第103話 揺れる炎

「――おい」


「あ?」


 紅蓮は振り向く。

 作戦会議を終え、これから魔術団が構えるビルへ急ぐという時に、クソほど気に食わない奴に話しかけられた。


「……急いでんだ、後にしろよ」


「後にできるなら今、話しかけるわけないだろうが」


 静馬である。


 ――癇に障るぜ、全く。


「チッ……。オラ、さっさと要件言えや」


「……」


 静馬は持っていたパソコンのモニターをこちらに見せつけてきた。というか、何も言い返してこないのが以外だった。


「……なんだよ、こりゃ」


「お前の過去の『UE』観測データだ」


「『UE』? 俺の能力に『UE』は関わってこねぇだろ」


 紅蓮の超回復能力において、『UE』は発生しない。もし、『UE』がでているなら、燈太と共に白金のクズに拉致されたときも、居場所特定につながっただろう。そんな感じに、もし『UE』が出ていたら様々な場面で役立つことがあったのではないかと思う。

 何を今更。


「……あぁ、今までは・・・・観測できていなかった」


「何が言いてぇ?」


「――微少『UE』だ」


 紅蓮はハっとした。


「……『アトランティス』で見つかったあれか」


 静馬はうなずく。

 『アトランティス』で『UE』観測の拡張公式?だかなんだかが見つかって、今までわからなかった微少な『UE』でも観測できるようになったのだ。


 今まではあまりに微少すぎて観測できていなかったが、実は紅蓮から『UE』が出ていたというわけか。


「んで、それがなんだよ。別に困るもんでもねーだろ。……あー、あれだろ、お前が仕事するとき『現象の正確な観測』とやらに『UE』が影響を及ぼすとかそ――」


「そんな些細・・なことではない!」


 静馬は、紅蓮の言葉を遮るように強くそう言った。

 紅蓮として普段なら茶化すところだが、今回ばかりは呆気を取られてしまった。

 

 そして、静馬はモニターを指さす。


「……拡張公式は過去のデータにも適応できる。これがお前のある一日の微少『UE』の遷移だ。これはある任務を遂行していた日で、この日お前は推定13回は死んでいる」


 静馬の指す先にあったグラフは紅蓮でも読み取れた。


「……『UE』の発生が少しづつ弱まっているんだ」


 静馬はモニターに映るグラフを指でなぞる。


「普通の人間ならば死ぬような大きな怪我、それを治癒するごとに『UE』の量が少しづつだが、減ることがわかった。次の日には元に戻っていたがな」


「……」


「いいか? 確証はない。ただ、万が一ということもある。この微少『UE』が減り続けるとどうなるのか。

 ……もしかすると、お前の再生は無制限ではなく、――」


「――1日に限度があんだろ? 知ってるよ・・・・・、んなこと」


 紅蓮はそう小さく呟いた。

 静馬はそれを聞き、顔を歪め、紅蓮の胸ぐらを掴んだ。

 静馬は紅蓮を壁にたたきつける。


「なぜ、黙っていたッ!」


「……言ったら、俺を使う指令部は絶対に加減する・・・・。わかってんだろ? 無茶をするのが俺の仕事だ。今までもこれからも」


「ッ……! バカか?! 本当に死んでいたかもしれんのだぞ!」


「……わかってるよ」


 静馬は紅蓮を突き放すようにして手を離した。


「大馬鹿が……」


「……わかってるっての」


 紅蓮は不死身ではない。


 そんなことはわかっていた。

 自分の身体のことくらい。


 その13度死んだ任務で、途中から自身のケガの治りが遅いことに気づいた。他人を誤魔化すことはできたが、その時自覚した。


 多分20~30回、それくらいだ。1日にそんだけ死ぬレベルのケガを負えば。


 ――もう治らない。


 ◆


「『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ』」


 『黄昏の5』シェパードは未だ、紅蓮と名乗る男と戦い続けている。


 こちらの魔力は半分を切った。

 だが、奴の動きもだんだんと鈍ってきた気がする。


 こちらも動き、一定の距離を保ちつつ爆発を行う。

 何度か懐に入られたが、自身の足元を爆破させ距離を取りなおしたり、奴の攻撃に対し逆に飛び込むことでクリーンヒットをずらした。

 即死、または行動不能、そうならない限り戦える。そのためならある程度の犠牲は覚悟の上だ。


 もちろん、こちらの爆破もあちらに何度も直撃している。

 既に20回は近いだろうか。


 ――恐らく、奴の蘇生には限度がある……


 そうシェパードは考えている。

 

 なぜなら、そうでもなければ勝てないからだ。


 この戦いは超えることができる壁であり、『試練』。達成不可能な『試練』は存在しないのだ。どんなに苦しくとも、四肢をもがれようとも、祈り、戦い続ければ報われる。

 それに加え奴は『魔術内包者』。全ての超常現象には、必ず魔力が関わっているため、奴の蘇生も魔力を使っているのだ。そうに違いない。そうでなけれなならない。

 となれば、こちら同様いつか燃料が切れる。


 ――削り切ってやるぞ、お前の命を。


 『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ』を放つ。これは紅蓮の足元に対して放った。思惑通り、紅蓮は飛んで避けた。


 ――かかった……!


 空中に行けば、落下するのみ。


「『爆ぜるファーレン』――」


 再度魔術を放つべく詠唱を行う。紅蓮が着地する瞬間、否。着地寸前をうまく狙うのだ。このタイミングは絶対に爆発を避けられない。

 足が地面に付かねば身体の向きも、落下場所も変えられまい。


 そして、気づく。


 ――ッなんという、跳躍力……!


 紅蓮は、天井に身体が達していた。そして、天井を腕で押すようにして、こちらへ飛び込んできた。


 ―—見抜かれていた……ッ!


 こちらの策に乗ったうえで、自身が有利になるよう動いている。

 この男は、戦闘に関しては一流。


 戦闘経験、身体能力、センス、戦術。

 恐らく、どれをとってもシェパードが勝てるものはない。


「くッ……」


 では、シェパードは何を持っている。

 シェパードにあって、こいつにないものはなんだ?


 ――信仰心である。


 シェパードは物心ついたときから、魔術、そしてゼフィラルテ・サンバースを崇拝していた。それは親の影響でもあるが、しっかりと自分でそれを正しいと感じ、信じ、強く想うことでシェパードはここにいる。

 そして、今まで生きてきた。


 全ては、ゼフィラルテ・サンバース様をこの世に復活させるため。

 それがシェパードというちっぽけな魔術師の存在意義。

 そして使命。

 そして、心からの望み。


 そのためであれば、どんなこともする。


 その心は祈りを持って、ゼフィラルテ様に届き、実る。

 必ず……ッ!


 ――陽光よ……我にご加護を……ッ!!!


「――『魔のボンバ』ッ!」


 シェパードは魔術を放った。方向は己の頭上。


 そう、賭けに出た。

 

 この爆発で天井が崩落する。もちろん、シェパードも巻き込まれる。しかし、それを顧みず放った。


「死ぬ気かッ……!?」


 天井が爆発し、地上一階の床が崩れてくる。紅蓮は空中でそれに巻き込まれた。


「『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ』」


 自身を守るべく、小さな爆発で落下物を爆ぜ飛ばす。

 もちろん、運が悪ければそれをかいくぐり頭に岩が直撃し死ぬ。むき出しの鉄筋が刺さっても死ぬ。死ななくとも、失神すれば奴に大きな隙を与える。そんなことになりかねなかった。これは大きなリスクを孕んだ戦術。

 だが、


「……そうはならん」


 奇跡的ともいえよう、落下物は一つたりともシェパードに当たらなかった。

 

 否、瓦礫がシェパードを避けたのだ。


 なぜか。


 それはシェパードがゼフィラルテを信仰しているからである。


「『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ』ッ!」


 これは、勝機。


 瓦礫もろとも、紅蓮を吹き飛ばした。紅蓮が瓦礫の中から現れる。

 続けて、


「『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ』!」


 爆破し、飛んだ先に更に魔術を放つ。

 連撃。


「『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ』、『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ』、「『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ』ッッ!!!!」


 連撃に次ぐ、連撃。


「『爆ぜる魔ファーレン・ボン――」


 何かが、シェパードの顔面を直撃した。

 口の中が血の味に染まる。

 恐らく、紅蓮は爆発の中、石か何かを飛ばしたのだろう。


 口に貯まった血を吐き、紅蓮を見据えると、


「ハァ……ハァ」


 そこには傷だらけ・・・・の紅蓮が立っていた。


 ◆


「――葛城ッ!」


「……は、はい!」


「ぼーっとするな、働け」


「す、すいません!」


 柄にもなく獅子沢に叱られた。


 指令部、葛城恵はなぜか嫌な予感を覚えていた。


 ――なんだろう、この感じ。


 紅蓮は、今『皆既食エクリプス』の中にいて、こちらからオペレートをすることができない。葛城が『黒葬』に入社して、最初にオペレーターを担当したのは紅蓮であり、その後も、何度も何度も面倒を見てきた。

 その最初の任務では、紅蓮のほかに静馬が現場にいて、葛城の頭を非常に悩ませた。当時は大変だったが今では良い思い出だ。


 なんかんだ、紅蓮のオペレーターを務めることが多かった。


 ――あれ?


 そもそも。


 ――なんで私は紅蓮のことを考えてるんだろう。


 心配している? まさか。

 .

 ――あいつが死ぬわけないのに。


 ◆


「ハァ……ハァ」


 身体の治癒が間に合っていない。


 終わり・・・は近い。

 紅蓮はそれを理解していた。


「……とうとう、お前の魔術それも限界のようだな」


 魔術師の男はそう言った。


 ――そりゃ、バレるよな……この出血じゃ……。


 やっと血が止まってきた。

 再生力が弱まれば、紅蓮の身体能力は一般人の域を出なくなる。

 再生を前提とした自身の肉体を破壊する超人的な動きができなくなるからだ。


 ――このままじゃ、押し切られる。俺も覚悟決めなきゃいけねぇか。


「『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ


 躱す。


「『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ


 ギリギリで躱す。


「『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ


 すんでのところで躱す。


「『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ




 それは、とうとう直撃した。




 足が動かなかったのだ。再生能力が機能しなかった。


 紅蓮は諦めた。


 ――もう、なるようにしかならねぇな。


「『爆ぜる魔の雫ファーレン・ボンバ


 再度、紅蓮に爆発が直撃し、ボロボロになった紅蓮の身体は冷たい地面へ投げ出された。


「……終わったか……」


 魔術師の男は、再生しない・・・・・紅蓮の肉体を見て、そうつぶやいた。

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