第53話 対人課長(1)

『黒葬』執行部三課長。

 課長とは、課員をまとめ、黒葬の方針を決める会議に参加することなど、様々な仕事をこなさねばならない。その特別な仕事の中に海外出張がある。

 この海外出張を行うことができる・・・・・・・・・というのが、課長のなることができる条件の一つだ。

『UE』の発生は日本が主であり、海外ではそうは発生しないため海外出張の回数自体は多くない。しかし、海外では当然サポートのできる範囲は狭まるし、『超現象保持者ホルダー』は日本以外の国からすれば、喉から手が出るほど欲しいに違いない。

 ゆえに大きな危険が伴う。出張先の国が表向きで『黒葬』をサポートすると言っても、政府との関係を完全に隠蔽した工作員、政府への反乱分子、そういった組織から狙われることは考えられるだろう。

 海外出張を行う課長にはその危険をもろともしないような能力が不可欠となる。


 生物課長、幽嶋 麗。彼は能力はテレポート。どんな状況でも、すぐに帰還することができる。

 現象課長、ハイド。彼はロボット故に、本体は日本国内にあるコンピューターと言える。危険な目に合うのは精々替えの利くボディである。


 対人課長、玄間 天海。彼には他の課長のような逃げる能力すべは存在しない。

 ただあるのは、「武力」。

 その一点のみで海外出張を行う。


 ◆


「『執行部』対人課長、玄間くろま 天海てんかい。ただいま帰還」


 扉をこじ開け、現れたのは身長を2m越す、大男であった。


「遅れて登場。ヒーロー気取りか?」


 あの扉は金属製だ。それをぶち壊して入ってくる以上ただの人間ではない。おそらく『魔術内包者』。しかし、そんなことはビヨンデに関係ない。『虚無を晒す肢体インビジブル・イグジスト』の前ではすべては無力である。


「おいおい! なんだこの変態ヤローは?」


「……さっきもいったけどね、これは仕方なく着ていないんだ。仕事なんだよ」


虚無を晒す肢体インビジブル・イグジスト』で透過できる状態になるのは自分の肉体のみ。服を着たまま能力を使えば、服は体をすり抜け地面へ落ちる。

 故に着ていない。

 そして、着るのも好きじゃない。


「ドレスコードって知ってるか?」


「赤のローブを着て来いと? 実はあんまり気にいってないんだ、あれ。……まあ、スーツよりはマシだけどね」


「違うだろ?」


「?」


 玄間と名乗る大男はこちらへ向かい歩き出した。


「死に装束に決まってんだろうが」


「面白いじゃないか! お前は喪服ってわけだ」


「か、課長! そいつは――」


 殺し損ねた、女が玄間に向かい叫んだ。

 玄間は歩みを止めない。


「透過だろ?」


「……ほう?」


「獅子沢が銃を持ってて、全弾壁に打ち込まれてる。獅子沢からお前を挟んで向こうの壁に、だ。そんでもって、指令部室前の廊下にゃ争った形跡はなかった。あと獅子沢のケガの具合をみりゃだいたい想像がつく」


 現状だけをみてビヨンデの能力を玄間は看破していた。この男はキレる。ここで必ず仕留めねばならない。

 玄間はビヨンデが手を伸ばせば届くところまで来ていた。


「で? タネがわかったからなんだと? どんな内包者かは知らんが、俺に攻撃を当てるすべは――」


 ビヨンデの言葉はとてつもない轟音に遮られた。発生源はビヨンデの後方。つまり壁である。


「ま、なんでもすり抜けるってのは嘘じゃないみたいだな」


 ビヨンデは後方を確認した。壁がへこんでいた。クレーターのように大きく。

 ビヨンデには何が起きたのか理解できなかった。しかし、こいつの能力はあくまで物理的なものと判明した。

 この男に『虚無を晒す肢体インビジブル・イグジスト』を無効化できる術はない。

 ビヨンデは腕を伸ばす。玄間の身体をすり抜け、腹部を腕は貫通した。玄間はその瞬間、素早く身体をよじった。

 ビヨンデは透過を解除する。

 鮮血が飛んだ。玄間は腹部から出血している。


「ほら、どうした? タネがわかったんだろ?」


なるほど・・・・な」


 玄間は静かにつぶやいた。

『なるほど』? 透過し解除することでダメージを与えるその原理は理解できていなかったのか。こいつはとんだ間抜けだ。あれだけべらべら偉そうに語り、ろくに敵を理解できていない。女からのアドバイスを聞けばよかったものを。


「俺の魔術に欠点はない」




 ビヨンデは『極夜の魔術団』こんな宗教団体には興味はない。

 魔術の祖であるゼフィラルテ・サンバースに対しての信仰心など欠片も持ち合わせていない。

 彼が欲すのは魔術という超越的な能力のみだ。

 ビヨンデは何事もトップでありたいと思う。勝ち組でありたいと思う。勝負も人生もすべて。魔術をこの世界の『上』へ押し上げるため、『極夜の魔術団』の黄昏部隊に所属している。

 ここで、『黒葬』を完膚なきまでに叩きのめし、魔術団の儀式を成功させる。




 右腕を玄間に向かい伸ばす。玄間は身体をよじり躱すが、これはフェイントだ。左が本命。左腕が玄間の身体を貫通した。


「死ね」


 透過を解除した。

 血しぶきが舞う。その鮮血は玄間の物ではなかった。



 ――左腕が飛んでいた。



透けてんだよ・・・・・・、お前」


 左腕を見ると、肘から先が消えとめどなく血が流れていた。ビヨンデの血は身体を離れたことで、地面を透過することなく足元に血だまりを作った。


「がああああああああああああああ!!!!!」


 激しい痛みがビヨンデを襲う。

 何が起きた。なぜ腕が飛んだ。血を止めなくては。このままでは。


「どうした? 欠点がないんじゃなかったのか?」


 魔術は一度に一つしか使えない。

 魔術を用いた止血にしろ、腕を何かで縛るにしろ、透過を解除しなくてはならない。ここを離れて止血する。だめだ、出血量が尋常ではない。そんな時間は……。


「……死んでたまるか、俺が、こんなところで」


 玄間を殺せれば、すべて解決する。


「この俺がァァァ!!!!」


 次は右腕だけでなく上半身ごとおおきく玄間の体内に潜り込ませた。


解除fuck you!!!」


 透過を解除した瞬間、時が止まったように感じた。すべての動きがスローモーションにみえる。


『死』


 それをビヨンデの脳は予感したのだ。タキサイキア現象――危機に陥ったときすべてがスローモーションにみえる現象――である。

 玄間の動きが見える。玄間は一歩下がった。このスローモーションの世界の中ですら尋常でなく速い。ビヨンデの身体が実体化した瞬間、四肢は玄間に1mmたりとも触れていなかった。

 そして、玄間の右の拳が近づいていることに気が付いた。その拳は何より大きく、どんなもの兵器よりも恐ろしく、ただただ死を予感させた。

 透化はもう間に合わない。


 理解した。

 壁にクレーターを作ったのも、腕を飛ばしたのも全て徒手空拳のみ。


 ――俺はこんな化け物を相手にしていたのか。


 ビヨンデの意識は途切れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る