第61話 月野春奈の決断

 春奈はスマホを壁に叩きつけた。画面は割れ、電話は切れてしまっただろう。


「……福田……、私はお前を絶対に許さない」


「……あぁ」


 福田は春奈を見てそうつぶやく。


「殺すの……か?」


 弱々しく、福田は春奈に問いかけた。

 春奈はそれに答えなかった。


 ◆


 葛城は獅子沢から受付、『barBLACK』の方を見てくるよう言われ、そこへ向かっていた。

 通信系統が復帰したのだが、調も春奈も電話に出ないのだ。


「ッ! 春奈ちゃん?!」


「どうも」


 受付すぐの廊下で座り込む春奈と、血だらけでぐったりと倒れている男がいた。

 壁はボロボロになっている。


 ――何が起きたの?!


 男はピクリとも動かない。


「この人、死んで……?」


「……」


 春奈は口を開かない。葛城は男の方へ近寄った。




「――生きてますよ、そいつ……」




 春奈はそう小さく漏らした。葛城は男の手首に触れた。


「ほんとだ……」


 男にはわずかだが脈がある。


「この人は……? 見たところスーツは着てないけど」


「侵入者ですよ。なんちゃらの魔術団所属の」


「え!」


 葛城は跳ねるようにして男から離れた。


「だ、大丈夫なの……?!」


「多分。能力はないですし、腕とかも折ったんで、まあ。一応、ガッチガチに拘束 しといてください。きつめで」


「わ、わかったわ……。と、というか春奈ちゃんは怪我してない?!」


「あー。ちょっと……」


「見せて!」


「なんか胸あたりの骨が折れたっぽいです」


「全然ちょっとじゃないわよ!!」


「あー、かもです」


「かもです、って……」


「なんか色々ありすぎて、ちょっと疲れたっていうか……あとで詳しく話します」


「と、とりあえず、担架持ってくるわねっ!」


 葛城は走った。


 ◆


 少し前、福田は、痛みに耐えかね気を失った。

 せいぜい死んでくれるなと春奈は思っている。


「はぁ……」


 春奈は目を瞑った。


 今、とくに晴れやかな気分ではない。不完全燃焼感も否めない。

 復讐をやめたという誇らしさもなければ、紅蓮への感謝もない。


 それでも、ただ。苦しくはなかった。


 悩むことを放棄したようにも感じるが、それは違う。

 春奈は選んだ。


 善人でいることを。

 両親が誇れる娘であることを。

『黒葬』の人間でいることを。


 正解はないのだろう。

 どうありたいか、どうしたいかを選んだだけだ。

 今後どう生きていくか。


 ――紅蓮先輩、復讐したらぶっ飛ばすって会ったとき言ってたな……


「むかつく。……帰ってきたらぶん殴ってやる」


 春奈は眠った。




 春奈は夢をみる。

 ――両親との儚く、優しい夢を。

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