第17話 現象課は歓迎しない

「燈太クン、燈太クン!」


「あ、春日部さん」


 いつものように出社し、受付まで行くとそこには人事部の春日部が立っていた。

 燈太の入社面接を担当していた人物である。


「今日は対人課オフィスはいかなくて良いよ!」


「え」


「……あっ、クビとかそういうのじゃないからね! 今日から現象課で研修を行ってもらうってこと!」


 執行部現象課。対人課と違い超常現象などの研究を行う部署と聞いている。対人課の面々曰く、燈太の能力を活用しやすいとか。そして、紅蓮が苦手とする人物がいるとも言っていた。


「現象課って上ですか?」


「あー、現象課には対人課みたいなオフィスはないんだ。今日は会議室に向かってもらえるかな?」


 階段に貼り付けてあるフロアマップから会議室を指差した。


「ここね!」


「わかりました」


 燈太は、階段を上り、指示された会議室に向かった。

 現象課にはオフィスがない。しかし、フロアマップには『現象課研究室』という部屋があった。つまり、現象課の社員は対人課のように事件を待つのではなく、研究室で研究を行うのが主ということだろうか。

 考えているうちに、会議室の扉にたどり着く。ノックをしてから扉を開けた。


「失礼します」


 部屋に入ると、男がソファーに腰かけていた。

 男は眼鏡をかけていた。厳格そうな顔つきをしている。年齢はみたとこと紅蓮と同じくらいだ。

 しかし、目立つのはスーツが真っ白である点だ。『黒葬』社員は――空を除く――全員黒のスーツを着ているものかと思ったが、白でも良いらしい。


「……現象課、佐渡さわたり 静馬しずま


 眼鏡を指で一度持ち上げる仕草をした。


「貴様が研修中の坂巻か」


 貴様。


「はい。坂巻燈太です」


「ふんっ」


 ――対人課に帰りたい!

 と激しく思う燈太だった。


「今日は俺の仕事に同行してもらう」


「は――」


「が、」


 返事をかき消された。


「まず、俺は貴様をよく思っていない」


「え」


「貴様はわけのわからん『UE』をばら撒くらしいな。つまり、正しいデータが取れない可能性がある。わかるな?」


「えぇ、まぁ」


 ……そういわれても。


「しかし、これは上からの命令だ。俺は従わざるを得ない。いいか? 邪魔だけはするなよ?」


「……頑張ります」


「ついてこい」


 静馬は立ち上がった。


「あ、あの、今日はどちらへ……?」


「車内で言う。黙ってついてこい」


 燈太は付いていかざるを得なかった。




 車は4人の乗りの物だった。後部座席には何やらよくわからない器具が多く積まれている。静馬が運転するらしく、運転席に座る。燈太は助手席に座った。

 手から嫌な汗が出ていた。気まずさで心いっぱいである。


「ここから車で3時間の場所へ向かう」


 3時間。隣り合わせで。

 学校の遠足的な催しで、苦手な奴が隣に座った場合のバスや電車では寝るのが定石だ。しかし、今日は使えない。なぜなら、寝ると怒りそうだからである。間違いない。絶対怒られる。燈太の勘がそう言っていた。


「……対人課共に現象課のことはどう聞いている?」


「……どう、とは?」


「貴様は最初、対人課で研修を行ったのだろう? どこまで知っている?」


「えと、研究するのが仕事だとか、データ採取を行うとか……ですかね」


「チッ。あの『不死身猿』め。どうなっているんだ、全く」


 燈太はここで察した。紅蓮と仲の悪い現象課の人間はこの佐渡静馬に違いない。


「仕方ない。説明する」


「あ、ありがとうございます!」


「やること自体は概ね、知っている通りだ。大切なのは、なぜ・・それを行うかだ。

 現象課は最新鋭の技術を持ってしても解明できない現象を解明することを旨としている。つまり――」


「つまり……?」


「『葬る』のはなく白日の元に晒すことを目的としている」


 対人課は法で裁けないような人間を「葬る」ことが目的であったが、現象課はその逆であると、静馬は言う。


「とはいえ、その現象を完全に理解するまでは表にでないようにはするがな。未確定の事象を世間に流布するのは、愚行以外の何物でもない」


 あくまで、「葬る」ことは一時的なことで、目的は現象を解明し、安全なものとわかってから世間に公表するということ。確かに、対人課とは大きく異なる。


「――というのが持論だ」


「……? え?」


「だから、持論だと言っているだろう。現象課は科学技術の発展に伴い設立された比較的新しい部署だ。あまり方針は決まっていない。

 日本各地で起こる、いわゆる怪奇現象を解決、研究を行う、それが唯一の方針だ」


 対人課の説明に不備はなかったのではないか。難癖付けたかっただけでは。

 思っていても口にはしない。


「だから、俺は白のスーツを着ている」


 日の元に晒す、の「白」だろうか。


「……はぁ」


「なんだ貴様、そのやる気ない声は」


「! いえっ、お似合いだと思いますっ!」


「ふんっ」


 目的地は遠い。

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