第54話 対人課長(2)

 葛城を含む指令部の人間達は、戦闘の終始をみて何が起きたのかを理解できなかった。

 玄間とビヨンデが向き合い、ゼロ距離の攻防を繰り広げたかと思えば、突然ビヨンデの腕が飛んだ。そして、ビヨンデが鬼のような形相で玄間に襲い掛かり、次の瞬間には轟音と共に、ビヨンデだったものが壁にたたきつけられた。


「ネズミは処理した。作業に戻れ」


 玄間の声で、我に返った職員たちは重症を負った者の応急処置へ取り掛かる。


「玄間さんも、怪我を……」


 葛城は玄間の元へ救急箱を持っていった。

 確か、あのビヨンデの攻撃を腹部に受け出血していたはずだ。


「かすり傷だ。問題ない。もう止まってる」


 玄間の腹部を見ると、確かに血はもう止まっているようだった。


「そもそも傷は深くねぇ。あえて・・・受けたものだからな」


「? どういうことです?」


「……あの魔術は実際、無敵だ。透過してる間は俺も手出しはできねぇ。……あれを仕留めるには一度受けて確かめる必要があった」


「確かめる……」


 ビヨンデの攻撃を受けた直後「なるほどな……」と、玄間は言っていた。


「透過を解除し、実体化する瞬間の癖。どこの筋肉に力が入るとか、そういう些細な癖だ。それを確かめる必要があった」


 言葉を失った。そんなものあの一瞬でわかるわけがない。

 それもまともに食らえば大ダメージを免れぬ魔術を前にしている、あの状況で。


「まぁ服を着ていないのは、ラッキーだったな。あとは、実体化の瞬間に合わせ身体を引き、実体化部に打撃を加える」


「そんなことが……」


 言うのは簡単だ。しかし、獅子沢がビヨンデに向かったときを見るに実体化後はすぐに透過をしていた。1秒もない、コンマとかそういう次元。針の穴を通すような神業。


「正直、俺を無視して施設破壊に舵を切ってりゃヤバかった。ま、余裕も癖も透けてた・・・って訳だ」


 これが対人課長なのか。

 指令本部長の獅子沢にしかオペレーターが務まらないわけだ。


 玄間の肉体については獅子沢から聞いたことがある。ミオスタチンという筋肉の成長を抑制する物質が異常なほど少ない体質で、日本人とは思えぬ巨躯を持つのだという。その科学的な根拠を持つパワーともう一つ。

 身体から常時ほとばしる『UE』の存在である。これが人間を超えた超常的なパワーを有する。

 単純にして最強の『超現象保持者ホルダー』である。


「おい、獅子沢ァ。死んでねぇだろうな?」


 玄間は葛城の横を通りすぎ、獅子沢の元へ向かった。


「……致命傷になる臓器は避けた」


「針と糸かせ」


 葛城は玄間に救急箱を渡した。


「医療に心得が?」


「こんくらいはできる。あと、俺の身体の『UE』は若干だが、周りにも影響を及ぼす。獅子沢の治癒力も少々強くなるはずだ。麻酔打つか?」


「いらん。死ぬ。早くしろ」


「可愛げのねぇ女」


 ――……私の担当は紅蓮あたりが妥当ね。


 そう葛城は思った。






「……天海。お前どっからここに来た?」


 獅子沢は痛みに耐えながら、玄間へ尋ねる。


「あ? 急いでたから、だ」


 実はこの黒葬には裏口が存在する。課長といった限られた人間しか知らない。


「そうか……」


 つまり、正面、『bar BLACK』の方はどうなっているかわからないということだ。

 あのビヨンデがこの強襲の本命ではあると思う。かといって、正面が無事とも限らない。


「あ、……あ! ぶ、部長! 連絡系統復活しました!!」


 カレンの声が響いた。

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