第2話 イカした会社にようこそ

「ここが本部だ」


 燈太は車から降りた。

 紅蓮は未だ、燈太の腕を掴んでいるが燈太自身逃げる気はない。

 理由は逃げた方が痛い目をみるから。紅蓮は体格が良く、燈太は他人に自慢できるほど運動ができるわけではない。燈太が紅蓮から逃げるのはまず無理だろう。

 そして、この男たちの正体が知りたいという理由がほんのわずかながら存在していた。

 ここに来るまで、燈太はこれといった危害は加えられていない。口約束だが、今後も危害を加えないと彼らは言った。今の燈太の警戒心は誘拐されたときに比べれば低くなっている。そして、その警戒心と好奇心で揺れる心が燈太の中にはあった。


「ここにその本部が?」


 車は路肩に止められており、降りると目の前には、廃れた雑居ビルがあった。


「地下だ」


 調はそのビルの地下へ続く階段へ進んだ。地下は『bar BLACK』という店に続いているらしい。

 紅蓮に連れられ、階段を降りると金属製のしっかりとした扉があり「closed」と書かれた札が吊るされていた。

 調は3度扉をノックした。


「まだやってないよ」


 扉の向こうから声がする。


「慶蝶調だ」

「なんの用で?」

「献杯のためのワインを取りに来た」

「白か? 赤か?」

「黒」

「ヴィンテージは?」

「1946年」


 ガチャリと鍵が開く音がする。

 調はドアノブに手をかけ、扉を開け、中へと入っていた。


「紅蓮も一緒だ。例の少年を確保した」


「お疲れ様です」


 中は看板や外装からとは打って変わって綺麗なbarになっていた。調は中にいたマスターらしき人間に声をかけ、調に続き燈太は「WC」と書かれた方へ向かった。


「えっ」


 WC、つまりはトイレに入ったはずなのだが、そこにはエレベーターの入り口が存在していた。


「秘密結社らしいだろ?」


 紅蓮は少し笑いながら燈太に声をかける。

 秘密結社が真実味を帯びてきたことで燈太の中の警戒心は好奇心に負けつつあった。


「早く乗りたまえ」


 調に急かされエレベーターに乗ると、下へ降りるだけでなく、左や右へと動く感覚があり、ある種のアトラクションのような気分だった。30秒ほど活発に動き続けたエレベーターは動きを止めた。


「ようこそ『黒葬』へ」


 エレベーターの扉が開くとそこには大きな会社にあるようなエントランスが広がっていた。

 そこまで珍しいものはない。目の先には受付が見える。少々黒の配色が多いくらいであまり特別感はない。

 だが、ここは地下である。それもかなり地中奥深くにあるのだ。こんな立派なものがあるとは夢にも思わない。


「本当に秘密結社……だ」


 燈太はもう信じ切っていた。ポケットから車内で調に入れられた名刺を取り出す。「国営会社『黒葬』」物騒な名前だが、国営。これが本当なら国が関わっているということだ。このレベルの建物を地下に作っている以上、国が関わっているということもありえる。

 となると嘘だと思っていたこれも現実味を帯びる。

 燈太から、未知のエネルギー『UE』が発生したというものだ。

 だが、燈太には全くの自覚がない。超能力も念もチャクラも気も魔力も感じない。


「ほら行くぞ」


 考え事をしていた燈太は紅蓮の声で我に返り、調の後に続いた。


「お帰りなさいませ、慶蝶調様、伊佐奈紅蓮様、そして、坂巻燈太様」


 受付嬢はそう言う。こうもあっさりと自分の名前が割れていることに少し恐怖した。

 人違いという線は消えた。やはり、燈太がこの『黒葬』のターゲットなのだ。


 調について歩き、やがて小さな個室に着いた。会議室のような部屋である。

 歩いていて思ったが窓がない以外はドラマなどで見る普通の会社だった。


「かけたまえ」


 テーブルをはさんで、調は奥のイスに座った。

 燈太の横に紅蓮が付き、調に向かいあうようにして座る。


「車内でも軽く言ったが、詳しい経緯について話そう」


「あぁ、はい」


「まず我らが『黒葬』についてだ。例えば、法の裏を付き活動する厄介な反社勢力、現代の科学で解明できないような力による事件、その研究。そういった表だって国が動けないような案件を処理するのが『黒葬』の仕事になる」


 現代の科学で解明できない力。紅蓮の見せたあの驚異的な治癒力もその一つなのだろう。


「そして、君。君から今朝の5時に膨大な『UE』の発生を確認した。よって『黒葬』は動いたという訳だね」


「……えと、その『UE』ってはなんなんですか?」


「未知のエネルギーのことだな」


 紅蓮はそう口をはさんだ。自慢げなように見えるが、燈太の疑問は何ひとつ解決しなかった。


「具体的には……」


「具体的も何もないよ。未知なのだよ。全くわからん」


「? なら、どうやってそれを確認したんですか?」


「『黒葬』の保有する超大型演算装置『ハイド』による演算結果で観測するのさ。観測した総エネルギー量から既知のエネルギーを引く。すると残るは未知のエネルギーになる。かなり雑な説明だがね」


「……じゃあ、その俺から出たって言う『UE』の危険性とかも」


「不明だ。『UE』は結局のところ未知のエネルギーの総称・・。君からでたそれは危ない物かもしれないし、全く無害なものかもしれない。だから、身柄を拘束したわけだ。手荒な真似をして悪かったね」


 ……結局は何もわからないということなのだろうか。


「『超現象保持者ホルダー』、いわゆる超能力者と呼ばれる人間が、その能力を発現させる際にも『UE』はみられる。だから、君がその『超現象保持者ホルダー』ではないかと思ったんだがね」


「……紅蓮さんもその『超現象保持者ホルダー』っていうのなんですか?」


「おお、飲み込み早ぇな。そういうこった。ちなみに調さんもだぜ」


 調の方を向きなおす。ある程度予想は付いている。


「あぁ。私が質問すれば一方的にその答えがわかるという能力がある。まあ『はい』か『いいえ』で答えられる質問に限るがね」


 車内での、質問攻めに納得がいく。質問内容は「はい」か「いいえ」で答えられるものだけだった。

 調はこちらの答えを鵜呑みにしているのではなく、しっかりとした確証があったわけだ。


「で、俺はどうしたらいいんでしょうか? 帰してもらえるんですか?」


「悪いが、それはできない。さっきも言ったが君の『UE』の原因がわからない限り帰すことはできない」


「えっ……」


 それは困る。燈太は正直、秘密結社、超能力という未知に浮かれ、今の状況を少し楽しんでいた。

 が、帰れないとなると話は別だ。

 親や友人の心配する顔が頭をよぎる。


「帰れないって……、親だって心配しますし」


「あぁ、その点は問題ない。既に休学届を出し、親も納得したそうだ」


「えぇ!? そんな勝手に!?」


「君は何か勘違いしていないか? 先ほども言ったが、君は今非常に不安定なんだ。その『UE』によって君に何か起こるかもしれない。周りの人に被害がでるかもしれない。それが起こってから我々が駆け付けたところで既に手遅れだ。だから、『UE』の第一人者である我々『黒葬』が監視し、何かが起こってもそれに素早く対処すると言っているのだよ」


「な、なるほど」


「ご両親は決して君を恐れて我々の提案に納得したわけではない。君を思って我々に預けたのだ。電話して確認を取るのは構わんがね」


燈太は安堵の息を漏らした。

社会的に抹殺されたわけではないらしい。両親、知人と二度と会えない、そういうことはないだろう。


「……そして、これは君への提案なのだが」


調は少し、改まった様子だった。


「『黒葬』で働かないか?」


「えっ」


「は?」


 燈太はその言葉に驚きを隠せなかった。そして、なぜか調側の人間であるはずの紅蓮までもが唖然とした顔をしていた。


「調さん、何言ってんすか?! えっジョークです?!」


「いやジョークではない。本気の提案だ」


「いや、こいつ一般人ですよ! ただの! 『超現象保持者ホルダー』ならともかく……」


「そうだから提案・・なのだよ」


 調は燈太に向き直り、話を続けた。


「君は『UE』の発生の原因がわかるまで帰れない。そして、君はその性質のため『黒葬』にはいなくてはならない。だから君が選べる選択肢は二つだ」


 調は指を1本立てる。


「一つ目は、『黒葬』でおとなしく原因がみつかるのを待つこと」


 平たく言えば軟禁だろうか。


「二つ目。『黒葬』社員となり、『黒葬』に居座る」


 調はもう一本指を立てる。


「これのメリットは簡単に言えば、早く原因がみつかる可能性がある」


「というと?」


「さきほども言ったが『UE』はあくまで未知のエネルギーの総称。ネッシーやビッグフットをUMAと括るのと同じようなものだ」


 つまり、『UE』という定義は結構ガバガバらしい。


「『黒葬』社員になれば、おのずと『UE』に触れる機会は増える。そうすると君の発している『UE』と同じものがみつかるかもしれない」


「……俺と同じ『UE』が見つかるとどうなるんです?」


「『UE』は稀に共鳴することがある。どうもわかるらしいんだ同類・・だってのが」


 同類・・をみつけることで、自分の『UE』の原因や正体のカギが掴めるかもしれないということになる。


「いかんせん同類かは本人同士しかわからんからね。部外者はそれが『人知を超えたもの』ということしか把握できない」


「……なるほど」


「しかし、『黒葬』の最前線で『UE』に触れるということは必ずしも安全とは言えない。そこは君次第だ」


 燈太は考える。


「あの、原因や正体は早く分かった方がいいんですよね?」


「もちろん。早くみつけるに越したことはない。『黒葬』で働くのには危険もあるが、何もしないことが安全とも言い切れないのは事実だ。時間が欲しければ悩んでも――」


「やります」


 燈太はそう告げた。

 簡単だ。

 何もなかった平凡な自分に訪れた非凡。

 ここで機会を逃せば、もうやってくることはないと、本能が告げている。

 別に、今までの人生がつまらなかったわけではないし、嫌いでもなかった。


 ただ、彼の好奇心が理性を振り切ったにすぎない。


 秘密結社、『超現象保持者ホルダー』、『UE』。

 いままで架空のものと信じ、でもどこかにあるんじゃないかと思っていたそれが手の届く範囲にある。

 知りたい。見たい。感じたい。


「……いい目だ。見込んだだけのことはある。人事を手配しよう。入社試験をする」


「入社試験?」


「形式上だがね。何、単純な面接だよ。ここで待っていたまえ」

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