第64話 突入!『アトランティス』(2)

 紅蓮は穴に身体を投げ入れた。

 重力に身を任せ、降下していく。

 氷の上からでは一部が透けて下が見えていただけで、全体がどうなっているかは全く分からなかった。それが明らかになっていく。


 ◆


「光源があるのではないかという結論がでた」


 南極へ降り立つ前、会議でのことである。

 現象課、静馬は話を続けた。


「現在、氷床の上から『アトランティス』、つまり建造物がみえている。これは氷の一部薄くなっているからだ」


 氷床とは、南極大陸に覆いかぶさる滅茶苦茶分厚い氷のことらしい。


「その一部を除けば、『アトランティス』は未だ何百mという分厚い氷で蓋をされている。つまり日の光はさほど届かん」


 空が「ふむふむ」と何かわかった素振りで首を縦に振り続けているが、多分何もわかっていないだろう。


「そのうえ、氷床から建造物群が建つ地面までは1000m近くあるという。この条件下で建造物が上からクリアにみえるというのはあまりに不自然だ。となれば、『アトランティス』内に光源となる物があってしかるべきだろう」


 真っ暗闇のなかで調査するのなら、護衛を兼ねている今回の任務では難易度が跳ね上がる。光源があるに越したことはない。


「そして、もう一つ。先に話した一部氷が薄くなっていることについてだ。その兼ね合いで、推測だが降下数秒後に『天井』がみえる」


「天井?」


 静馬はホワイトボードに『凸』と書いた。


「どういうわけか、こういう形で氷が消失し、『アトランティス』が存在している。薄くなっているというのは『凸』の先端部のことだ」


 バカでかい氷が『凸』の形でくりぬかれて、建物が数十と建っている。今更だが、滅茶苦茶な話だ。


「ゆえに上から見た時はすぐ直下が『アトランティス』だと錯覚するだろうが、突入すると、おおよそ200m降下するまでは、左右は開けてこないだろうな」


「煙突から入るって感じッスかね……?」


「そのイメージで良い。そして、『煙突』を抜けると左右からは壁が消え、一瞬だけ天井が見えるだろう?

 その天井部分に――」


 ◆


「あぁ、なるほどな……」


 紅蓮は息を呑んだ。

 降下開始、約6秒後、左右から壁は消え、幻想的な光をみた。紅蓮は建造物に目を向けず、光源たる方、つまり見上げた。パラシュートを開いては見えなくなってしまう。


 この南極の氷中にできた大きな空洞。

 その天井は青白く、発光していた。


 光源である。


 よくみれば、発光しているのは苔のような何かだ。

 天井から淡く繊細な光に照らされるのは、直下に広がる美しい建造物群。


 芸術などそういう類のものに興味を示さない紅蓮だったが、その神秘さには落下していることを忘れるほどに心打たれた。


『紅蓮、そろそろパラシュート開いて』


「……あぁ。りょーかい」


 紅蓮はパラシュートを開く。

 降下速度は落ち、ゆらゆらと地面へ近づいていく。


 足元に広がる建造物に目をやった。

 その一つ一つの造形は近代的とは言えない。世界遺産に選ばれているような、いかにも『古代文明の遺跡』と言った感じである。神殿のような作りの建物、ピラミッドのようなもの、様々な種類のものが見受けられた。


 異常なのはその数だ。

 大昔に栄えた都市を丸々持ってきたかのような光景である。本当に地底人でもいるんじゃないだろうか。


 そして、もう一つ異質な点がある。

 てっきり、光で青いのかと思ったのだが、建物自体が青いのだ。金属のような光沢ではなく、大理石とかそういう質感とみえる。


 まぁ、後続が本格的に調査をするだろう。紅蓮が難しく考える必要はない。紅蓮の役目は『アトランティス』に入っても死なないということをその身で証明することだ。


「よいせっと」


 紅蓮は地面へ着地した。

 下は広場になっていた。着地するには十分な広さでちょうど良い。


『お疲れ様です!』


 先に降下していたハイドの合成音声が響いた。


「地面は氷じゃねーのな」


『みたいですね、材質はレンガ……でしょうか?』


 地面は赤茶のレンガで出来ている。レンガや建造物にもところどころ光る苔が生えていて、周囲がみえないということもなさそうだ。


『紅蓮、調子はどう?』


 葛城である。


「息苦しいってこともねーよ。身体に異常なしだ。つーか外より寒くねぇな」


『かまくらみたいなものでしょうね。風が吹き込まないだろうし』


 紅蓮は上空へ向け、信号弾を撃った。


『10分後にもう一度信号弾をお願い』


「あいよ」


 念のため、10分ほど異常がないかを確かめる。もちろん先んじてハイドが『UE』を含めた異常がないかは調査済みなので、何もないとは思うが。


「ハイド」


『はい?』


「なんか、面白いデータは取れたか?」


『そうですねぇ……、これといって変わったデータはないですよ。あったら、止めてますし』


「ま、そうか」


『このハイドのデータに間違いなしです!』


「流石、現象課長」


『……しいて言うなら、『アトランティス』は現在人口の半分がロボットを占めるというSF映画顔負けのデータが取れてますね!』


「それいいな。静馬に送っとけ」


 10分後。


「ドーモ」


 幽嶋が、能力を用い現れた。


『お疲れ様です!』

「お疲れ様です」


「いや、私が一番楽デシタよ? 一瞬ですし」


 一瞬ということを考えると、紅蓮は多くのものを見ながら降りてきたので、実は得をしているかもしれない。なかなか、上から見下ろす『アトランティス』は壮観だった。


「さて、問題なさそうなら第二班を呼びマスか」


「そうすね。とりあえず、地底人やら、南極人もいなさそうですから」


「……紅蓮クンはそんなのを想定してたんデスね」


「なんすか……。じゃあ幽嶋さんはどんなん想像してたんです?」


「ばかデカいモンスター、デスかね」


「どっちもどっちでは?」


『どちらも、対人課、生物課らしくていいかと思いますよ!』


「ハイドさんは、何か想像してマシた?」


『……ウイルスですかね』


「一番現実的デスね」「怖ぇーな」


『データが消えると怖いですからね』


「あぁ、そっちの……」「静馬にそのユーモア分けてやれよ」


『このハイド、セキュリティソフトは最新版であります!』


 その後、幽嶋は信号弾を放ち、無事『第一突入班』の作戦は成功した。

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