第4話 私たちが対人課

「よしっ」


 午前8時30分。

 燈太は支給されたスーツに身を包んでいた。ネクタイが曲がっていないか、鏡を前にし確認する。昨日まで高校生だった燈太にスーツを着た経験などあるはずもない。

 昨日、燈太は様々な検査を受けた後、『黒葬』の宿舎に案内された。『黒葬』入り口の『barBLACK』から徒歩5分の場所である。

 『黒葬』本社にずっといなくても良いのか、という疑問を持ったが、曰く年がら年中、陽の光が届かない地下にいるのは健康面で心配があるとのことだった。そして、宿舎には燈太に異常がでればすぐにわかるような監視装置があるとのことで、結局のところ、あまり問題はないらしい。

 燈太は『黒葬』が用意したビジネスバッグを持ち、宿舎をでた。

 今日から燈太は『黒葬』で働くことになる。『黒葬』には一般の会社同様、多くの部署がある。燈太が身を置くのは執行部だ。

 検査の後、春日部から今後の説明と供に渡された『黒葬』についての資料──作・春日部と書かれた、イラストがふんだんに使われているわかりやすい物だった──によると、執行部には3つの課がある。


 表沙汰にできないような人がかかわる事件を専門とする『対人課』。『超現象保持者ホルダー』の対処もこの課が行う。


 最新鋭の科学技術を持ってさえ解決できない怪奇現象を専門とする『現象課』。


 未確認生物などの調査、保護を行う『生物課』。


 新米社員である燈太は研修として一定期間、すべての課を跨いで働くことになる。もちろん、働くといっても同行する案件は比較的安全なものになり、全ての課で活動し、最終的にどれかの課に所属という形になるのだ。


 燈太は『barBLACK』にて合言葉を言い、『黒葬』に出社した。


「おはようございます」


「おはようございます。坂巻燈太様。本日は2階、対人課のオフィスへ向かってくださいませ」


「あっ、はい」


 受付の人に言われ、二階へ向かう階段を探す。地下にいるにも関わらず「二階」というのはなんだか違和感があるが、『黒葬』という組織においては小さなことなのだろう。

 対人課。燈太を誘拐した、紅蓮や調の所属しているところでもある。知人というほどでもないかもしれないが、顔を知っている人がいるというのは心強い。

 二階へ上がると対人課と書かれた部屋がすぐに目につく。ここが対人課のオフィスだろうか。


「失礼します。研修の坂巻燈太です」


 対人課のドアを開ける。


「おっ来たな」


 部屋には紅蓮、調、


「うおおおおおお! ほんとに同い年くらいッス!」


 燈太と同じ高校生に見える学生服を着た少女、


「……」


 チラリとこちらに目を向け、すぐに新聞に目を戻した老紳士が一人。

 計4人の対人課の人間がそれぞれ自分のデスクと思しき場所に座っていた。


「今日から研修させて、い、頂きます坂巻燈太です! よろしくお願いします!」


「そう、固くなんなって」


狐崎こざきそらッス! 対人課って10代、うちだけで、やりづらかったんスよ!」


 空は燈太の元へ駆け寄ると、手を取ってブンブンと半ば強制的に握手を交わした。

 髪の色は少し明るく、ボブカットの少女だった。パーカーの上にブレザーを着ている。校則によっては取り締まられる着こなしだ。


「まあ、ともかく、よろしくな燈太」


「よろしくたのむよ、燈太」


 紅蓮、調もそう言った。


「ほら! ガン爺も挨拶するッスよ」


 空は燈太から離れると、新聞に目を向けたままの老人に声をかける。その老人は長めのつばを持ったハットを深めに被っており、あまり表情を読み取ることができない。


「……あぁ」


 ガン爺と呼ばれた男は新聞を軽く畳み、顔をこちらに向けた。


伊勢原いせはら 鑑心がんじん。よろしくな」


 低く落ち着いた声でそう言った。


「ほら燈太そこ座れよ」


 燈太以外は各々のデスクに座っており、研修の身の燈太は、どこかから持ってきたのであろう即席の椅子へ案内された。


「仕事内容は基本待機だ」


「待機ですか?」


「ここは執行部。つまり仕事来たら動く。指令部から話がこなきゃ待機だ」


「具体的にはどんな仕事が来るんですか?」


「名前の通り、人を相手取る仕事だな。分かりやすいのだと『超現象保持者ホルダー』の犯罪事件とかか?」


 今となっては、燈太も『超現象保持者ホルダー』なのだが、危険そうなイメージしかない。


「ま、心配すんな。お前のかかわる仕事は、そんなアブねぇ奴じゃねぇから」


「あっ! わかったッス! 明日の仕事ッスね!」


 空が唐突に話に割り込む。

 明日、燈太にも仕事があるのだろうか。


「? なんかあったか?」


「あれ? うちの勘違いッスかね?」


 空と紅蓮の会話は噛み合わず、かといって燈太にはどうすることもできない。


「……移転の件を言ってるのかね?」


 見兼ねた調が助け船を出した。


「それッス!」


「あー、あったなそんなの。明日だっけか」


「? 寝ぼけているのかお前達は」


 調は呆れた顔を浮かべた。


「今日だぞ。妖刀『あか』移転の仕事は」


 妖刀というワードに、燈太は胸を踊らせた。マンガなどででてくる特殊な力を持った刀。一般的にはそれが妖刀のイメージだろう。


「あれそうでしたっけ?」


「まあ、うちはニアミスだからセーフッスね!」


「……まあ仕事自体は夜だがね。そろそろ指令部から仕事内容の詳細が来るだろう。しっかり聞いておくように」


 調はそう二人に助言し、デスクにあるノートパソコンに視線を戻した。


「……あれ? 妖刀の移転? 人関係あります?」


 妖刀とはわくわくする響きだが、冷静に考えると対人課の仕事ではないように思える。妖刀の持ち主と戦うならともかく移転と言っていた。


「あぁ、移転と言っても、護衛任務のようなものだ」


 調はもう一度、作業を中断し、こちらを向いた。


「とある事情から妖刀と呼ばれる刀を今保管されている場所から移転しなくてはならなくなった。その刀の移転に付き合う任務だ」


「それを盗みに来る奴がいたら返り討ちにしろ的な話だわな」


「単純明快ッスね!」


 一応、人を相手にするから対人課の仕事と言うわけだ。


 そして、この依頼内容からわかる。

 対人課の人間はそういった盗みに来る人間達を「必ず」返り討ちにできる力があるということだ。


 紅蓮は不死身の体を持っていた。空という少女も、ガン爺と呼ばれていた老人も何かしら物凄い力を持っているのだろうか。


「──今日だったか」


 ぼそりとそう呟く声が聞こえた。

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