第21話

あの後、原材料の仕入れをしていないのは不自然なので、マイアを窓口にして原材料の仕入れを手配した。小麦粉、かん水代わりの重曹、塩などの麺の材料。この世界にかん水は呼び名が違うか存在しないかだったので、代わりに重曹を手配した。重曹は普通にあった。次にもやしやキャベツ、豚肉や鳥まるごとなどだ。これも日本と同じ呼び名で通用した。どうやら家畜として牛や鳥や豚も飼育しているらしい。それとは別に、魔物も肉としてたべるのだが、魔物の方が高価になるそうだ。ジビエ感覚なのだろうか。

仕入れたものはどうするのか、それはジュジュ経由でランセルに買い取りしてもらう。これで仕入れ価格は0ということになるし、マイアから安く買い、ランセルはそれに上乗せして売るので損は発生しない。

ただ、一時的にマイアに金を払い、ランセルからその分の金を受け取るので、ランセルに会わなきゃいけなくなる。ランセルは夜にお忍びで金をおれんちに持ってくると言ってきた。わかってる、ラーメンが食いたいのだろ?絶対チョコレートラーメンにしてやるがな。役所にあり得ない名前で登録した恨みは忘れてはいない。


それと営業形態は時間でオーダーストップ制にした。

日本橋の立ち食いそば屋は、朝と昼だけでも2000杯売るのだ。客が慣れ、食う時間が早くなれば、時間でオーダーストップでも売り上げは見込めるはずだ。

具体的には、

10:00〜13:00までの昼時と、

17:00〜20:00の夜の部で分けた。

これなら休憩も出来るし、朝も早くない、夜もそこまで遅くないので、タリアの夜をスパーク出来る。


これで問題解決かと思ったが、バイトの女性たちが辞めたいと言ってきた。はっきり言ってきつすぎると言う。

これは困る。せっかく慣れてもらったのに、また一から人を集めるのは面倒くさい。いくら集めるのはマイアに頼むと言っても、3日間の地獄を生き抜いた精鋭と、今日来たポッと出のバイトじゃ戦力が違いすぎる。


「わかった、今いくら貰うことになってんだ?」

「マイアさんから言われてるのは、1日8000エルです」


もうずいぶん前のような気持ちになるが、異世界に来て初めて会った、盗賊の女、エルザは、女にはまともな仕事がないと言っていた。だが、この5人は1日8000エルで俺に雇われるように紹介されてきた。この1ヶ月ちょっとの街の様子を見た限り、職が無いってほど不景気には見えない。それならば、エルザたちはよっぽど特殊だったのか、もしくはまだ見ぬスラム出身だったのかも知れない。


「なるほど……」

「あっ!いや、安くはないですよ?!むしろ平均的な価格です。……でも、ちょっと……」


バイト女性の代表者みたいな若い女が、うつむきながらモジモジする。なかなか可愛いな。

だが、俺は絶対手を出さない。日本にいた時でも素人よりプロのが好きだったし、素人はすぐ結婚やなんだ、付き合うとか一緒に住むとか言い出すし、超面倒だった。ここは異世界でジュジュからも一夫多妻と聞いているが、妻が複数人いても面倒に変わりないし、むしろ人数が増えたら、単純に面倒が人数分増えるだけだ。だから異世界でもその場限りのプロでいい。

しかし……、戦力としては別だ。


「わかった、なら1日5万エル出そう」

「「「「「!!!」」」」」


5人のバイトの女性たちは目の色が変わった。


「ご、5万ですか?!」

「ああ」

「5万って銀貨50枚ですよ?!」

「わかってるよ。あー、3日分の給料も今払おう。3日で1人金貨1枚と銀貨50枚な?、あー、今銀貨がないから3日分の大入りってことで、3日で金貨2枚ずつ払うよ」


俺は全員に2枚ずつその場で手渡す。女たちは金貨が瞳に反射したかのように、キラキラとした目になった。

ちなみに、この地獄の3日間で売れたラーメンは約4000杯、金額にして420万エルだ。金貨42枚になった。

これからは1日100万エルは難しいだろうが、きっと7,80万は行くだろう。なら、5人合計で25万払っても問題はない。むしろバイトの入れ替わりが頻繁な方が困る。


「ただ、もし、何かあったとしてもここで見聞きした情報を外に漏らすのだけは勘弁してくれ。その口止め料ってこともある」


万が一、厨房を誰かに覗かれて、俺のラーメンが魔力で生み出してるということが、世間にバレてしまうのは避けた方がいい。ランセルと繋がりが出来たから、もう拉致されてラーメン製造機にされることは無いだろうが、絶対にないとは言い切れない。なるべく伏せといた方が良いだろう。

だが女たちは、何か違う意味で捉えたようで、


「そ、それは……、身体を売るはめになったり……」

「しねーから。今までと同じだ」

「でも、娼婦の方でも1日5万エルは大変だと……」

「大丈夫だから。あー、ようはラーメンの作り方をよそに漏らしたりとかだよ」

「……そういうことですか。なら安心してください店長。私たちはみんなミッドランド人です、店長の不利になるようなことは言いません」

「それで良い。なら、継続してくれるな?」

「「「「「はいっ!」」」」」


ふぅ、一件落着だ。

ラーメン屋も楽じゃないぜ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



次の開店日を張り紙で入り口に貼り、休日を満喫することにした。具体的には3日間の休みを取った。

もちろん夜には、夜のタリアでスパークして、心と身体の疲れを癒した。今のところ、指名したいほど良い女ってのには当たってない。悪くない、悪くはないのだが、技術的には日本のが遥かに優れていた。

ジュジュにも給料をやると言ったのだが、ジュジュはランセルから給料が出てるから要らないらしい。バイトの給料がジュジュの給料より高いらしいが、ジュジュは


「これもミッドランドの民を幸せにする一環です。その金は巡り巡って、他の人を幸せにするでしょう。ですから閣下のお気遣いは嬉しく思いますが、女どもにだけ給金を払うことに何の不満もありません」

「店長な?」


すぐに閣下呼びに戻るから危ない。

そして休日の最後の夜、ランセルはやってきた。


「お久しぶりでございます、閣下」

「仕入れの横流し、受けてくれてありがとうな」

「この程度造作もございません。いつでも私をお使いください」


ランセルから金を受け取ると、ランセルはバイトの女性たちのようにモジモジとしだした。キモ、マジキモ……。


「あ、あの、閣下……」

「あー、わかってるよ」

「あ、ありがとうございます!」


どんだけラーメンが気に入ったんだよ。

だが今日は地獄を見せてやる。俺のほろ苦い恨みを味わえ!

左手の掌を上に向け、ラーメンを生み出す。

そこには、普通に見える醤油ラーメンの上に、まるごとサイズの板チョコが乗ってるラーメンが現れた。

どこかのラーメンチェーン店が出してる、スープにチョコが溶け込んでる奴じゃない、チョコレートラーメンって言葉が世に出た頃の、まんまの板チョコ乗せラーメンだ。

さあ、悶絶の世界へようこそ。


「ありがとうございます、頂かせていただきます」


少しチョコが溶け出したスープの場所を、敢えて掬い上げるようにランセルは麺を口に運んだ。

そこを行くとは……、やるじゃねえか……。


「っ!こ、これはっ!!」


ランセルは目を見開くと、まだ溶けきってない板チョコだけを箸でつまみ上げ、板チョコのみで頬張った。


「……、う、うまい……」

「え?」

「この茶色いものはなんでしょうか?」

「……、え?カカオないの?」

「カカオ、で、ございますか?」


予想外だ。

ここまで色々日本にあったものがあるのに、まさかチョコごときを見たことないとは。


「チョコ、知らないの?」

「申し訳ありません、存じ上げません」

「嘘……」

「しかし、これはうまいですな。ただ甘いだけではなく、ほろ苦さが大人にも受けそうです。酒の肴にもなるかもしれません。それにこのラーメンを食べて、口内が塩辛くなったところを甘味が癒すと言うのがまた素晴らしい。女性は目の色を変えるでしょうな」

「……」


まさか、まさか、罰ゲームになるどころかご褒美になってしまうとは。チョコを知らないと子供の味ではなく、大人なほろ苦さって解釈になるのか。俺が与えたかったほろ苦さは、そう言う意味ではないのだが……。


ランセルは、板チョコをまるでチャーシューでも食うかのように、チョコと麺を交互に食べた。

うーむ、異世界、恐ろしい……。

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