高嶺の花男

あずさゆみ

第1話

「せんぱーい。高嶺の花、の男性版の表現ってないんですかね。」


だんだん日が傾いてきたある日のサークルのたまり場で、先輩に問いかけてみる。


先輩は、私の一つ上でなかなかに優秀な人。

私と共通で所属しているサークルとは別にスポーツ系の部活を兼部していて、そこで主将をやっている。サークルでももちろん大活躍。そればかりか人あたりもいいし、先輩がいるからサークルがうまく回っている。さらにはさらには整った容姿。もっともっとさらにはさらにはとにかく頭がいい。知識の量も思考力も、一般人のはるか上のレベル。


あれです。俗にいう「完璧超人」です。


サークルでも他の女子たちがよくきゃあきゃあ言ってる。

あちらの部活でも、ファンが多いと聞く。隠れファンクラブが存在するくらいだ。

みんなの憧れの人。

でも恋人はおらず、告白されても優しくお断りしているらしい。

誰の手にも入らない。

そう、「ザ・高嶺の花」。


「高嶺の花の男版?いやあ、知らないなあ。」


調べてみるか、とスマホをひょいっと取り出し、ほんの少し眉根を寄せつつ、色々なタブを開いては閉じ、開いては別のものと見比べる。

同じ場にいた後輩ちゃんが先輩のその姿を見て、「やっぱかっこいいなぁ…」なんて目をキラキラさせてる。先輩の隠れファンクラブに入ってない私でさえ、少し見入ってしまう。

秀才イケメンはこれだけでそんなに様になるの、正直ずるいと思う。


「高嶺のはなおとこ…?って入ってる記事なら出てきたよ。ほら。」


花男ってどう読むんだよ、と首をひねりつつ先輩はスマホを差し出してくる。

遠慮なく拝借し、飛びついてきた後輩ちゃんと一緒に画面を覗き込む。

ふむふむ。

いやぁ、「高嶺の花男」ってだっさいな。

もう少し何かないの?


「花男って。さすがに雑すぎません?」


後輩ちゃんが今にもふきだしそうな様子で先輩にスマホを返す。

おお、ここに同志がいた。わかる、うんうん。


「物語とかゲームではではよく、かっこいい系の憧れの的な男子は「王子様」って呼ばれてますよね。それではダメなんですか?」


あ、それはダメ。だって、


「それだと微妙じゃないか?王子様って、物語の序盤か中盤くらいでもう主人公の女の子のこと好きになっちゃってること多いよね。そのニュアンスがほしくないから、というか「おいそれと手に入らない」というニュアンスがほしいから「高嶺の花」なんだろう?」


得意げに、しかし控えめに口の端をあげて先輩はちらっとこちらを見る。

先輩は、私が言葉のニュアンスにこだわることをよく知っている。

何度も「こんな表現ないですか?」って問いかけられ答えを返すうちに、私がどのような意味合いがほしいのか、どのように考えて言葉を選ぶのかを察する能力を身につけたらしい。

悔しいが、今回も先輩の推測は完璧に合っている。


これだから完璧超人は。


ほんの少しだけ忌々しくなり、ため息をつく。

先輩のドヤ顔と、面白くないのを隠しきれていないであろう私の顔を交互に「えっえっ」って少し慌てながら見比べる後輩ちゃんの肩をぽんぽんと叩く。


「先輩はエスパーだからね、あなたも気をつけた方がいいよ。」


図らずも真顔になってしまった。

おそらくよくわかっていないのだろうが、それでもコクコク頷く後輩ちゃんはかわいかった。


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「さっき不機嫌そうだったじゃないか。そんなに僕に当てられたのがつまらなかった?」


何の因果か同じ方面である帰りの電車に乗り込みながら、先輩が聞いてくる。


「いや、まあ、うん。ええ、さすが先輩だと思いましたよ。」


それ本心じゃないよな、今の思いっきり棒読みだよな?!と目を剥いて問い詰めてくる先輩。

暑苦しいですよまったく。


「あのですね、先輩。ここ、電車の中だということをお忘れなく。ファンの皆様が失望なさいますよ。」


ファンとかいないんだよなあ、と軽く頭抱える先輩。

いるんだよなあ。ちゃんと周り見てくださいよ。

ああ、ほらあそこにいるよ隠れファンクラブの会員いやちょっとまってしかも幹部じゃん、話が違うよ………

先輩が自重してくれないと私がファンの人たちに苦情言われるんだよぉぉ………

明日ナニ言われるんだろうなーって逃避気味に考えていたら何やら横からものすごくじめっとした視線を感じた。


「僕のファンなんていないからね?いい?わかったらリピートアフターミー。」

「あいにく、私は先輩ほど頭よくないので分からないですね。」


一応小声にとどめてはいるものの、いるいないの問答が次第にヒートアップしていく。

気づけばファンクラブ幹部たちも消え、いつまでこれ続くんだと少し疲れてきた頃に、最寄り一つ手前の駅を電車が出た。

ふいに天からよさげなアイデアが降ってきたので、まだ言いつのろうとする先輩の方にくるりと向き直り、なお否定を重ねる言葉をさえぎってみる。


「ねえ、先輩。私が先輩のファンだったとしたらどうします?」


それまで饒舌だった先輩がピシリと固まる。

驚きで目と口がまんまるだ。

ちょっと埴輪みたいだな、とかいい気味だな、とか思いつつ少しにんまりしていたらちょうど最寄りに着きドアが開いた。

お疲れ様でーす、とにっこりしながら電車を降り、後ろをちらっと見ると先輩はようやく少しずつ融解を始めたみたいで口をぱくぱくしだしたのを観測できた。

ぷしゅーっとドアが閉まり電車が発車してもなお、先輩は元に戻れていないみたいだった。


ふぅ、すっきりした


どこか晴れ晴れとした気分で改札をくぐった時、自分が最後に先輩にかけた言葉が急に頭をよぎった。


ねえ、先輩。私が先輩のファンだったらどうします?


もしかしたらそれが自分の本心なのかもしれないとふと思い浮かんだ瞬間。

それはもう見事に顔が真っ赤になったのが鏡を見ずともわかった。


「好きになっても無駄でしょ、先輩は高嶺の花なんだよ?」と頭の中で囁く声に返してみる。

わかってるよ、先輩は絶対私をそういう風に見ていない。

知ってるよ、少し離れたところから見ているのが私の相応しい立ち位置。私では先輩に釣り合いっこない。

でも。

高嶺の花って理解していても、好きになってしまうんだなあ。


いつの間にか心を引き寄せる何がしかの力を持った先輩は、やはり花のようだ。

そう、それもおいそれと手に入らない花。



ねぇ。

やっぱりずるいですよ、高嶺の花男さん。




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高嶺の花男 あずさゆみ @azusa18miya

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