第60話 揺れる少女(2)

 南極大陸。


『本社との連絡取れました……!』


 キャタピラ型ロボット、つまり現象課長ハイドのその声に各々が本社に残る社員に連絡をし始めた。


「燈太は調さんに、空はガン爺に電話だ!」


「了解ッス!」「はい!」


 紅蓮が春奈を選んだのはとくに理由はない。


「俺だ! 紅蓮・・だ! そっちは大丈夫か?」


 春奈からの返事はない。


「おい、春――」


『紅蓮センパイ』


「おっ、無事か! 他のみん――」


『――復讐した時、どう感じました?』


 春奈の声のトーンは普通ではない。

 何が起きている?


「……おい、春奈。いきなり何の話を――」


『どう感じたかって、聞いてんだよッ!』


 マイク越しですら春奈が感情的になっているのがわかる。

 明らかに異常。

 初めて春奈に会ったときを思い出す。


 ――まさか……。


「いるのか、そこに……」


『……』


 この沈黙は明らかな肯定を示していた。


 ――本社で何があった?!


 全く背景はわからないが、少なくとも春奈の前には両親を殺した男がいる。

 紅蓮は皆から1人離れ、深く息を吸った。


「……調さんあたりから俺の話を聞いたのか?」


『そうです。よくもまぁ、私に上から物を言えたもんですよね』


「……あぁ、その通りだと思う。だけどよ、そのことを悔いてるからこそ、償いたいと思うからこそ、俺は『黒葬』で働いてる」


『……だから、私も後悔するって?』


「あぁ」


『……試してみます?』


 電話の先から、何かが当たると鈍い音と痛みに喘ぐような男の声が聴こえた。


『……なーんにも感じないですね! かわいそうとか、哀れみも同情も!』


「春奈……ッ!」


『あぁ、でも、勘違いしないでください。これはあくまで、もし・・ここに復讐の相手がいて、そいつを蹴りつけてもなんも感じないだろうなってことです。あくまでたとえ話……それだけです』


 春奈の前にその相手がいるのは間違いない。


『信頼している先輩に相談・・してるだけなんです』


 しかし、春奈の言い回しから察するに「あくまで、アドバイスを求めている」という体にしたいらしい。

 殺して埋める気なのか、それとも何か大義名分のようなものがあるのか。


 しかし、電話に出た時点で迷いはある。

 揺らいでいる。どちらに転んでもおかしくない。

 良心と感情がせめぎ合っているのだ。


「なぁ、お前はなんのために復讐したい」


『……』


「自分のためか? 死んだ親御さんのためか? そいつを殺さなきゃいけないっていう正義感か?」


 紅蓮はあくまで自分の気持ちを伝える。

 伝え損ねたことを。


「正義感でならお前がすることない。『黒葬』で確保したなら、そいつが逃げ出すってことはないからな。お前にやらせるわけにはいかないが、必ず刑を執行する。

 俺も、空もガン爺も調さんもみんな手を汚さなきゃいけないときがあった。今俺達が笑ってられるのは、そんなとき皆『正しさ』の中にいたからだ。決められたルールを守り、正しいと思うことができた。

 お前は今その中にいない。殺せば耐えられなくなる。ずっとお前を苦しめることになる」


『……あんたは正義感で殺したのか? 親を殺した犯罪者を』


 あそこに正義はなかった。

 故に、今でも殺した相手を夢に見てしまうのだ。


「……いや、あれは自分のためだった。間違いなく。」


 正義感じゃない。親のためでもない。

 あの復讐行いの根源は怒りだった。


「ただ、憎かった。殺さなきゃ気が済まなかった」


『……でしょうね。私もそんな気持ちです』


 春奈の声は震えている。


『やっぱ、あんた私を説教する資格ないよ……。今でも復讐で殺した相手を夢にみるんですっけ? 苦しんでるのかなんだか知らないけど、少なくともあんたは相手を殺して、怒りをおさめてる。私の怒りを知りながら……。理不尽だ。そんなの』


「春奈……」


『もう大丈夫で――』



収まらなかった・・・・・・・



『……!』


「春奈……そんなことじゃ収まらないんだよ……。できることがそれしかないから、一番怒りが鎮まりそうだから復讐をしようって思っちまう」


 紅蓮の声は徐々に熱を帯びていた。


「ただ、クソ野郎が動かなくなるだけじゃなーんにも解決しねぇんだ。誰も返ってきやしねぇ、怒りも静まりゃしない。最後に残るのは自分の意思で自分勝手に人を殺したっていう重い罪悪感だけだ」


『じゃ、じゃあ――』


「拷問ってか? お前、そいつを蹴り飛ばしてなんも感じなかった・・・・・・・・・んだろ? 向いてないんだよ、こんなこと。

 復讐してそこに悦を感じるやつは端から壊れてんだ。お前はそうじゃない」


『……ッ』


「まだ間に合う。戻れよ、『黒葬』の社員に。苦しむのは俺だけで良い」


 向こうから大きな音がして、電話は切れてしまった。

 もう、これ以上紅蓮にできることはないだろう。

 あとは、信じるしかない。春奈を。

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