第107話 光速を超えろ(1)

「はぁ……はぁ……」


 空は、魔術の直撃を受けたため、全速力で魔術師から離れ、広間を出て通路まで戻ってきていた。通路には曲がり角があり、広間の状況はみえない。壁にもたれて、通路に座り込んだ。

 ここにいる間は『皆既食エクリプス』に閉じ込められることもない。


 ――アイツにたどり着く前に、ビリっときて動けなくなった……


 恐らく、電気系。そういう魔術だろう。

 空が加速を始めると、自身を守るバリアが発生する。その加護がなければ、恐らく意識が飛んだ、いや即死だったかもしれない。

 というか、バリア越しですら、空の能力を強制的に解除させ、急停止させる威力があった。


『……狐崎? だ、大丈夫……?』


「あ、もちろんッス! 全然、大丈夫ッスよ。まだまだ動ける元気はあるッス」


 正直言うと、「全然大丈夫」というほどではない。まだ少し身体に痺れが残っている。あれは何度も受けられるような威力じゃない。ただ、指令部のカレンに不要な心配を掛けさせたくはないのだ。小型カメラでこちらの様子は指令部に伝わるが、顔が映らないのが幸いであった。


 ――にしても、どうするッスかね……


 停止した位置は敵からだいたい10m後方。体当たり、もしくは横を通り抜けなければ奴を衝撃波で吹っ飛ばすことができない。せめてもう少し近づかねば。

 あの電撃は、我慢すればなんとかなる類ではない。電撃を何とかしない限り、奴に近づくのは無理そうだ。

 ……電撃。もし、あれを躱すとなれば、どれほどの速度がいるのだ。確か、電気というのは光の速さだと聞いたことがある。


「カレンちゃん……、光速って時速何キロなんスか?」


『……真空中では、時速10億kmね』


「お、おく?!」


 先ほど出した空の加速は『4速』。すなわち、時速1200km。全くもって光速に届く速度じゃない。どうあがいたって避けるのも不可能だろう。

 あの男はこちらを見ていなかった以上、恐らく近づいた人間をあの電撃は自動的に攻撃する。不意を付いてどうこうなるタイプじゃない。


「…………」


 倒すプランが全く思い浮かばない。


 光速の自動反撃。無敵と言える。


『……狐崎。アイツは放置しましょう』


「ッ……!」


 ――それは……っ。


『ちょうど、上の地下2階で坂巻が隠し階段を発見したって報告があった。これを使えば――』


 勝てそうも……ない。わかってる。


 ――でも……。




「……どうしても勝てないッスかね、……うちじゃ」




『え?』


「確かに、あいつを放置するってのが賢いのかも知れないッスけど……。敵に屈して、逃げるってのはなんてゆーか……」


『……』


「そうっすよね、我儘ッス」


 自分で何を言っているかはわかっている。それでも、感情を吐露せずにはいられない。


「……でも、あのくそったれの魔術師に……、仲間を殺した魔術団に対して……うちが尻尾まいて逃げるってのは」


 空が『黒葬』で働く理由は、そこに自分の信じる『正義』があるからだ。そのために人を殺めるようなこともした。『正義』を曲げないために、身を粉にして戦ってきた。

 多くの人の幸せ、日常を守るために戦う。

 それが空で、それが『正義』の味方だ。


「なんつーかァ……、」


 奴ら魔術団は何人も人を殺してきたドス黒い『悪』なのだ。

 ゆえに、それに対して背を向ける行為は。


「すっっっげぇ悔しい……ッッ!」


 『正義』は必ず勝つ。そう空は信じている。

 いや、勝たねばならないのだ。

 結果においても過程でも。

 

 『正義』を貫く空が、ここで負けを認めるのは彼女にとって我慢ならなかった。


「カレンちゃん……。うちじゃ、駄目ッスか、あれには勝てないッスかね?」


『……狐崎』


 空は一度息を吸い、吐いた。

 拳を握りしめる。強く。爪が食い込み、血がにじむほど。


 そして。気持ちを切り替えようとした。

 無理やりに。強引に。心の切り替えスイッチを強くぶっ叩いた。


 勝てないのは自分が悪い。勝てないなら他にできることをしよう。

 勝てないなら。

 勝 て な い な ら。


 ――……ッ……!


 空は口を開き、言葉を絞り出した。


「……ごめん……ッス、そうッス……ね。その、隠し階段……ってので――」




『ねぇ……私に、命預けられる?』




 カレンはそういった。


「カ……、カレンちゃん?」


『……私だって、あいつらに殺されかけた。指令部の小林さんも、対人課の月野も、慶蝶さんも、生物課の嵐堂さんも、みんな殺された……』


「ッ……」


 悔しい。


『知ってる人だけじゃなくて、……ニューヨークでは無関係の人が多く殺されて……。……うん。やっぱり、そうだ。絶対そう。狐崎――』


 カレンは、声を震わしながらそう続け。


『――アンタは絶対間違ってない』


 断言した。

 この時だけは、カレンの声は震えず、強くそう言い切った。


「うちは、魔術団に、あいつに勝ちたい……」


 そうだ。

 くじけるな。

 『黒葬』社員として、対人課として、狐崎空として。


「あいつらを真正面から、完膚なきまでにぶっ潰したい……ッ!!」


 声を張り上げる。


「命預けるッス。正義を完遂するなら、それが本望……。それも預ける相手がカレンちゃんならそこに後悔はないッス……ッ!」


 時雨沢カレン。

 彼女のことをずっと気にかけてきた。今は、彼女に背中を強く押された。

 彼女と仲良くなりたいと思ってた。今は、彼女と強く深い所で結ばれてると思う。

 

『やりましょう……』


 身体のしびれが切れてきた。

 気合十分。


 空だけじゃ勝てない。

 だから、ここからはカレンと二人だ。


 空は再び立ち上がる。


『私があんたを、光速へ届かせる……』

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