第52話 黄昏の3(2)

『極夜の魔術団』所属、『黄昏の3』ビヨンデ。

 彼こそが、この『黒葬』強襲作戦の本命である。


 陽動の意味合いも兼ねた『儀式』を都内二か所で行い、それと同時にここの電波を遮断する結界を貼った。この結界は精々1時間ほどの効力しかないがそれで充分である。

 少ししてから『儀式』を行う二か所より、『黒葬』の人間が派遣されてきたと連絡を受ける。これで、本社の戦力が一時的に削がれたのを確認した。

 ダメ押しに本社を正面から強襲。

 これですべての準備が整った。

 ビヨンデは本社へ地上から、一直線に落下・・した。


 戦力は分散。あとはビヨンデが徹底的に殺し、壊す。

 これが『黒葬』強襲作戦の全貌である。






「『虚無を晒す肢体インビジブル・イグジスト』。透過するのが俺の魔術」


 獅子沢は消えかかる意識を必死につなぎとめていた。

 獅子沢は理解した。『UE』の発生は陽動。『黒葬』の場所は完全に割れているとみて間違いない。やはり、『barBLACK』正面からも攻め込まれているのではないだろうか。


 ――完全に出し抜かれた。


 しかし、獅子沢に後悔はない。

 すべては最善手であった。手持ちの情報から判断できる最善を選択し、そう動いた。


 正しい選択をし、優良な手を打ってきた。

 故に、もう獅子沢はどうすることもできない。


「……くそったれ」


 ビヨンデは獅子沢に背を向け、指令本部室の入口に向かい歩き出した。


「そこのお嬢さん」


 ビヨンデは入口近くに立っていたカレンの方を見た。


「透過しているとき、あらゆる物は俺の身体をすり抜けるわけだが、ちょうどすり抜けている最中、この透過を解除したら一体どうなると思う?」


「……し、知らないわよ」


 カレンの声は震えていた。

 獅子沢は目で追うだけで、身体を動かすことすらできずにいた。


「つれないなぁ……」


 ビヨンデに向かい直進する。カレンの顔が恐怖に歪んだ。

 ビヨンデはカレンをすり抜けた。


「……ッ!」


 ビヨンデはくつくつと笑いながらそのまま入口へ向かった。


「ほら、すり抜けるだけなら、なんら問題ない」


 指令本部室の出入口のドアは自動でスライドするタイプのものだ。上部に取り付けられたセンサーにビヨンデは手を伸ばし、すり抜け。

 ボンと、センサーが音を立てて壊れた。


「しかし、透過を解除すれば、俺の肉体がすべての物質よりも優先・・される。そうだなぁ……、その空間に俺の肉体がねじ込まれるって言ったらわかるかな? それが、こんな固い金属でも、柔らかい人の人体でも、俺の肉体が優先される」


 獅子沢は先ほどの事を思い出す。

 腹部を腕が貫通した状態で、ビヨンデは一瞬だけ透過を解除したのだ。故にビヨンデの腕が優先され、腕が肉体を貫通した。すぐに腕は透過されるが、もちろん腕をねじこまれ開いた腹の穴はふさがらない。

 ――攻防ともに無敵。


 ドアから錠が下りる音がした。

 透過用いて、無理やり鍵を閉めたのだろう。


「さて、これでこのドアのセンサは機能しなけりゃ、鍵もかけたしもう開かない」


 ビヨンデはドアを背に、指令部の人間をじっくり眺めた。


「これが魔術なんだよ」


 ゆっくりと歩き、一人の女性――指令部の小林――に手を掛けた。


「い、嫌っ!」


 ビヨンデは敢えて右手を透過していないのだろう。右手で小林の肩を掴み、左手は小林の身体すり抜けた。

 次の瞬間には小林は血を吐きながら倒れていく。


「お前らがどんだけ、科学を進歩させて! 苦労して! 金かけて! こんな大きな地下施設を作ったりしても、魔術には勝てない! わかるか?」


 ビヨンデはデスクにある、キーボードやら資料やら腕で床に払いのけるようにして床にまき散らした。


「魔術は、『極夜の魔術団』は、近いうちにこの世界を掌握する! お前らは魔術に淘汰されるんだよ」


 ビヨンデはそう言い放った。


「……さて、お嬢さん。さっきは遊んで悪かったな」


 ビヨンデはカレンに目付けた。


「次は解除する」


 カレンは膝から崩れ落ちた。

 ビヨンデはカレンへ歩み寄る。


 ――その時、鈍い金属音が鳴り響いた。

 発生源はドアの方だ。


 ビヨンデもその足を止め、ドアへ振り返った。


 分厚い金属製のドアから10本の指が生えていた。

 その指はドアにピタリと張り付き、耳を塞ぎたくなるような重い音を立てながら、左右に5本ずつ離れていった。

 つまり、金属製のドアのど真ん中にむりやり穴がこじ開けられたのだ。


「開けゴマぁ」


 ドアの向こう、こじ開けられた穴の向こうから男の声がした。


 獅子沢は正しい選択をし、優良な手を打ってきたのだ。

 故に、もう獅子沢には・・どうすることもできない。


 これが獅子沢の先んじて打っていた保険である。


「久々に帰ったら随分騒がしいじゃねぇかよ。えぇ?」


 獅子沢はある男を国内へ呼び戻していた。


「……遅いんだよ」


 強引に開けられた穴から身を屈めるようにして、サングラスを掛けた大男が指令本部室に入ってきた。

 身長は2mを優に超え、スーツ越しですらわかるほどに発達した筋肉。


 ――『黒葬』における最大戦力。最強の男。


「『執行部』対人課長、玄間くろま 天海てんかい。ただいま帰還」

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