第3話 笑顔あふれる面接試験

「どうぞー」


 部屋をノックすると、中から声が聴こえた。

 坂巻燈太、高校入試以来の面接試験である。


「し、失礼します」


 ドアを開け、お辞儀をして。ドアを閉めるときは音を立てないように。「おかけください」と言われるまで座らない。で、座るときも所作があったような。

 燈太は必死にうろ覚えの面接知識を手繰り寄せていた。

 形式上と調は言っていたので落ちるとかそういうものではないのだろうが、面接というのはどうにも緊張してしまう。


「あぁ、そんな固くならないでいいよ! すぐ終わるからさ」


 イスの横まで移動したところで、面接官らしき男にやっと意識がいった。

 男は30代くらいだろうか。黒髪、七三分けのサラリーマンのテンプレと言った感じである。特徴的なのは、こちらに向けられた屈託のない笑顔だった。


「さ、座って座って! よろしくね、坂巻燈太クン! 人事部所属、春日部かすかべ奏太かなたです!」


「あ、よろしくお願いします。……失礼します」


 しっかり一言かけてからイスに腰をかける。


「でさ! なんで君は『黒葬』に入ろうと思ったの?」


 面接試験でよくある質問だった。高校であれば、その校風やら伝統やら、目標やらを調べて、でっち上げたの自分のしたいことと結び付けて話す。そういったやつ。

 今回は前情報がないため、ただ自分の思っていることを話す。


「えっと、自分から『UE』ってのが発生してて、その原因や正体を究明すべく……」


「うんうん」


「その手掛かりを得るために、『黒葬』で働く事を決意しました。同類の『UE』ってのを見つけるのが目標です」


 思ったより内容をまとめて話せたことに内心、ガッツポーズをした。ぶっつけ本番にしてはよくできた。


「本音は?」


「え?」


「確かに思ってるのかもしれないけど、それじゃ弱いなぁ。まだあるよね?」


 笑顔は全く崩れていない。ただ、優しそうなイメージが崩れた。


「まだある……?」


「うん、そう! それだけじゃ、『黒葬』に入ろうとはならないよね? 例えば、早くここから出たい理由がある、とか。でもそういう類の切迫感も伝わってこないんだよねー」


 実際、燈太が『黒葬』に入りたいう動機は確かにもうひとつあった。


「えと」


「うん」


「『黒葬』とか、『UE』とかまだ全然わかんないんですけど、そのなんていうか」


「うん」


「わくわくする……って言うのが本音です」


 高校生にもなって、子供じみた理由を言うのは言葉にできない恥ずかしさがあった。


「なるほど! 納得! じゃあ、次の質問」


「あっ、はい」


 思ったより軽く流されてしまった。だが、追及されないあたりこの面接官の満足する内容だったのだろう。


 ◆


「調さん」


「どうした」


 燈太がいなくなった会議室には紅蓮と調が残されていた。


「なんでアイツを『黒葬』に入れよう思ったんです?」


「あぁ、そのことか」


「確かに、共鳴なんてもんはありますけど、全く見当のつかない『UE』をみつけるなんて無茶じゃないっすか?」


「……まぁ正直言うと、適正があった」


「適正?」


「『黒葬』で働ける適性だ。ここで働くには、何かしらの技術や能力は必要になる。しかし、それだけじゃ長くはもたない」


「というと」


「好奇心、未知に触れた時それを受け止めるゆとり。こいつは欠かせない」


「あぁ。なるほど。確かにアイツ、なんか目がキラキラしてましもんね。拉致ったときも割と威勢が良かったですし」


「まぁそういうことだ。そういうのは歳と共に衰えるし、若くても持ち合わせていなかったりする」


「だから変人多いんですかね。うち」


「人かすら怪しいのもいるだろう。ともかく素質はある。あとは能力の方だが――」


「――失礼します」


 ノック音の後、女性が一人部屋に入った。


「指令部より伝達です。『極夜の魔術団』の動きを観測した、と」


 ◆


「一応これで面接終了! お疲れ!」


「ありがとうございました」


 志望動機を聞かれた後は、高校でのことを聞かれたり、あまり秘密結社要素を感じない質問で終わった。時間としては5分程度だっただろうか。

 時間。

 車に乗せられてからというものとんとん拍子に話が進み、様々な物を見たせいで全く気にしていなかったが今は何時なのか。燈太はただそう思った。


 ―― 11:48:38.76 ――


「?!」


「どうしたんだい?」


「い、今って何時ですか?」


「えと、11時48分だね」


 春日部は腕時計をみてからそう答えた。

 先ほど燈太の頭に浮かんだ時間と完全に一致している。奇妙な体験であり、少しゾッとした。


「ところで何してんの?」


「え?」


 春日部は人差し指の先をこちらに向けていた。まっすぐ指す先には燈太の手がある。

 親指から小指まで、両手の指先と指先がピッタリとくっついていた。合掌とは違い、手のひらと手のひらに隙間があり、指と指の間隔も開いている。

 燈太にこのような癖はない。勝手になっていた。


「……何か起きたみたいだね。話してみて」


 このとき初めて春日部から笑顔が消えた。


「……今、時間が知りたいと思ったんです。そう思ったら、こう頭の中に時間の情報が……」


 忘れていたものを思い出すような感覚に近い。


「そう、欲しい情報が頭に飛び込んきたんです。11時48分38秒76、と」


「なるほど……」


 春日部は頷きながら、何か考えるような素振りをみせた。その後、先ほどまでのような笑顔を取り戻す。


「もう一度、さっきみたいに手を合わせてみてよ!」


「手、ですか?」


「そうそう」


 手の形。無意識のうちになっていた、あの合掌のような奴だろうか。

 燈太は恐る恐る手をあわせる。


「今の気温は?」


「気温……」


 ──23℃──


「! 23っ、23度です!」


「湿度」


 これも、情報が頭に飛び込んでくる。


 ――47%――


「わかります! 47パーセントです」


「……じゃあ」


 春日部は少し間を置いた。


「伊佐奈紅蓮は今どこにいる?」


「……はい」


 伊佐奈紅蓮の居場所。燈太はその情報が欲しいと考えた。しかし、手を合わせ集中してもその解は一向に頭の中には現れない。


「……なるほど……ね。うん!」


 春日部は手をパンと鳴らした。


「君は『超現象保持者ホルダー』だ。それは間違いない。性質は、自分の置かれる環境を正確に認識できる……ってとこかなぁ。予想、予想だけどね!」


 時間や気温、湿度。これらは確かに、燈太の身の回りの環境である。しかし、紅蓮の居場所という情報は燈太には関係のないものだ。春日部の推測は確かに理に適っている。

 そして、春日部は、瞬時にある程度の憶測を立て、適当な質問で燈太の能力を言語化できるものにした。その手腕から、やはり春日部も紅蓮や調同様に只者ではないことを燈太は理解し、その一員になろうとしている現状に胸を静かに高鳴らせた。


「自分の置かれている環境……」


「でも、これは氷山の一角に過ぎないと思うよ」


「?」


「『黒葬』は君を迅速に、ここへ連れてきた。それも結構、手荒に。……あっ、その件はごめんね! まあともかく、これはさ、君から『UE』が発生したから・・・・・・っていうのは、理由としてちょっとだけ語弊があるんだよね」


「えっ。そうなんですか?」


「そう、観測した量・・・・・。それが尋常じゃあなかったんだ」


「りょ、量ですか」


 量に関しての話は調や紅蓮から聞いておらず、思いつきもしない観点だった。


「そう、周りの情報を得る。それだけで出る量じゃないと思うんだよなぁ。まぁ『UE』だからそんなことあるかもしれないと言われればそうなんだけどね!」


 まぁ能力にすら気づかなかった燈太に判断できるような話でないことには間違いないだろう。


「あっ、長引かせてごめんね! このあと、身体測定とかいろんな検査をするから、そこで能力についてもしっかり見極めよう。よし、行こうか!」


 燈太は急に立ち上がった春日部に習い、イスから立ち上がり、部屋を後にした。


 その後、燈太は身長、体重、血液検査、スポーツテストなどから、能力に関する詳しいデータの収集を5時間に及び行った。

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