第18話 検証、幽霊トンネル!(1)

「時に貴様、幽霊の類いを信じるか?」


 車を運転しながら静馬は、そんな質問を投げ掛けた。


「? えーと、信じてますね」


 燈太は元より、幽霊は信じる派であった。見たことはなかったが、火のないところに煙は立たない。

 心霊写真、心霊動画。

 世の中に溢れているこういった胡散臭いモノの中に本物があってもいいんじゃないか? そう思っていた。


 と、これは一介の学生だった頃の話だ。


 『黒葬』に入社し対人課の活動に於いて、妖刀という「未知」に直面した。あれに、幽霊、死者の念が関与していないということはないだろう。現象としてこの目で見て、肌で感じたのだから。

 今では信じる派どころか、信じて疑わない派である。


「今日向かうのは、通称『幽霊トンネル』だ」


「幽霊トンネル?  心霊スポット……的な感じですか?」


「そうだ。心霊スポットとされている・・・・・


「心霊現象の調査ってことですか」


「そうだ、心霊現象と言われている・・・・・・現象の調査だ」


「……じゃあ、その、幽霊がでるんですね」


 妖刀の一件で幽霊や死者の念は恐ろしいものだと嫌というほど知った。

 あまり気が乗らない――


「阿呆」


「え」


 罵倒される理由が見当たらなかったため、まぬけな声がこぼれる。


「その考え方が阿呆の極みだ。『私は何も考えられない間抜けです』と言っているようなものだ。それは」


「いや、心霊スポットだって……」


「例えば、女の霊を見た。声を聴いた。これを聞いて貴様は、大衆は、幽霊の仕業だと決めつける。確証もなく。

 ……そうだな。例えば、音」


「音?」


「人間には聞き取れる音に限界がある。モスキート音というのは聞いたことあるだろう?」


「えと、歳を取ると聞こえなくなる音、みたいな感じでしたっけ」


「おおよそあっている。この現象は周波数が関係している。人間の可聴域は20~2万Hzとされ、モスキート音は高周波数。老化によって耳が衰え、聞き取れなくなるというわけだ」


「なるほど……」


「では、19Hzはどうだと思う?」


「? 20Hzが人間の限界なら聞こえないんじゃないんですか?」


「その通り。聞き取ることができない。

 しかし、この19Hzという超低周波数は『幽霊周波数』と呼ばれ、幻覚、幻聴を引き起こしたという例が報告されている」


 聞き取れない音。それによって引き起こされる幻覚。


「! じゃあその音がトンネルから出ていたとしても」


「普通は気づけない。しかし、引き起こされる幻覚で幽霊を見たと錯覚してしまう。これで一つ心霊スポットの出来上がりだ」


「つまり、……心霊スポットと言われているだけで、幽霊が絡んでいると決めつけるのはよくない、と」


「そうだ。検証もなく、自らの頭で何も考えずに、原因を決めつけ物事に取り掛かることは、客観的に事実をとらえられないことにつながる。現象課としては失格だ」


 確かに、考え方を縛られているのは危険だ。


「す、すみません」


「……これは研修だ。同じことは二度言わせるな。過ちは一度で直せ」


 静馬はそう言うと眼鏡を持ち上げ、ハンドルを握りなおした。


 燈太は、謝罪から静馬が言葉を発するまで微妙に間があったことに気づいた。今の言葉。これは、「研修なんだから失敗しても良い」というニュアンスを含んでいるような気がする。

 気のせいだろうか。

 勿論、本人にダイレクトに聞けば、否定と罵倒が飛んでくるであろう。想像にとどめた。

 話題を変える。


「えと、静馬さん。心霊スポットって日本にいくつもありますよね? 今回の行く『幽霊トンネル』っていうのは、何か特別なものがあるんですか?」


「当たり前だろうが。ただの噂程度では『黒葬』は動かん。端的に言おう。『UE』が観測された」


「『UE』が?!」


「あぁ。継続的にではない。規則性は不明だが、なんらかのタイミングで『UE』が発生している」


 『UE』が発生しているということは、今から行く必ず「幽霊トンネル」には「何か」がある。


「『UE』の発生源および、その現象を突き止めるのが今回の仕事だ」


「その、噂ではどんなことが起きるとされているんです?」


「悲鳴が聞こえ、トンネルから出られなくなるという」


「トンネルから出られなくなる?」


「正確には、トンネルを抜けておかしくない距離を走っているにも関わらず出口が見えない、という話だ。これに関しては、恐怖で時間を長く感じてしまった、という可能性が高いだろう。もちろん、あくまで可能性だ。検証するまではわからん」


 謎の悲鳴、無限に続くトンネル。これは、心霊スポットと呼ばれてもおかしくない。

 しかし、それに幽霊が関わっているかはわからない。


「そして、貴様」


「あっ、はい」


「『超現象保持者ホルダー』らしいな」


「そうみたいです。こう、手を合わせると今いる環境の情報がわかるっていう……」


「先に言っておくが、俺の許可なく使うなよ。データが狂う可能性がある」


「能力を使っても『UE』はでないですよ?」


 燈太の身体から『UE』が放出されたのは、『黒葬』に拉致されたときの一度きりだ。手を合わせ能力を使う分には『UE』の検出は見られなかった。


「これだから『超現象保持者ホルダー』はクソだな。いいか? 貴様のその能力はどういう原理で成り立つ? なぜ情報がわかる? 一切不明だろうが。本質も掴めぬ物をむやみに使うな」


 罵倒はさておき、後半部のことは正しい。


「狐崎の小娘も、不死身能無し男も、自分の能力を把握した気になっているが、原理不明、過程不明。貴様のわけのわからん大量放出『UE』と同様の危険性を孕んでいるというのに、バカすかバカすか使いやがって」


 黒葬は『超現象保持者ホルダー』を匿う一面も持っている。身元は割れているとはいえ、能力不明の燈太を社員にしたりと、『超現象保持者ホルダー』に甘いところがあるのかもしれない。


 対人課は鑑心以外が『超現象保持者ホルダー』だったこともあり、慣れすぎていた。


「……気を付けます」


「それで良い。さて、そろそろ現場に着く。心しておけ」

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