ。次直撃すれば、もう動けそうもない。


『ありがとう、狐崎。完璧よ』


 カレンに頼まれたのは、手斧と同時にあちらに近づくこと。それによって何が変わったのか、何がわかったのかは、空にはわからない。


『今ので、色々裏が取れた。まず、電撃は一筋であり、範囲に入った順番にその物体を攻撃するということ。何本も雷が出てるんじゃない。アンタにつけてる小型カメラがそれを捉えてた。そして、もう一つは、奴の魔術が発動するのはピッタリ半径10mってことよ』


「……これで、あいつを倒せるんスか?」


『大分勝率があがったわ』


 そうカレンは言うと、


『次の三回目で、奴を倒す。今からその作戦を伝えるわね』


 ◆


 空は神経を研ぎ澄ませた。

 一瞬の誤差も許されない。


 奴の電撃、そのうち「先駆雷撃」を躱すためにはそれほど難易度が高い。


 チャンスは一度。


 対人課、狐崎空。その強力な能力で隠れてしまいがちだが、戦闘に於いてそのセンスは伊佐奈紅蓮に引けを取らない。

 若くして多くの任務をこなし、日々鍛錬を積み重ねてきた。

 それはよく使う武器である、手斧の扱いも同様。投げた際、どのくらいで敵で当たるのか、そういった読みにも自信があった。


 空の集中力は、頂点ピークに達した。

 加速し、全てがスローモーションの世界。自分だけが動き、知覚できる独立した静かな世界。すなわち、自分だけの世界。

 彼女の精神に乱れはない。

 

 嵐の前の静けさと言えよう。


 ――今。


 その瞬間、手斧が魔術師の半径10mに到達した。


 ◆


『――まずはステップ1。2回目同様、斧を投げてから、魔術師に近づく。このとき重要なのが、斧のほんの一瞬あとに奴の迎撃範囲に入ること。目測と感覚頼りになるけど、必ず守って』


「うちが先だとダメなんすか?」


『絶対ダメ。さっきも言ったけど、電撃は一筋、そして早い物順に迎撃を行う。だから、斧より後にあんたが迎撃範囲に入れば、電撃は魔術師から・・・・・じゃなくて、手斧から・・・・アンタに向かってくることになる。たったの10mの差だけど、この差がないと「先駆雷撃」は躱せない』


 二回目同様、つまり斧を投げるのは、魔術師を挟んで反対側からだ。

 よって並びとしては、空、魔術師、手斧だ。その差が10mずつあるわけだから、手斧と空の距離は20m。魔術師から電撃が来るよりは余裕がある。


「……で、カレンちゃん。どうやったら、あの電撃を躱せるんスか? ……『先駆雷撃』の速度もまだ聞いてないッス」


 空は本題に切り込んだ。


 ◆


 手斧と空が魔術師の半径10mに入った。

 先に入った手斧を電撃が捕捉し、炸裂。

 そして、電撃は魔術師を挟んで向かいにいる空を目標にとらえた。


 無論、アーケルトはこのことに気づかない。どんな攻防があるかも理解していない。彼はもちろん、人間の認知能力ではこれを捉えることはできないからだ。


 だが、アーケルトに心配はなかった。

 理由はシンプル。 


 こちらの電撃が速く、奴は遅い。

 この現実が依然として、自身と敵を隔てているからだ。


 ◆


『――うん。ここからがステップ2。どうやって躱すかだけど……。ステップ2を実行するには、アンタに相当の無茶をしてもらわなきゃならない』


 カレンは重々しく、そう言った。通信機越しでもわかる。


「……というと」


 とはいえ、どんなことでもやるつもりだ。


『「4速」の上よ』


 空の能力において『4速』は限界である。

 ただ、これは自由に動ける・・・・・・限界であった。


「『何速』スか?」


 空の『〇速』は倍々で速度が上がっていく。『4速』は時速1200km、『5速』は時速2400km……という風に。




『最低でも「8速」。つまり、だいたい時速2万kmを出して欲しい』




「『8速』……」


 『4速』を超えると、バリアがあまり効かなくなる。身体への負担が急激に増加するのだ。『5速』ですら100mくらい走ればバテバテだった。故に、『4速』が彼女にとって、任務行動における最高速度と言って過言ではない。

 それを超える。

 恐らく、『8速』とまでなると、普通に走っただけでも最悪死に至るだろう。


「……どんくらい走るんスか?」


『走らなくて良い。上体だけでも良いから身体をずらす。……50cmってとこね』


 50cm。それくらいなら『8速』でもイケるか? 試したことなどない。

 能力のことは感覚的にわかる。高い所から飛び降りるとき「ここからは怪我をしそうだ」とわかるような感覚である。

 今回の『8速』50cmは、正直言って微妙なラインだ。


『……行けそう? 無理なら言っ――』


「大丈夫ッス」


 無茶は承知の上だ。カレンもその気でこんな提案をしている。

 カレンは根が優しい子だ。こんな提案をしたくて、しているわけじゃない。空の我儘に付き合い、できることを精一杯してくれている。

 こちらも、それに全身全霊をかけ、答えなくてはならない。


『……あと、「先駆雷撃」の速さの件だけど』


 ◆


 空は、魔術師の半径10mに入った瞬間に更なる加速を始めた。


 ――『8速』……ッ!


 すぐにそれ・・を本能で理解した。


 この『8速』は、オーバースペック以外の何物でもなく、死が隣合わせであることを。大きく身体を動かせば、空の身体はいともたやすく崩壊するだろう。


 ◆


『――「先駆雷撃」の速度は、時速72万kmよ』


 カレンは、さらりとそう言った。


「72万km……?」


 空は驚きを隠せない。


『えぇ、そうよ』


 空に提示した速度は『8速』で時速2万kmだ。光速に比べればまだまだマシだが、それでも大きな開きがある。

 もちろん、『8速』以上を空が出せるわけではない。カレンの提案する『8速』は本当にギリギリなのだ。どうやって躱す?


「躱せるんスか……?」


『理論上は問題ない』


カレンは強くそう言った。


『……確かに、「先駆雷撃」は「8速」よりも遥かに速いけれど、距離・・がある。本来は10mだけど、手斧を使って生み出す、20mという距離、これを生かす。具体的には、電撃が手斧から20m先にいる狐崎へ到達するまでにかかる時間は0.00010008秒。つまり猶予が約0.0001秒生まれる』


 あまりに短い時間だ。


『でも、「8速」ならこの0.0001秒で約53cmは動ける。計算上だけど』


 ようやく空は、作戦の趣旨を理解した。

 『先駆雷撃』よりも遅い『8速』で電撃を躱すため、手斧をデコイにして距離を、そして時間を稼ぐということだ。


「……その53cmという最小の動きで『先駆雷撃』を躱せば良いんスね?」


『えぇ。……でもね狐崎――』


 ◆


 『8速』という速度に身を置くことで更に、世界がスローモーションになる。それでも、雷撃を完全に視認することはできないだろう。

 


 ――ぜってぇ躱す。


 すぐ近くにある「死」を感じてなお、空は折れなかった。


 ◆


『――この作戦は難易度も高いし、酷く不安定なの。

 まず、ステップ1でアンタが、目測で正確に10mを測らなきゃいけないし、躱すには絶対20mは必要なの。斧より早く飛び込めば、10mになってしまうし、遅く飛び込んでも電撃が斧からでなく魔術師からになってしまってやっぱり10mになる。このタイミングをドンピシャで掴まなきゃいけない。』


「そうッスね」


 口には出さなかったが、ステップ1にあたるこの工程には自信があった。それは一度、斧を投げて魔術師に突っ込むというのを二回目にやっているからである。

 カレンは情報を得るため、裏を取るためにやったことだが、空にとってはリハーサルとなっていた。故に、カレンが考えるよりも成功率は高いだろう。


『でもね、ステップ2、躱す工程だけど、これは電撃がいわゆるホーミングしないこと前提の作戦よ。狙いを定めてから攻撃目標地点が変わらないという仮定がある。もし、そうでないなら50cmズレたところで電撃は当たる。そもそも50cmじゃ避けきれないかもしれないし。だから酷く不安定と言える』


 つまり、空が完璧なまでの動きをしても負けるかもしれないということだ。


「大分、厳しいッスね」


『……うん』


 部の悪い賭けではある。

 しかし、


「……でも、勝ち筋が見えた。届くはずのなかった光速が、もう手の届く範囲にいる」


 空は拳を握った。


「うちだけじゃ、絶対たどり着けなかったし、選べもしなかった選択肢ッス」


『狐崎……』


「絶対、成功させて見せるッス」


 絶対にだ。


「大丈夫ッスよ。日頃の行いがいいから、運には自信あるッス!」


 ◆


 空、動く。


 ――ッ!? なッ……!


 足が動かない。『8速』の負荷は想像以上だった。

 上半身を右前方に倒す形で身体を動かす。


 避けられれば良いのだから、上半身を沈ませることだけでも効果はある。

 膝を曲げながら、身体を沈ませ――

 その時、前方から強大な何かが迫る感じがした。


 ――マズイ。


 当たると、直感した。ダメだ、身体を倒すだけでは。


 ――動け。


 一歩で良い。


 ――動けッ。


 たった一歩で良い。


 ――動けェえええええええ!


 直後、電撃が――




 空の身体の数cm上を駆け抜けた。




 空の右足は前へ一歩踏み込んでいた。

 小さな一歩ではあったが、それによって上半身が前方へ大きく沈み込んだのだ。


 ――躱せたッ!

 

 その後、空の感知できないスピードで、『主放電』が駆け抜けた。無論、『先駆雷撃』を躱しているのだから、空に電撃は到達しない。

 電撃が、全ての外敵を排除したと言わんばかりに後方で消滅した。


 空は、『8速』を解除し、奴を吹き飛ばせる『4速』へ移行。

 あとは、魔術師が再び詠唱して新たな電撃を作り出す前に、ぶっ飛ばすだけだ。

 左足を前に出し、奴の元へ。


 それだけだ。

 それ……だけ。


 ――あれ……?


 空の意識が薄れていく。

 左足が前にでない。

 それどころか、身体が前のめりに倒れていく。


「ッ……『光りサンダ――」


 魔術師は、そんな空をみて再詠唱を始めていた。


 二度に渡る雷の直撃。

 そして、規格外の『8速』という無茶。


 空は既に限界だった。

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