第32話
きっとオリハルコンの剣が変身したと思われる幼女は、ストンと地面に降り立つと俺の方を見向きもしないで辺りを見渡している。
「お、お前……、まさか」
俺が声をかけても俺を見ない。
幼女だ。年の頃は小学校に入学するかしないかだろうか。
ふんわりした金色の髪を肩まで伸ばし、肌は白く、真っ白なワンピースからはぷにっぷにの腕と脚が伸びて、ワンピースのすそから海藻みたいな名前の女の子のように、かぼちゃパンツが見えている。
顔は西洋風な顔をしており、金色の一対の瞳が、見てるこちらが怖くなるほどの目つきでトラを睨みつけている。
「お、おい……、危ないから────」
幼女はトラに向かって、もみじのような小さい右の手のひらを突き出すと、幼女の掌の前に黒い点が生まれる。その黒点はすぐに野球ボールほどに大きくなると、幼女が口を開いた。
「サンフレア」
ゴオオオオオオオオオオオ!!
「っ!うわっ!」
突如、黒点から極太の蛇のような炎が生まれる。それはまるで太陽の黒点から立ち上るフレアのように巨大な炎の道となり、うねりながらトラに向かって突き進む。
トラは、断末魔を上げる暇もなく、一瞬で灰となり跡形もなく消え去った。
「すげぇ……」
ドドドドドドドド!
「っ!」
子トラが消え去ったその時、周りの木々をへし折りながら巨大な何かが飛んできた。
それは血だらけの巨大なハスキーだった。
そしてハスキーを追うように母トラが現れる。母トラの右の前足と左の後ろ足は存在してなかった。
ハスキーは激突の衝撃で気を失ったのか、変身が解けて全裸の人型に戻っていく。
幼女はまたぷにっぷにの右手を母トラに向けると、
「サンレーザー」
ドン!
一瞬、幼女の手が光ったかと思うと、若干衝撃音が遅れてやってきて、母トラの胸に風穴が空いた。
「マジか……」
一瞬だ。
圧倒的すぎる。
ハスキーも象なみの母トラにここまで手傷を負わせたのは素晴らしいが、この幼女の戦力は圧倒的だ。
俺がむくりと立ち上がると、やっと幼女は俺を見て、俺の方にテクテクと歩いてきた。
だが何故だ?めっちゃ顔が怒っている。頬をぷっくりと膨らませて可愛らしい感じなのに、目つきだけは暗殺者のようだ。
そして俺の足元までたどり着いた幼女は、
「ん」
と短い声をあげて、両手をバンザイしている。
まさか抱き上げろと?
「ん!」
「お、おお……」
再度の催促があったので、幼女の脇に手を入れて、俺の目線の高さまで抱き上げると、いきなり幼女は小さい両手で俺の胸ぐらを掴んで締め上げてきた。
ち、力が強いぞ?!!
「…………のよ……」
「くっ、な、なん」
「……そいなのよ……」
「なん、なんだってんだよ!」
幼女は目に涙を溜めて、
「遅すぎるなのよぉぉぉぉ!!!」
幼女の悲痛な叫びが、山に跳ね返ってこだました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん、ん〜♪」
ちゅるちゅるちゅるちゅる
幼女は近くの切り株に座り、足をバタバタさせながら笑顔で醤油ラーメンをすすっている。
「なんだこれは」
「なあマサト、本当にこの方がラー様なのか?」
「……たぶんな」
ハスキーは数分もせずに意識を取り戻した。流石ライカンスロープということなのだろうか。流血は止まり、俺と一緒に幼女の前に正座させられている。
「おいペテン」
「……」
「ペテン!返事をするなのよ!」
「まさかペテンって俺か?」
「お前ちか居ないなのよ!あたちの名前を勝手に使って、あこぎなちょうばいをしてるのはお前なのよ!」
「……」
理解が追いつかないが、まず大前提から確認せねばならない。
「あー、お前、ラーなんだよな?」
「当たり前なのよ」
「ならこいつは?」
俺は今だに残っている初めから持っているオリハルコンの剣を掲げて見せる。
「その子は違うなのよ」
イシスも言っていた。その子は違うと。その子って言うくらいだから、こいつも神なのか?
「あー、こいつは神じゃないのか?」
「神と言えば神だち、違うと言ったら違うなのよ」
「ど、どう言うことだ?」
「うるたい!!!」
幼女はラーメンのどんぶりをコトリと切り株に起き、自分も切り株の上に立ち上がる。
「そんなことはどうでもいいなのよ!あたちはお前に言いたいことがたくさんあるなのよ!」
「な、なんだよ……」
「なんで言うことを聞かないなのよ!」
「い、言うこと?」
全く思い当たらない。つうか、お前今初めて来たんじゃねえか。
「あたちは話があるからすぐ呼べと言ったなのよ!」
「え?」
「お前は聞いてるはずなのよ!!」
「え?、あー、イシスのことか?」
ダン、ダン!
「それちかないなのよ!」
ラーは足で地団駄を踏みながら怒っている。
「いや、でもよ。今までだって剣を呼んでたけど、お前は来なかったじゃん」
「あたちを呼んでないなのよ!」
「いやでも────」
「あたちは太陽ちん、ラーなのよ!!」
「っ、あー、もしかしてラーの名前を出して呼んでないから?」
「ほかに何があるって言うなのよ!!」
ラーはブンブンと両手を縦に振るい、怒り狂っている。
全く怖くない。幼女が駄々をこねてるようにしか見えない。神の威厳など微塵も感じられない。
確かに俺は今まで「戻れ剣」としか言ってなかった。ラーの名前を出して剣を呼んだのは初めてだったかもしれない。
「名を呼ぶことは契約なのよ!契約ちなければこっちにこれないなのよ!」
更に深く聞いてみると、神の具現化であるアーティファクトと契約するには、
・神の名を知り、呼ぶこと。
・アーティファクトの姿形を知っていること
・神がその呼び声に呼応すること
・ゴールデンブラッドであること
この4つが契約条件らしい。
「名前呼んだだけで勝手に契約とか……」
「勝手ぢゃないなのよ!お前が呼ぶのが契約の呼びかけ、あたちがここに来るのが呼応になるでちょ!」
「押しかけ詐欺みたいだな……」
電話しただけで勝手に家まで来て、既に契約は終わっているとか言われる。まるで押し売り訪問販売だ。
「詐欺ちはお前なのよ!このペテン!ペテンち!」
「さっきからペテンって何のことを言ってるんだ?」
「あたちの名前を使ってちょうばいしてるでちょ!」
「っ、あー、そう言うことか……」
思い起こせばランセルと初めて会ったあの日、オリハルコンの剣を左手にかざして、さも剣からラーメンが生まれてるようにしたっけ……。おまけに「これはラーの奇跡」とか言ったり、店の看板にはラー印のスープ麺とかも書いてるな……。確かに名前を使ってるわ……。
「あたちは何もちてないなのよ!おまけにその子はあたちじゃないのに、あたちのフリまでさせて!お前はペテンちなのよ!」
「じゃ誰なんだよ、これは……」
幼女は腰に両手を当てて胸を張り、
「そんなの自分で探ちなさいなのよ!すぐズルちようとする!ズルンボ!ペテン!」
「……」
わかるわけねえだろ!この幼女頭おかしいんじゃねーか?!
「だからあたちは賠ちょうを要求する!なのよ!」
「……賠償?」
幼女はドヤ顔を作り、ふふんと鼻を鳴らす。
「あたちにずっと魔力をよこちなさい!お前に付いて行って、おいちいものをいっぱい食べるなのよ!この太陽ちんであるあたちが付いて行ってあげるなのよ?光栄でちょ!」
「いや、普通に断るが……」
幼女は目の前のケーキが突如消えてしまったかのように、驚愕と絶望の表情をした。
やめろ、そんな面白い顔をするんじゃない。
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