第104話 燃え上がる焔

 天国や地獄。

 あの世。


 そういった世界は本当にあるのだろうか。

 死なねばわからない。


 まだ命あるにもかかわらず、そんな世界に近づける人間がこの世にいるとするならば。それは、


 ――幾度となく死を体験した伊佐奈 紅蓮ではないだろうか。


「なんだここは……」


 真っ白な世界。

 先にも後にも何もない。


 いや、先には何か安心できる場所があるような気がする。


 ――あぁ、死んじまったのか。俺。


 案外あっけなかった。

 珍しく、「柄にもないこと」をしたが失敗・・したようだ。




「――おいおい」




 背後から声が聴こえた。


「何やってんだよ、あんた」




「春奈……」




 そこに立っていたのは月野春奈だった。


「なに? 死んだの? ばっかじゃない?」


「……すまねぇ」


「はぁー、私をぶっ殺した奴と戦ってたんでしょ? あんたが罪を償わせなくてどうすんのさ」


 春奈はため息交じりで紅蓮を責める。


「すまん」


 紅蓮は、頭を下げることしかできなかった。


「全く。復讐したり、しなかったり、紅蓮センパイはダメダメだね、ほんと」


 春奈はズバズバとそんな事を言う。


「……あぁ。全くだぜ……。どうしようもねぇや」


 不甲斐なさで頭がいっぱいだった。


 多くの人間を殺め、春奈を殺し、今後も人を殺すような、そんな奴に紅蓮は屈してしまった。


「どーする? こっち来る?」


 春奈はそう言い。手を出した。


「……」


 死んでしまったものはどうしようもない。


「あぁ、そうだな……」


 春奈の手を取った。

 春奈は紅蓮の手を握り、引き寄せ――


 ぶん殴った。


「がはっ!」


 紅蓮は、驚いて、春奈を見る。


「何しやがんだ!」


「油断したでしょ! ざまぁみろ! 殴り損ねたかんね、私が死ぬ前に」


 そうだ。

 紅蓮は春奈に自身の罪を黙っていた。そして、春奈は自身の復讐を踏みとどまった。だから紅蓮は一発ぶんなぐられる覚悟をしていたのだ。

 だが、殴られる前に彼女は。


 春奈は、満足した様子でなぜか紅蓮に背を向けた。


「……借りは返したから」


 そう小さな声で春奈は呟いた。


「春奈……?」


「ま、私はさ、結局良いとこ・・・・行けたよ。お母さんにもお父さんにも会えたし。だからさ、その、なんていうかさ……」


 春奈は何かを言い淀み。


 そして、春奈は振り返る




「色々、感謝してる! ありがと」


 春奈は満面の笑みでそう言った。




 春奈は紅蓮に再び背を向けた。

 多分、彼女がもう振り向くことはないだろう。

 春奈の行く先には、二人の男女が立っている。恐らく、春奈の。


「短くはあったけど、楽しかったよ」


 春奈は歩き出した。


 頬が痛む。


 ――俺は。


 一体何を弱気になっている。

 いいのか、このままで。


「私はこっち・・・で待ってるからさ」


 紅蓮の使命は。


「『やること』やってきたら?」


 法で裁けぬ、悪を。

 対人課として。


 伊佐奈 紅蓮はそれを『処理』する。

 何にも染まらぬ『黒』として、それを『葬』る。


 ――それが俺の贖罪やることだ。まだ……。俺はまだ!






 紅蓮の死体は、筋肉の痙攣、もしくは何かのショック・・・・・・・で、小さく、ほんの少しだけ跳ねた。

 シェパードは紅蓮を背に祈りを捧げている。なので、その出来事にシェパードは気づかない。


 その小さな動きによって、紅蓮の手から何かが落ちた。

 その小さな変化にシェパードは気づかない。


 その小さな欠片は青く・・光っていた。


 ――これは一握りの勝機。


 ◆


「――じゃ、行くぜ」


「待て」


 静馬は紅蓮を引き留めた。


「……まだ何かあんのかよ」


 静馬は紅蓮に向かい何かを投げた。

 紅蓮は、高い反射神経でそれをキャッチする。


「これをお前に渡しておく」


 アルミホイルで包まれた何かだった。


「なんだこれ」


「開けてみろ」


 それは何かの石。青色・・に光っていた。


「……俺に、これをどうしろっつんだよ」


「そのくらい、自分で考えろボケ。ほら、とっとと行け。……あと、それを持って『皆既食エクリプス』に入るなら、軽く上に投げるなり、自身の身体から離しておくように」


「なんだそりゃ、めんどくせーな」


「いいから、とっといけ不死身猿……いや、今となってはただの猿だ、貴様なんぞ」


 紅蓮はそれをポケットに入れ、静馬に背を向けた。


「……死ぬなよ」


「そりゃ無理な約束だ」


「……」




「帰ってくりゃいいんだろ?」




「……死体だけでも構わんさ、俺が解剖してやる」


「言っとけ、クソ眼鏡」


 静馬に渡されたそれは、『超現象保持者ホルダー』の能力を無効化する――


 ――『オリハルコン』である。


 ◆


 シェパードは、紅蓮の肉体が再生しないことを確認すると、背を向け目を閉じ、祈りを捧げた。


 片腕はもちろん、多くのケガを負った。

 魔力ももうほとんどのこっていない。


 だが、勝った。


 ――ゼフィラルテ様に祈りは届いたのだ。


 祈りを済ませ、目を開けたとき、


 あることに気づいた。




 ――『皆既食エクリプス』が解除されないことに。




 時すでに遅し。


効いた・・・ぜ……」


「?!」


 シェパードの顔面に紅蓮の拳がめり込んでいた。


 ――何が、……起きた。


 奴の身体は確実にその再生を止めていたはず。

 奇跡が起きたというのか。

 このシェパードにではなく、紅蓮という男に対して。


 そんなことが。


「あってたまるかァァァ」


 『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ』を発動しようと考えた時には、再び紅蓮の拳がシェパードを捉えていた。


「うォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 吠える紅蓮。

 シェパードを襲ったのは殴打の嵐。


「がッ……」


 ――バカな。


 ――なぜ、ゼフィラルテ様を信仰する俺が。


 ――バカな。


 ――こんな下劣な魔術使いに。


 ――こんなッッッ!!


 ――いや、今からゼフィラルテ様が俺を助けてくれるはず!


 ――奇跡は起こるのだ!


「よッ、陽光よォォォ――」




「――あばよ」




 無慈悲にも。

 紅蓮の振り下ろした渾身の一撃はシェパードの頭蓋骨を叩き割った。


 紅蓮は口に残った血を吐き捨てる。


「テメェは地獄で神でも閻魔様でも崇めとけ……」


 対象の人間の死により『皆既食エクリプス』は解除される。


「――俺は地獄そっちに行く予定ねぇからよ」

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