第18話
マイアに内装屋を紹介してもらい、店舗側だけだが、金貨10枚をかけて内装を施した。
その期間、1ヶ月。
この1ヶ月でタリアの街にもかなり馴染んだ。1番のショッキングな出来事は水だ、水は購入するものだった。
上下水道があると言われたから、水の心配は要らないと思っていたが、ここの上水道は煮沸しないと飲むことが出来なかった。その時は気づかなかったが、地球でもそのまま飲める上水道は、わずか13ヶ国しかないとかテレビでやっていた。それを思えばそのまま飲めないってのは仕方ないのかもしれない。
それ以外にも街を見て回ったり、ホテルや宿には泊まっていないが、家具を買ったり、徹底的に医療関係を調べたりした。
何故医療関係?
決まっている、18歳未満は帰れ。
第18話は大人の社交場だ。
18だけに。
まず回復魔法はある。あるにはあるが、幼少期から回復魔法の修行をし、人体の構造、病気の種類など医学に精通し、更に魔法の力の修行をしたものだけが正しい回復魔法が使えるようだ。
ハスキーが言ったように、本当にお手軽魔法ってのは存在していないようだ。
もちろん、回復魔法で治らない病気や怪我もあるし、術師の腕の違いで治らないこともあるようだ。
そうした結果、梅毒を始めとした様々な性病は、10年ほど前から全て治るようになったようだ。魔法だけじゃない、抗生物質かどうかはわからないが、薬でも治療可能になってると言う。これで俺は異世界の夜をスパークし放題だ。
あん?決まってるだろ、スパークした。
だが一言言えるのは、別に異世界だから特別な技があるわけでもなく、ブサイクが居ないわけでもなく戦車(のような体型の女)が居ないわけでもなかった。
正直、当たりは両手で数えられるほどにしか当たってない。だがこの街はまだまだ発掘しがいがあり、底は見えていない。俺の冒険はここからだ。
おかげで俺の所持金は金貨2枚になってしまった。
今日内装工事が終わり、店舗を見せてもらうことになっている。喜び勇んで身支度をし、店舗へと入ると、すでに工事は終わりマイア、内装屋の棟梁のニゲル、ジュジュが待っていた。
「おおおおおお!!」
「どうでえ、国王様には頑張ってもらわないといけないからな!俺っちの自信作だ!」
30坪のホールは仕切りこそないが、コンセプトを二つに分けた。片方は立ち食いスペース、壁側には立ち食い蕎麦屋のようなカウンターが付き、フロアーにも立って食べる高さのカウンターテーブルを数個置いている。まるっきり立ち食い蕎麦屋のパクリだ。
もう片方は4人ひと組で座れる、椅子とテーブルのセットを、6セット置いている。詰めればもっと開けなくもないが、こっちはゆったりとした空間を意識している。酒等も出して、単価を上げていく作戦だ。テーブル席の奥には扉が一つあり、バイトを雇った時用の休憩室になっている。
真新しい木の匂いがして、新店舗って雰囲気を存分に醸し出している。厨房はそのままだ、だって料理しないもん。一応カモフラージュで鍋や寸胴、フライパンなどを置いてあるが、使う気は全くない。
「良いよ、悪くない」
「あたぼうよ、あとこれも国王様に頼まれてた奴だ」
「国王はやめろ。エステランザにも国王がいるんだから、下手したら不敬罪とかになるぞ?」
「へへっ、ちげえねえ。んではマサト様でええか?」
「ああ」
棟梁のニゲルはミッドランド人だ。ミッドランド人だからか、格安で内装工事をしてくれた。おかげでこの1ヶ月、浮いた金で夜のタリアをスパークしまくれた。
俺が頼んでいたのは看板だ。
自分で読むことは出来ないが、ジュジュに確認をさせている。
《本家ミッドランドからやって来た》
《麺屋 正人》
《ラー印のスープ麺、ラーメン》
と書かれている。木彫りでミッドランドと麺屋とラーの文字だけ赤で塗り、後は黒の文字だ。それと看板の左端に、大きめにミッドランド王家の家紋を入れている。X印にクロスした剣の真ん中に太陽が描かれている紋章だ。指輪の紋章と同じものだ。
それとホールの壁にはメニューを貼り付けてある。
醤油ラーメン 800エル
正人家系ラーメン 800エル
固め、濃いめ、背脂出来ます
味噌ラーメン 900エル
塩ラーメン 850エル
ザ・インスパイア 1100エル
豚マシマシ 1500エル
全マシ 2000エル
激辛ラーメン 1000エル
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チョコレートラーメン 1200エル
おおよそ30種類のラーメンを、安いもので800エル、高いものを2000エルの価格設定にした。
「それにしてもマサト様、随分と安めの設定でございますね?」
「そうか?でも昼飯の平均が500エルなら、かなり高いだろ?」
「ですが、かなり珍しい料理とお聞きしましたが」
「そうだ、ちょうど三杯仕込んであるから、お前らに食わせてやるよ」
マイア、ニゲル、ついでにジュジュをテーブル席の方に座らせ、俺は厨房に入る。
そして左手で醤油ラーメンを3つ生み出し、カウンターに乗せて3人の前に1つずつ置いてやる。
「この箸ってのを割ってな、二本の箸で麺を掬って食べるんだ」
マイアとニゲルは不思議そうな顔だ。ジュジュは見たことはあるが食べたことはなかったので、目を爛々と輝かせている。ランセルが食ってたのを見て、自分も食いたかったのだろう。
3人は同時にラーメンを食い始めた。
3人は同時に、全く違う反応を見せた。
1人目はジュジュ、一口食った瞬間箸を手から落とし、ぶわっと涙を溢れさせて胸の前で手を組んだ。
「神よ……、ラーの奇跡よ……」
2人目はニゲル、カッと目を見開き、確実に火傷する勢いで麺をすする。間違いなく日本の早食い選手権でも優勝レベルだ。そして祈りを捧げて固まっているジュジュのどんぶりも食い始めた。
3人目はマイア、マイアは予想に反して至って冷静だった。二口麺をすすり、「ふふっ」と笑ったかと思うとどんぶりを持ってスープを一口飲む。喉を動かしスープを腹に収めると、ゆっくりとどんぶりを置く。また「ふふっ」と笑う。
そしてゆっくりとした動作で椅子から立ち上がると、ホールの壁をぐるりと見渡していき、一点を見つめ出す。そこには醤油ラーメンと書いてある紙が貼られている。
あくまでもゆっくりとした動作で醤油ラーメンの張り紙に近づくと、いきなり醤油ラーメンの張り紙を剥がそうとしてきた。俺はマイアの腕を掴む。
「お、おおい!何してんだよ!」
するとマイアは信じられない力で、俺を引き剥がそうとする。
「馬鹿にしている」
「……、え?は?」
マイアはずっと敬語だった。それが怖いくらいの目つきで張り紙を睨みつけ、俺の腕を振り解こうとする。
「馬鹿にしていると言っている!」
「お、おい、マイア」
掴んでいる俺の手が振りほどけないとわかると、俺に向き直って俺を睨みつけてきた。
「これが800エル?馬鹿にするにも程がある!」
「い、いやそれ以下は────」
「違う!ゼロが2つ足りないと言ってるのだ!800?8万にしろ!……、取れるぞ、私は天下を取れるぞ……。一度口にしてしまえば例え10万エルでも出すだろう!買える……、タリアごと買える……、この街は私のものだ!」
「……、は?」
ぶっちゃけ俺はドン引きだ。意味がわからない。つうかお前のじゃねえし。
すると神速で2杯を、いや、マイアが残した3杯目も平らげたニゲルがマイアの胸ぐらを掴んだ。
「ふざけんじゃねえよ!10万?俺たち庶民が食えなくなっちまうだろうが!」
負けずとマイアもニゲルの胸ぐらを掴む。
「庶民?どうでもいい!!これは貴族の食べ物だ!庶民など相手にしてられるか!」
「んだとマイアてめえ!庶民を馬鹿にするんじゃねえ!それにこれはミッドランドの食いもんだ!」
「よろしい、ならば戦争だ。ミッドランドを滅ぼし、この手にラーメンを手に入れてやる!」
「なんだとてめえ!」
いや、もう滅んでますから……
2人の取っ組み合いが始まった。俺は本気で馬鹿くさくて2人の殴り合いを放置した。まあ、内装屋がいるんだ、壊れても直せるだろ。
そんな喧騒の中、ジュジュはずっと神に祈りを捧げていた。
「開店前からカオスすぎんだろ……」
付き合いきれん。
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