第31話

更に1時間ほど山を登ると、遥か先に頂上が見えてきた。出発前にジュジュに聞いたのだが、このタリアの背中を守る山をウォブリ山というらしいのだが、ウォブリ山は5000mないくらいの山だという。軽く言ってるが俺は富士山でも登り切ったことはない。とんでもない高さだ。


するとピタリとハスキーが止まった。そして俺の顔を見て気まずそうな顔をする。


「……なんだよ」

「……あー、その、なんだ……、妾はな、人の姿の時は鼻が効かんのだ」

「……だろうな、人間なんだし」


するとハスキーに少し笑顔が戻る。


「そうだろう?!わかって貰えるか!」

「だからなんなんだよ」

「まあ、平たく言うとな、囲まれている」

「……、は?」

「プレーリーハイエナと言うんだがな、土に潜る犬族の仲間なのだが────」

「ごたくはいい、どのくらいいるんだ」


ハスキーはポリポリ小さくこめかみを掻き、


「200……かな……」

「はあ?!」

「だからその、指一本触れさせないと言うのは……」

「そう言うことかよ!!」


始めに大見得切った手前、恥ずかしくなったようだ。


「クソが!俺も戦う!俺の命だけは守れよ!」


ハスキーは嬉しそうな顔をして、


「もちろんだ」

「……」


喜んでんじゃねえよ!ハイエナだぞ?!結構獰猛なんじゃねえのか?!

それが200?!

……、くそ、こんなことならハスキーの口車に乗るんじゃなかったよ!


「だがおかしいのだ」

「何がだよ!」

「いくらハイエナは群れを作るとはいえ、こんな数が集まるわけないのだが」


言い訳すんじゃねえええええ!

てめえは余裕かも知れねえが、こちとら噛まれたら死ぬかもしれねえんだよ!


「お前、本当に命だけ────」

「あっ、プレーリーハイエナは土の中から襲ってくるからな?」


ハスキーが言い終わる前にだ。

俺の足元の地面がボコボコと盛り上がったと思ったら、柴犬サイズのハイエナが顔を出した。


「それを先に言ええええええええええ!!」

『ガアアアア!』


ハイエナは土の中にトランポリンでもあるかのように勢いよく飛び出してきた。俺は尻餅をつきながらそれを避けると、ハスキーはハイエナのクビに、余裕綽々の表情で剣を突き入れた。


「どんどん来るぞマサト!」

「クソッタレがあ!」


ハスキーは、陸上を群で走って襲いかかってくるハイエナを、こっちにたどり着く前に剣を一突きしてどんどん殺していく。ハスキーはまるで踊りでも踊るかのように、俺の周りを360度舞いながらハイエナを殺しまくる。

俺はモグラ叩きのように、ハイエナの顔が見えた瞬間、スイカ割りの要領でハイエナの脳天にオリハルコンの剣を振り下ろす。オリハルコンの切れ味は抜群で、硬い頭蓋骨があるはずなのだが、抵抗なく一撃で頭を真っ二つにする。


「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」


かの有名な彼のようにそんなに連打はできないが、それでもモグラ叩きのハードコース並みにハイエナが出てきている。地上から襲ってくるハイエナはハスキーが対処出来ているのでなんとかなっているが、もしハスキーが撃ち漏らしたら終わりだ。

一体何故こんなことに……。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



30分も経っただろうか、やっとプレーリーハイエナの襲撃が止まった。


「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」


やばかった。

あと5分も耐えられなかったと思う。

目が慣れてくると、プレーリーハイエナは思ったよりも遅かった。土の中から出てくるからなのか、正直日本の犬より動きが悪かった、そうでなければ対処しきれなかったと思う。それでも数の暴力はかなりきつかった。

俺が肩で息をしていると、ハスキーはまだ険しい顔をして、


「……なるほど、どうやら嵌められたようだぞ」

「……あん?」


すると上からさっきのやつらが走って来た。


「ははははっ!死ねえ!」

「死んじまえぇ」

「俺らをナメてっからだ!」


だが男たちは俺たちに襲いかかるわけでもなく、逆に俺たちを避けるようにふくらみ、俺の足元の方に何かを投げ置いてから、俺たちを通り過ぎて山を降りていく。


「くっ、またMPKか?!」


俺が目線で奴らを追うが、ハスキーは真剣な表情で山頂の方を見ている。


「……マサト、来る」

「っ!」


『ゴアアアアアア!!!!」


腹の底から内臓をかき混ぜられるような雄叫びが響いたかと思うと、木の上から巨大な何かが降って来た。


ズン!!


トラだ。さっきのトラと同じタイプだ。


「……アルカイックタイガーだ……」

「な、なんだこりゃあ……」


さっきのトラは牛ほどの大きさだった。だが今度のはゾウと見間違うほど巨大なトラだ。

更にもう一体牛サイズのトラまで同伴してやがる。


「く、くそ……、なんであいつらを追わないんだよ!」

「それだ」


ハスキーが俺の足元から数mの距離にあるものを指差す。

それはさっき殺したトラの生首だった。まさかさっきハスキーが倒したトラは子供で、このゾウ並のトラが母親か?


「……」


俺が絶句していると、ハスキーは母トラから一切目をそらさずに俺に話しかける。


「マサト……、妾はデカイ方で手一杯だろう。小さい方は貴様に任せた」

「っ、無茶言いやがる。これと戦えと?!」

「できなきゃ死ぬ。妾も本気でやらねば勝てん」

「マジかよ……」


バリバリバリバリ!


ハスキーはその場で狼に変身していき、着ていた服が破れて地面に落ちる。


『ウオオオオオオオオオオ!!』


ハスキーは母トラと同サイズまで巨大化した。

喉を鳴らし唸り声をあげる母トラ、ゆっくりとした動きで俺を守るように立つハスキー。

子トラはハスキーから逃げるように動き、俺の背中側に回った。

母トラ、ハスキー、俺、子トラと一直線になるような位置どりになる。


『マサト、死ぬなよ』

「絶対死なねえ!あいつらぶっ殺してやる!」


『ウオアアアア!!』


ハスキーが母トラの首めがけて飛び込み、大きな口で母トラの首に食らいついた。そして俺から離れるように、母トラをどこかへぶん投げて、自分もすぐに追っていった。


いや、わかる。

ここで戦ったら、俺が戦いの余波で死ぬかもしれないと思ったのだろう。

子トラと俺が一騎打ちする危険よりも、母トラの一瞬の隙を突いた一撃のが危険度が高いと踏んだから、俺から母トラを引き離したのだ。

わかる、わかるが、わかったからって、子トラとの絶望的な一騎打ちの状況は変わってない。


『グルルルル』


子トラは兄弟を殺したと思っている俺に警戒をしているようだ。ウロウロと俺の前を歩きながら睨みつけてくる。俺もオリハルコンの剣を抜き、剣先を子トラに向けて対峙する。


「……、この剣なら……、当たれば斬れるはずだ……、あとは食らわなきゃいい……」


今までもそうだった。オリハルコンの剣はなんでも抵抗なく切り裂いて来た。きっと先にトラの首や心臓など、いや、どこでも致命傷な場所に当たりさえすれば勝てると思う。だが、奴の攻撃速度を俺が避けれるかの方が重要だ。


「出来る、出来る、出来るぞ!」

『ゴアアアアアア!』


牛サイズの子トラが、ぴょんと飛び上がったかと思うと、グローブのような前足で俺を横から叩いた。


「っ、がはっ!」


俺は真横に吹っ飛び、10mほど離れた木に打ち付けられる。

出来る?

攻撃が当たれば?

無理だ。

何を血迷っていたのか。

俺にはトラが少しジャンプしたことしか見えなかった。

今意識があることさえ奇跡に思える。

痛い、どこが痛いかもわからない。


「っ、っ、く、そがあああああ!」


とにかく立たなければ殺されると思い、渾身の気合を入れて立ち上がる。

立てた。足の骨は折れてない。

腕は?

大丈夫、ギリギリだけど剣も握れる。


目の焦点が定まって来た時、気づけば目の前にトラの顔が急接近してきている。

俺は声もあげることも出来ずに、後ろに反射的に倒れこむ。


ガッ!


俺が居なくなったことにより、トラは俺が寄りかかっていた木にかぶりついた。


ミシミシ


俺の胴体ほどの太さの木が、嫌なきしみ音を放つ。

危なかった。もし倒れこめてなかったら、あの木は俺の胴体だった。

俺は起き上がる前に左手に力を入れる。


「これでもくらえ!」


速攻でラーメンを生み出し、右手で投げつけると、木から離れようとしていたトラの顔にヒットする。


『ギニャアアアア』


目にでも入ったのだろうか。熱々の麺がトラの顔に絡みつき、トラは熱さから地面に転げ回る。

俺はこの隙に立ち上がり、追撃を入れていく。


「おおおおおお!!」


味噌、とんこつ、醤油、どれが1番火傷するかを考えながら投げつけるが、上手く顔には当たらずに、外れたりトラの胴体に当たったりする。トラはその間に体制を立て直し、一度距離を取るように後ろに下がった。


「ちっ、今ので決められなかったのはまずかったな……」


酔っている。異世界での戦闘に酔っている。

だいたいどうやってラーメンで勝負を決めるというのか。だが我に返って冷静になれば終わりだ。違う意味のダメージで死んでしまう。


するとトラがまた動いた。俺はそばにある木を自身の左側の盾とし、左方向に剣先を突き出す。


ズシン!


『ギァアアアア!』


また右で俺を叩いてきたトラの前足は、盾にした木で止まり、突き出した剣で肉球を貫かれた。

見えたわけではない、ただの勘だ。もしトラが左の前足で払ってきたなら、俺は死んでいた。


「だがやれる!手傷は追わせたぞ!」


冷静になってはいけない。このヒーロー気取りの高揚感でさえ、俺にとっては武器になりえる。恐怖して身が竦んでしまったら終わりなのだから。

だがトラも精神を力に変えてるようだ。

怪我したからなのか、それとも自分の力を利用されてると思ったからなのか、トラは唸り声をあげながら、ゆっくりと俺に近づいてくる。


「くっ、好都合だっての!」


俺が剣を振りかぶると、トラは前足で剣を横殴りにして吹き飛ばした。


「くっ!戻れ剣よ!、あっ」


剣は手元に戻ってきたが、戻ってすぐにトラにまた剣だけ吹き飛ばされる。


「も、戻れ剣────、もどれ!」


戻っては吹き飛ばされ、また戻してははたかれる。

トラは危険を排除した後に、確実に俺を殺すことを選んだようだ。


「もど、ぐあっ!!」


何度か同じ動きをしていて、俺の方がこのやり取りに慣れてしまっていた。剣が戻ったその矢先、剣ごと俺を地面に倒し、背中から俺を踏み潰す。


「くっ、戻れ、戻れよ!クソが!」


戻っている。右手の剣は右手に戻っている。だがその右手が俺の腹の下にあり、右手ごと背中から踏みつけられているだけだ。動くのは左手のみ。

絶対絶命だ。

左手に戻すことが出来たとしても、背中から踏みつけられていては左手を振るうことも出来ない。

間違いなく詰んでいる。


だが……、

最後の最期まで諦めることは出来ない!


「戻れ!戻れよ!ラーのつるぎよ!!」


ピカァァァァァ!!


俺の呼応に応じて、眩い光を放ちながら左手に剣が戻った。


「あ?」


だが、なぜか左手には二本の剣がある。


「……え?」

『ギニャアアアア!』


トラは俺の左手が光った為に、背中からどいて距離を取った。

おかしい。

いつもは剣が戻る時に光など発しない。もっとおかしいのは同じ剣が二本あることだ。

よく見ると一点だけ違うところがある、片方の剣の剣身には太陽のような紋章が施されている。


「な、何が────」


俺が呟くと同時に、今だに強い光を放ち続ける片方の剣が、徐々に形を変えていく。


そして、そこに現れたのは幼女だった。

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