第105話 とある少年時代

 篠崎 鋭太えいた

 無期懲役囚。


 彼は、ごくごく普通の家庭に生まれた。

 ただ、彼には幼少より少し変わった性質がある。


 刃物への異常な執着である。


 そこに大きなきっかけはない。興味や好み、趣味趣向というのは大概そんなものだろう。ただ、篠崎はその探求において際限がなかったに過ぎない。


 始めは包丁だったろうか。それに興味を持った。

 なぜ鉄棒を握っても指が切れないのに、包丁は触れば切れるのだろう。そんな疑問が始まりだったと思う。

 この疑問には懇切丁寧に、両親が答えてくれた。

 そして、篠崎の疑問は次のステージへと進んだ。


「ねぇ、お母さん。じゃあ、この包丁で××を切ったらどうなるの?」


 なんと質問したのかもう覚えていないが、酷く叱られたのを覚えている。


 だから、それからというのもの「解」は自分で出すことにした。


 この物体は切れるのか。

 虫、その中でも昆虫はどうか。

 じゃあ、動物は?

 肉は切れても骨はどうだ。


 誰も足を運ばない裏山には、小さな命の「集団墓地」が生まれていた。


 多くの「解」を出したとき、篠崎は中学三年生になっていた。そこから少しの間、彼の刃物への執着は薄れ、その性質は鳴りを潜めた。


 しかし、高校2年生の夏の時である。

 彼の「狂気」を呼び起こすあるきっかけがあった。


 篠崎は昔から、素行も悪く、眼つきも鋭いうえに、高校に入って髪型をドレッドにしていたこともあり、多くの不良生徒から絡まれることとなる。高校時代は喧嘩に明け暮れていたといっても過言ではない。

 その日もいつも通り喧嘩を吹っ掛けられ買った。


 この時、ボコボコに叩きのめした相手は、他校の不良生徒だったのだが、その男に実は暴走族の兄がいた。そんなことを知らぬ篠崎は、喧嘩の中でご丁寧に本名と学校名を明かしていた。


 翌日、暴走族の男達数人に篠崎は襲われた。


 多対一は初めてではなかった。

 篠崎は恵まれた体格と、培ってきた喧嘩技でそこそこ善戦した。


 それが逆にまずかった。


 こうなってくると、暴走族の男達も頭に血が昇る。

 1人がズボンのポケットからある物を取り出した。


 ――ナイフである。


 喧嘩に於いてナイフというのはいわゆる脅し道具に過ぎない。顔面に攻撃が決まらない限り、流血という物はないが、ナイフは掠ってしまえば血が流れる。

 ダメージに関わらず、自身の血を見ることには誰しも抵抗があり、大抵の人間はそれで戦意を喪失してしまうのだ。

 だが、本当に急所を刺して命を奪うことになれば、刺した本人もムショ行き、ただでは済まない。

 故に、暴走族の男もそういった脅しのために、この凶器を出したに過ぎない。


 ――しかし、その「凶器」は、彼の「狂気」を引き出すこととなる。


 篠崎は男の出したナイフに対して、一切の怯みを見せなかった。


 逆に飛びつくように、ナイフを持つ手に襲い掛かる。まるでそれが危ない物ではないかというように。

 男も振りほどこうとしたが、逆に男がビビった。篠崎は身体を寄せてナイフを奪おうとしているため、下手に抵抗すると、本当に急所に刺しかねない。これは暴走族の抗争などではない。友人の弟のために起こされた、小さな小さなもめごと。「舐められないように」というちっぽけな理由の喧嘩だ。

 そんなことに「人を殺める」ようなリスクを負いたくはない。


 結果、案外あっけなくナイフを篠崎に奪い取られてしまったのである。


 篠崎は、ナイフを見つめた。

 ナイフは普通の高校生が買うには少々難易度が高い。こういった人を傷付けることを目的として作られたナイフを握ったのは篠崎にとって人生初であり、これ以上ないほどにしっくりきた。

 そう、あまりに残酷なほど、しっくりきてしまった・・・・・・・・・・・のだ。


 その刃に映る自身の顔は酷く歪んで見え、それでいてこれ以上ないほどに笑っていた。


 ――そういえば、「解」を出していなかった問題がある。


「これ、出したってことはぁ……、そういうことだよなぁ? 俺のことを切ろうとしてたんだもんなぁ……。そうだよなぁ?」


 ◆

「バカかお前、止め――」

 ◆

「おい! 待て、それを置け! 少年院ネンショ―行きてぇのか?!」

 ◆

「○○! おい、血ィ止まらんねェぞ!!」

 ◆

「ヤベェよ! 悪かった! 俺達が悪かった!」

 ◆

「もう、止めてくれよ……! ほんとに悪かったから!」

 ◆

「勘弁して――」

 ◆


 ここから先、彼の探求心は留まることを知らない。

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