第29話

ハスキーには俺の家の客室の1つを貸してやることにした。

もちろん、皆が期待しているような男女の関係はない。ハスキーが「妾を抱くならミッドランドの王になってもらう。これだけは絶対だ」と言うので、ハスキーは俺の中で女ではなくなった。


翌日、出勤してきたマリにハスキーの服を頼むと、マリに汚物を見るかのような目で見られ、


「店長、不潔です……」

「いや、あのな?」


ハスキーはこれ見よがしに、マリにビリビリに破れた自分の服を見せる。


「すまぬ、妾の服はこんななのでな?とりあえずでいいから買ってきてもらえんか?」


マリはカッと目を見開き、また俺を睨む。


「店長、見損ないました……」

「ハスキー、てめえ……、いい加減にしろよ」

「なんのことだ?妾は自分の服が破けてしまったから、頼んでるだけではないか」

「……」


この野郎……、しかし嘘は言ってない。

ぐうの音もでない。

別に俺に破かれたとは一言も言ってないので反論しようがない。

見ろ、あのハスキーの勝ち誇った顔を!

だけど、昨日みたいに俺が強気に出て、ハスキーを萎縮させるのも可哀想だ。あれはきっとトラウマレベルの何かがある。流石にそれに気づいてからもそこを突く気にはなれない。

かくして俺は、【見た目はそこそこなメンヘラ】から【キモキモメンヘラレイプ野郎】にグレードアップした。



昨日ハスキーのことで面白いことがわかった。

ハスキーには、母に貰った真実の名前があるらしい。

その名は、エリザベスシャインフラワー=フォン=ミッドランドらしい。

エリザベスって!

シャインフラワーってwww

しかもエリザベスシャインフラワーで1つの名前って(笑)俺の名前と互角に攻めてる名前だ。

しかし名前が恥ずかしいからと言うわけではなく、救い出された形だがそれでもミッドランドを捨てたことには変わりないと名も捨てたらしい。

あの弱ってる時に聞いたら、スラスラと教えてくれた。

流石にあのトラウマレベルを呼び覚ますのは可哀想だが、この名前は機会があればいじり倒してやる。


そしてまたまた久々の開店、いつものように行列が出来、洗い物を後回しにしてジュジュが行列を捌き、6人の女がホールを走り回る。

俺も少し余裕が出来てきたので、ラーメンを出しながらちょっと様子を見ると、なんとホールの女性たち目当ての客もかなりの数が居た。

その中でもマリとハスキーの二大ミニスカ店員は、客の目を釘付けにしていた。次にナタリーの胸だ。ナタリーの胸もアピールが強くなっている。今日なんかチューブトップのへそ出しだ。


「……、なんだか違う店になって来たような……」


まあ、売れればなんでもいい。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ハスキーが合流してからはや2ヶ月。

安定だ。

めちゃくちゃ安定だ。

新たにやったことと言えば、ハスキーの戸籍をランセルに言って作ったくらいだろうか。もちろん名前はハスキーで作った。本名の方で作れば本当の身分がバレてしまう。

店は毎日純利で50万から80万エル以上儲かるし、バイトたちもやめる気配はない。

一回、貴族が来て「ここで食うのはやだから、うちに来てラーメンを作れ!」とややこしそうなのがあったが、ジュジュ経由のランセルで余裕で片が付いた。持つべきものは領主である。

そんな「異世界余裕でした、てへ♪」みたいな空気が流れ出した頃の昼休憩。


「なあマサト」

「なんだよエリ、ハスキー」


ハスキーに物凄い目で睨まれた。最近こいつはぶってくる。しかも痛いし速すぎて避けることが不可能だ。流石ライカンスロープ。


「……、マサト」

「なんだよ」

「貴様、ラーメン屋がやりたくてこの世界にきたのか?」

「ぐっ……」


こいつ……、もっとも言われたくないことを言って来やがる。チラリとハスキーの顔を見ると、ハスキーはニヤニヤとしてやがる。

最近ハスキーも俺の煽り方を覚えて来やがった。


「そうか、マサトは向こうでもそこそこの職についていたと言っていたな。しかしそれを捨ててまでラーメン屋がやりたかったのか」

「……、あのな、来たくて来たんじゃねえよ」

「だが、リステル様が止めたにもかかわらず、この世界に来たんだろ?」

「……」


いや、こいつは全部わかって言っている。俺が自分から望んで来たんじゃないってことも、俺の世界じゃ妖精に忠告されても本気にできないってことも。それをわかっていて煽っていやがるのだ。


「そうか、やはりマサトも安定が欲しかったのだな。退屈な日常をぶち壊したいとか言ってたと思うがな」

「……」


一緒に飲んだ時に、酔った勢いで口を滑らせた。それをいつまでもネチネチと……。


「仕方ねえだろ、神の御心ってやつだ」


するとハスキーが爆弾を投げ入れて来た。


「……マサト、まさかガングリフが神だと思ってるのか?」

「……、それ以外に────」

「ガングリフは神ではないぞ?奴はエンシェントハイエルフだ」

「っ、はあああ?!?!」


待て待て待て待て待て待て……。

いきなり何を言ってるんだ、前提がぶち壊れる。


「いや、おかしいだろ。俺は剣も貰ったし、ラーメンの力も貰ったぞ?それに寿命だって」

「妾もそこまで詳しくは知らぬが、だがこれだけは間違いない、ガングリフはエルフだ。神ではない」

「うそ……」


いや待て、そもそも本当に寿命は貰えてるのか?でも、スキルの球を貰って剣も貰った。だからきっと寿命も貰っていると疑いもしなかった。本当か?神ならわかるが、たかがエルフにそんな力があるのか?

仮に本当にガングリフに力があったとして、じゃあ、それほどの力があるやつがなんで俺を?

ゴールデンブラッドだから?

やはりあそこから俺を見て楽しむため?

いやいや、楽しみたいならここで楽しめよ。わざわざあの白い部屋で楽しむ理由がわからない。

するとハスキーはまたニヤリと笑い、


「マサトよ、そろそろ旅立ちの時ではないか?知りたいこともあり、金もあるだろう?ミッドランドを再興するのもしないのも構わぬが、ここに居ては老いて朽ちていくだけだ。マサトよ、本当に何しにこの世界に来たのだ?」


俺は葛藤する。

たしかに金があって安全に遊んで暮らせる。それは俺の望みだ。しかし、日本で営業をやっていた頃、あのルーティンのような生活に嫌気がさしていたんじゃ無いのか?

そして今のこのラーメン屋はそれと何が違う。

日本でも異世界でも同じじゃないのか?


するとこの空気を破壊するように、マイアがやってきた。


「マサト様、申し訳ありません」

「っ、どうした?何があった?」


マイアの顔は尋常ではない、とんでもない事件が起こったのだろう。

やはり流石異世界、退屈な日常なんてありはしないのだ。


「それが……、胡椒が入荷しませんでした」

「……はい?」

「ですから胡椒が────」

「どうでもいいわ!!どっうっでもいいわ!

!」


やはりどこの世界でも一緒だった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



胡椒はラーメンを生み出す時には出していない。だから普通に仕入れて立ち食いカウンターに置いているのだが、それが入荷しなかったと言う。更に次の入荷予定も未定で、暗礁に乗り上げて相談に来たとのこと。


「マサト、これはチャンスだ」

「何がだよ、金儲けか?胡椒が金より高いのは幻想だぞ?」


わかってるよ、どうせ大したことないんだろ?


「妾は胡椒の群生地を知っている」

「……?」

「そこは魔物も多く、人の身で取りに行くのは相当骨が折れる」

「……」

「そこでだ、妾とマサトで胡椒を取りに行こうではないか?」

「……はあ?」


一体何を言っている。だがハスキーの顔は嬉しそうだ、まるで散歩をねだる犬みたいな顔をしている。


「妾がいればマサトの命の保証はしてやれる。それに刺激が欲しいんじゃないのか?たまには魔物退治でもどうだ?それに胡椒もタダで手に入り、一挙両得ではないか?」

「……」


……アリか?

ハスキーの口車に乗るのはちょっとイラッとくるが、退屈な日常を嫌っているのは俺で、そしてそこそこ安全が約束されたちょっとした異世界体験。

気にならないって言ったら嘘だ。


「安心しろ、マサト。妾は、な?、わかるだろ?」


わかるよ、ライカンスロープだから強いってんだろ?マイアが居るから言えないんだろ?

クソが、ハスキーの魂胆はわかっている。俺がラーメン屋をしていたら、このまま安定を選びそうだから怖いのだろ?そんで謎に触れさせたり、冒険者まがいのことでもさせたり、日々の状況に変化を与えて俺の気持ちがちょっとでもミッドランド再興に傾くきっかけになればとでも思っているのだろ?!

でもぶっちゃけ今の俺の好奇心は既に傾いてしまっている。


「わかったよ、行くよ」


ハスキーはパァと花開くように笑顔になり、


「そうだろ!やはり男は身体を動かさんとな!」


クソが、そんな良い笑顔しやがって。流石シャインフラワーってか?うるせえよ。

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