第30話

形はどうであれ、俺の初の冒険者の依頼まがいの行動となる。実際の冒険者ギルドの依頼は見たことないが。

でもなんだかんだ言ってもワクワクしないわけがない。


「……んでお前は、なんでそんな格好なんだよ……」

「ん?何かおかしいか?それに戦うのはマサトだろう?」


ハスキーの格好は、黒のタンクトップに赤のギンガムチェックの超ミニスカート、スネの真ん中までの編み込みブーツだ。その格好なのに腰には鉄の剣をぶら下げている。

剣だけが異常に浮いている。


「それでも、TPOってもんがあるだろ」


それに対して俺は、腰にはオリハルコンの剣、厚手のカーゴパンツにトレッキングブーツ、上はTシャツの上に硬革のベスト、同じ素材のネックガードにアームガードと籠手、太ももとスネにもレッグガードをつけている。

隙間はあるがほぼフル装備に近い。

仕方ねーだろ!万が一大動脈でも切ってしまったら俺は終わりなんだから!


「わからない言葉を使うな」

「魔物を倒しに行くならそれなりの格好があるだろうが!」

「問題ない、どのみち一撃も貰わんのだからな」

「……」


なんか重装備の俺が馬鹿みたいに見えるじゃねえか。

まあ、今更言っても仕方ないので、2人とも胡椒を持って帰る用のリュックに水筒を二本入れて、城壁の門の逆側、城壁から見たら街の奥と言うことになる。

タリアの街は、東側は海に面していて、そこから城壁が西北西へ曲線を描きながら延々と伸びている。外から城壁の中は見えないが、城壁の向こう側には城壁より高い建物がちらほら見え、その後ろには山があり山の斜面に建物がびっしり建っているのだ。

今回、俺たちはこの建物が建ち並ぶ山の斜面を登り、山の向こう側へと行くようだ。


「マサト、こっちだ」


ハスキーは山向こうの胡椒の群生地に先導するために、俺の前を歩いて森を南へと入って行く。


「……、おい、いい加減にしろよ」


ハスキーはニンマリとした笑顔で、首だけで振り返り、


「なんだ、欲情したのか?抱きたいなら抱いてもいいんだぞ?」

「この野郎……」


ハスキーは森の木々の根っこを足を上げて跨いだり、ちょっとした岩をぴょんと飛び越えたりするので、スカートの中が見えるのだ。

しかもこの為にミニスカにしたのか、こいつTバックを履いてやがる。一瞬履いてないのかと思ったじゃねえか!

まだ俺にミッドランド再興の約束をさせることを諦めてなかったとは。


「恥ずかしくねえのかよ」


俺がそう言うと、ハスキーはその場でクルンと回ってこっちを向く。当然その勢いでスカートはふわりと開き、中身が丸見えになる。


「恥ずかしいに決まっている。だがマサトには見てもらいたいからな。我慢出来なくなったら森の中でも構わんぞ?」

「うるせえ……、絶対お前には手を出さねえ……」


クソが。ちょっと可愛いこと言うんじゃねえよ。俺も男だぞ?

いくら鉄の意志で我慢出来ると言っても、綺麗なTバックのケツをチラチラチラチラ見続けるのは流石にキツい。


「これでも娼婦よりは良い女のつもりだがな」

「どうだかな」


クソ、クソが!

ああ、そうだよ!

このタリアの街にはお前より良い女のプロは居ない。いや、素人を入れてもNo1と言っても良いだろう。

だがな、この世は広いんだ。首都エステランザに行けば絶対にイケてるプロがワンサカいるはずだ!

手を出したら終わりな蟻地獄女を相手しなくても、どこかに絶対にいるステキなプロを探し出してやる!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



えっちらおっちら山を登る。

次第に建物はなくなり、更に登るとダムが見えてきた。

やはりあった。上水道があるのだから必ずあると思っていた。ダムを横目に更に山を登る。


「お?、冒険者か?」


何か叫ぶ声が聞こえ始める。


「そうだ。タリアは山側を冒険者たちが魔物を間引くことにより治安を保っているのだ」

「なるほどね」


叫び声は速い速度で下山してきている。


「……、ハスキー。こっちに来てないか?」

「そのようだな?どうする?助けるか?」

「俺の安全が確保出来るならそうするか」

「任せておけ、マサトには指一本触れさせん」


頼もしい限りだ。つうか、見た目はマブい女であるハスキーに、おんぶに抱っこってのは少々格好悪くも感じるが、こいつは俺の中ではもう女ではなくなった、全く情けなくない!ヤレない女など女じゃない!

上から今にも転びそうな速度で3人が降りてくる。そいつらが何かを叫ぶ。


「гноихно!」

「Мкдљунбгу!」


アース語だ。


「あー、勇者語で頼む!」


俺はその場に棒立ちで叫び返すと、男3人が、俺たちとすれ違いさまに、


「た、助けてくれ!」


また男か。

こう言う時は女が逃げてきて、これがフラグでハーレム入りとかするんじゃないのか?

おかしい、色々間違っている。このクレームはどこに入れたらいいのか。

男たちは、俺たちに魔物をなすりつけるかのように、俺たちを通り過ぎて下山していく。するとすぐあとから牛ほどの大きさのトラが物凄い勢いで降りてくる。


「おいおい……」

「ふむ。あれはマサトにはキツイか?まあ任せておけ」

「おう」


あれは怖い。いくら魔物退治に来たと言っても、初陣があれはないだろう。ハスキーが剣を抜き俺の前に立つと、トラはズサザザと立ち止まり、ハスキーを威嚇するように牙を剥き出しにした。


『ゴアアアアアア!』

「ふっ」


ハスキーは上体を地面スレスレまでくらいに寝かせ、トラへと真正面から向かっていく。そのアングルだと、ミニスカートだからまたTバックが丸見えだ。

トラはハスキーの突進に合わせるように前足の爪を振り下ろす。

だがその時にはもうハスキーは、トラの喉元まで入り込んでいた。


「ふっ!」


ズブッ!!


ハスキーはトラの顎の下から剣を刺し、身体を天に向かって伸ばすように、剣ごと立ち上がると、トラの脳天から銀色の剣先が現れた。トラは目を見開き、身体を痙攣させるとそのまま絶命した。

一瞬だ、あの牛サイズのトラが、たった一撃で殺されてしまった。

強い。

強いとは聞いていたがここまでとは思わなかった。圧倒的だ。


「やるじゃん」

「この程度はマサトにも出来てもらわなくては困る」

「まあ、そのうちな」


ハルモニアといい、ハスキーといい、このレベルになるのに、一体何年修行したらいいのか。まああと300年あるからやれないことはないかもしれないが、ちょっと想像出来ない。


「いやぁ、強いな、姉さん」


俺とハスキーが振り返ると、男たち3人が立っていた。


「お前ら冒険者か?」

「ああ?そうだけど、なんだお前」

「……」


何それ!?なんでいきなり喧嘩腰?!

つうか今、MPKしようとしたよな?!

いや、たしかに倒したのはハスキーだけどよ!俺も一緒にいたろうが!

男たちは俺が視界に入っていないかのようにハスキーに話しかける。


「姉さん、1人かい?」

「惚れ惚れするね、しかもめっちゃ美人じゃん」

「こんなとこに居るなら姉さんも魔獣討伐を受けてるのかな?俺たちと一緒にどうだ?」

「……」


ハスキーは男たちに一切返答はしてないが、俺の顔をドヤ顔で見ている。「どうだ?妾は美人らしいぞ?強いらしいぞ」と表情だけで語ってやがる。ムカつく。

ハスキーが答えずに俺を見ていることに気づいた1人が、


「ん?まさかこのヒョロヒョロしたのが姉さんの男なのかい?」

「……」


ハスキーは答えない。だが顔だけばにんまりして俺だけを見ている。


「助かったよ、ありがとう。で、こいつが姉さんの男なのかい?」

「……」

「おい、シカトしてんじゃねえよ」

「なんだこの女、頭おかしいんじゃねえか?」

「……」

「おい!聞いてんのかよ!」

「……」


徹底的にシカトするハスキー。ちょっと気分が良いが、そうなると男たちの矛先は俺に向かうことになる。


「へっ、どうやらお前を軽んじてるのが気に入らないようだ。おい、お前の女なのか?」

「知らねえよ、女を口説くのぐらい自分の器量でやれ。無視されたくらいで俺に助けを求めるなよ」

「っ、なんだと?でけえ口叩きやがって!」


雑魚い、セリフが雑魚い。間違いない、こいつらはモブ確定だ。だけどなんだか異世界に来たような実感が湧く。

あぁ、これが異世界だよ。やっぱラーメン作ってるだけじゃ体験出来ねえってもんよ。


「さて、行くか。ハスキー」


俺が山を登り出そうとすると、


「おい待てよ!」


男が俺の肩を掴もうとした。


シュン!


ハスキーは、トラと戦った時よりも速いんじゃないかという速度で俺に並んで立ち、俺の肩を掴もうとした男の喉元に剣を突き立てる。


「マサト、どうする?」

「あー、殺すなよ?一応殺人は犯罪だし、こいつら盗賊じゃなさそうだしな」


男はピタリと止まり、冷や汗をダラダラと流し始めた。


「ま、ま、待ってくれ……」

「お前よ、馬鹿じゃねえのか?お前ら3人で敵わなかったトラを一瞬で殺したんだぞ?お前らが勝てる道理がないだろ?なんで絡んでくるんだよ」

「……」


チャキ


男が黙ってると、ハスキーは少し男のクビに剣を押し当てた。


「っ、あ、あまりに良い女だったから……、つい……」

「ついって……。それにしたって馬鹿すぎんだろ。もう少し考えろよ。そんな下衆いナンパで女が付いてくると思ってるのか?どういう基準なんだよ」

「……」


剣を突きつけられている男は、真っ青な顔をしているが、後の2人は顔が真っ赤だ。俺に正論で煽られて頭にきてるんだろう。

だが、剣を突きつけられている男は、ハスキーの目を見ている。このまるで虫でも殺すかのような目つき。ぞっとする。魔族だから人間に対して憎悪があるのか?いや、この二ヵ月ハスキーを見ていたが、バイトのマリたちとも仲良くやっているし、客に話しかけられても普通にあしらっていた。特別人間が憎いってことはないはずだ。


「まあいいや、行くぞ」

「うむ。日が暮れるまでに帰りたいからな」


結局、ハスキーは男たちに一言も返事をしなかった。

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