第20話
「だから言ったのです。安ければ良いというものではないのです」
「……すんません」
「初めて名前を耳にする食事、それがあの味であの価格ならば、大勢押し寄せるに決まってます。物には適正な価格と言うものがあるのですから」
「……」
舐めていた。ラーメン屋を舐めていた。まさか安くして困ることになるとは思わなかった。
結局、しばらく休むと看板を出し、マイア、ニゲル、ジュジュ、俺で作戦会議をしている。ほぼ仕切っているのはマイアだ。
「私としては、本気で0二つ分値上げしてもやっていけると思いますが、最低でも0ひとつはつけるべきです」
「でもよ……」
そんなことをしたら、1番安い醤油ラーメンでさえ8000エルだ。一般家庭の1ヶ月に必要な金が30万エル、家族4人でラーメンを食べに来たら3万2千エル、ひと月の収入の約1/10だぞ?どんだけ高級品だって話だ。一般家庭でさえこれなら、スラムまでは行かなくともあまり裕福じゃない人は、絶対に食えなくなるだろう。そんなんしたら貴族とかを相手にしなければいけなくなる、貴族とかと絡みが出てくると面倒なイベントが発生するのがラノベの定番だ。
「ならばニゲルさん、あなたは一杯1万エルだとしたら、ラーメンを食べるのをやめますか?」
マイアがニゲルの顔を見ながら尋ねると、ニゲルは腕を組んで唸り声をあげた。
「……、知らなかったら絶対に食わねえ……、でもあの味を知っちまったからなぁ……、ひと月に一回は奮発してでも食いてぇ……」
それを聞いたマイアは、俺にドヤ顔を向けて、
「これですよ。売り上げの心配はありません、既にこの三日間で宣伝効果は充分です。これはマサト様の為に言ってるのです。マサト様だけではありません、ジュリサイド様も女性たちも、皆疲労で倒れてしまいますよ?」
「……」
だがどうしても、俺の感覚で一杯8000エルは酷すぎる気がするのだが。しかも仕入れも0なのに。
「マサト様、私の勘違いなら申し訳ございません。ですがマサト様はミッドランド再興の為の資金を調達したいのですよね?ならば値上げるべきです」
「……」
いや、ミッドランド再興の為ではない。俺は自分が裕福に生活する為だ。俺にはチートがない。ならば異世界で安全に、安心して暮らすためには力が必要だ。
力と定義されるものは、一般的に金、権力、腕力などなど。今の俺はどれも中途半端だ。
しかし、これ以上の権力には面倒が付き物、腕力はチートがないから無理、だから金を持ちたいと思ってるだけだ。
ダン!!
突然だ、唐突にジュジュが立ち上がり、4人で囲んでいるテーブルを両手で思いっきりぶっ叩いた。俺でだけでなく、全員がびっくりしてジュジュを見る。
「…………るな」
ジュジュは俯いていたが、今にも襲い掛かりそうな目つきをしてマイアを見ている。
「ど、どうしました?ジュリサイド様」
「たかが商人の分際で閣下を侮辱するにも程がある!」
「……は?」
「……」
俺はジュジュのあまりの言動に呆気に取られてしまった。いや、マイアもニゲルもポカーンとしている。
「ジュ、ジュリサイド様?私はマサト様を侮辱してなどおりません」
だがジュジュはマイアをまだ睨みつけている。マイアもジュジュが本気で怒っていると感じ、冷や汗を流し始めた。
「そ、そうですね……、マサト様のことを思いお諌めしたつもりでしたが、少々言葉が過ぎたようです。マサト様、申し訳ございません」
「あ、ああ、構わんよ」
「違う!!」
だがジュジュの怒りは収まらず、むしろヒートアップしている。
「貴様!閣下の御心を、内なる意思を知らんのか!!」
ダン!
ジュジュはまたテーブルをぶっ叩いた。
「……、マサト様の御心の奥までは知りえませんが、役所での演説は人伝いに聞かせてもらいました」
「知ってるなら何故こんな話になっている!!」
マイアも眉間にシワが寄り出す。マイアからしてみれば、ジュジュの怒りは意味不明すぎるからだ。
「知っているからこそです。マサト様はミッドランド王家の正当後継者、いつの日かミッドランドを再興する為に、その第1歩としての資金調達だと愚考しておりましたが」
「違う!」
ダン!
え?違うの?
いや、もちろん俺の本心は違うけど、ジュジュはミッドランド再興の為と思ってるんじゃないの?その為にランセルの所から出向だか監視だかに来てんじゃないのかよ。
マイアも意味不明過ぎで頭に来たのだろうか、少し剣呑な目つきでジュジュを見返す。
「申し訳ございません、ジュリサイド様。商人風情ではマサト閣下の御心を知ることは出来ません。どうかこのマイアにもわかるようにお教え願えますでしょうか」
マイアは言葉とは裏腹に怒りがこみ上げている。ジュジュはフンと鼻を鳴らすと、
「良いだろう。閣下はこう仰られた。【私は皆を苦しめるためにここにいるのではない、皆と苦楽を共にする為にここにいるのだ!!その先に待ってるのは…………、皆と私の幸福だ!!!】とな」
「……存じております。私も商人ですから、情報は正確に、一字一句間違えずに聞き及んでおります」
「ならばなんでこうなるのだ!」
「意味がわかりません」
ジュジュはまた鼻を鳴らして、
「阿呆が、仕方ない。良いか?ミッドランド再興が目的で、その為の金が必要であれば、元ミッドランドの民から金を徴発すれば良い。むしろ民の方からそう言ってきているのだ。ここタリアに住むミッドランド人からだけでも相当な額になるだろう、他国に身を寄せているミッドランド人もいる。ランセル様のように貴族になっているミッドランド人も少なくない。金程度なら、たかがミッドランド再興が目的ならばこんなラーメン屋などする必要はないのだ!!」
マイアはまたポカーンだ。たまらずマイアは俺の顔を見る。ぶっちゃけ俺も意味不明なので肩をすくめてみせる。
「何故閣下が、御身自ら、身を粉にしてこんな商売をしているのか、それはな、皆を幸せにする為だ!民から金をむしり取ることも出来よう、だがそれでミッドランドの民は幸せになれるか?!ミッドランドの土地さえ戻れば後はどうでもいいのか?!そうではない、閣下の目的は皆を幸せにすることだ!ミッドランドの再興などその手段や過程でしかないわ!」
「「「……」」」
いや、言ったがよ……。皆んなを幸せにするって言ったけどよ?それはミッドランド再興の言質を取られたくないから出た誤魔化しでよ、そんなわけないだろうが。
まさかこう来るとは……。
「それがこの話にどう繋がるので?」
「まだわからんか貴様!閣下はな、皆に安く美味いものを食わせてやりたいのだ!この一口食すだけで幸福に満たされるような味を!それを10倍にする?閣下が汗水垂らしている意味がわからんのか!閣下はな、皆に食べてもらいたいのだ!10倍にしたらミッドランドの民たちは食えなくなるだろうが!!」
ああ……、そう言うことですか……。
「閣下は更に申し上げた!全世界を巻き込み、幸福を撒き散らすと!それがどれほど偉大で、どれほど崇高なことかわかるか貴様!ミッドランド再興などは、閣下ならば道すがらに手慰み程度で簡単に成し得るわ!」
「「「……」」」
なわけねーだろうが!
マイアと俺は目線を合わせる。どうやらマイアは俺の気持ちがわかっているらしい。いや、俺の本心まで理解してるかは不明だが、ジュジュよりはマシだろう。こいつのヤバいメーターは既に振り切れている。いつのまにこんなことになっていたのか。
「大変良く理解致しました、ジュリサイド様。ありがとうございます」
「うむ。これからは閣下の御心を曲解などするなよ?」
「はい、肝に命じておきます。マサト様、申し訳ございませんでした」
「お、おう……」
曲解してるのはお前だけどな!!ん?いや、素直に受け止めればこうなるのか?
マイアは座ったまま俺に頭を下げた。その時にマイアと視線が合う。
あー、わかってる。
マイアはわかってる、大丈夫だ。言葉ではジュジュに合わせたが、本心は呆れ返ってため息を吐きたい気分だろう。
マイアがジュジュ2号になることはない。それだけで俺は安心出来た。
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