第17話

嘘つき?人聞きの悪い。

俺は全く嘘はついていない。

戦争に金が必要なのも本当だし、女を娼婦に落としてまで金が欲しいわけでもない。俺がラーメン屋を開けば、美味い地球の飯が食えてみんなに幸せを振りまけるし、ここで生活すれば関わってくる人と苦楽を共にするのも当たり前だ。そして最終的にみんな幸せになればいい。

ほら、何も嘘をついていない。奴等が勝手に、ミッドランド再興の為に金を稼ぐと勘違いしただけだ。


「流石閣下、やはり口では否定しておきながらも、秘めたる心で考えておられたのですね?」

「なんのことかわからねえが、お前はきっと幸せになれるよ」


あの俺の演説を聞いて、そんだけ頭お花畑ならな。


「ありがとうございます、このジュデンタス=ジュリサイド、閣下に命を捧げます」

「やめとけ、お前の忠誠と命はランセルにやれ」


俺が呆れたようにそう言ったが、ジュジュは何故か感動したようだ。うるさいから無視だ。

しかし、ジュデンタス=ジュリサイドって、そんな名前あるのかよ、しかもそれで略称がジュジュ?ジョジョではなく?俺はてっきり優しみでも溢れかえって、結婚式で歌い出すのかと思ってたよ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「この住所が店舗ですか?」

「あっ、いや、店舗はこれからでして」

「……、申請する気あるんですか?」

「あっ、すいません、本当に……」

「貴様!我が君が偉大なる一歩を踏み出そうとしているのに、我が君を愚弄────、ぐはあっ!!!」


みぞおちじゃ我慢出来なかった。ついつい顔面に本気グーパンをしてしまった。つうか我が君ってなんだよ。どんどんグレードアップさせんじゃねえよ。


商業ギルドにつくと、住民票の住所が違うと追い返された。どうやら実店舗の住所を知りたいがための住民票らしい。それならそうと先に言えと思わなくもないが、ここでゴネるとジュジュが便乗してくるので、輪をかけて面倒くさくなる。俺は素直に不動産屋に行くことにした。


ジュジュの案内で不動産屋に向かう。

このタリアの街は本当にデカい。一人で歩いたら迷子になるのは確実だ。そもそもこんなに距離があるなら乗り物が欲しい。物々しいと思ってランセルに勧められた馬車を断ったが、やっぱり借りておけば良かった。

しかし、どこの時代もどこの世界でも、役所関連はたらい回しが基本だな。どうせ不動産屋でもアホみたいな手間を要求されるものだと思っていたが、少し風向きが違った。


「おやおや、これはミッドランド国王陛下、いやまだでしたな、つい気が逸ってしまいました。マサトフリード閣下」

「……、お前────」

「あー、いえ、違います。私はエステランザ人でございます、マサトフリード閣下」

「……、閣下はやめろ。俺は何もしていないし、何もする気はない」

「ふふっ、そうでしたな。物事は常に内密に進めるのがよろしいかと。ですが、それは手遅れかも知れませぬな」

「……は?」


言いたいことは色々ある。

この、いけ好かない顔をした、小太りのオッさんが何者かとか、何故閣下と持ち上げてくるのかとか。でもそれよりも、何故俺のことを知っているのかだ。


ここは不動産屋、入口の大きなガラスの壁には、所狭しと紙が貼られている。きっと物件情報だろう。扉から中に入ると、奥に机が一つあり、オッさんが座っている。その近くには一対のソファとローテーブルがあり、オッさんは俺に話しかけながら、机からソファに移動し、手で俺をソファに促してくる。

俺はオッさんの勧めるままにソファに座ると、小太りのオッさんは一枚のハガキサイズの紙を差し出してきた。


「こ、これは……」


なんと写真だった。カメラがある、カメラがあるのか!

……、でもよくよく考えたら、日本だって明治時代、それよりももっと前からカメラは存在していた。異世界にあってもおかしくないのかもしれない。

そして、被写体は俺だった。いつのまに撮られた?!


「今やこのタリアで一番の有名人、マサトフリード=トゥル=ヴァン=ミッドランド様でお間違えないですな?」

「……、ああ、だけどフルネームで呼ぶなよ。マサトと呼んでくれ」

「ふふっ、なかなか気さくな方のようです。ではマサト様と」

「ああ。で、なんで俺の写真が?いつのまに?」

「昨日から噂でもちきりです、不動産も商人の一人。商人たるもの情報は命ですからな」

「……」

「ですが、まさか当店にお越し頂けるとは思いませんでした」


面倒くさそうな奴だ。なんか目もギラついてるような感じで、まるで俺が女であるかのように、上から下まで舐めるように見やがる。

ラノベではこういう登場の仕方をする奴にロクな奴はいない。


「ご商売をなさりたいとか、私でよろしければお力添えさせて頂きます」

「そんなことまで知ってるのかよ……」


商売すると公表したのは、役所の前だぞ?まさに光の速さで噂が広まるとはこのことだな。マジでSNSより速いんじゃなかろうか。


「はい。どのようなご商売をなさるのですか?倉庫なども必要でしょうか?」

「あー、いや、飲食店をする予定だ。そうだな、住居兼店舗みたいなものが良いな」

「では、店舗の他に上下水道完備で浴室もあり、急な来客にも対応出来、マサト様がお住みになっても侮られないような住宅でしょうか」


それが一番良いに決まってるが、でも、お高いんでしょう?


「値段による。金貨30枚が資本金だからな」

「300万エルもお持ちですか、ならばどうとでもなります。お任せください」

「ほー」


金貨30枚がどの程度の資産価値があるかはわからない。それを調べるのもここで済ませたい。


「エステランザに来たばっかりでな、それまではカリュームのスラムに隠れ住んでたから、ちょっと教えてくれ。だいたいタリアでは一般家庭一月でいくらくらいかかるんだ?」

「ふむ、そうですな。このタリアの壁内の一般家庭で、子供二人の4人家族として、不自由なく暮らせるのが30万エルほどでしょうか」


ってことは金貨3枚か。高いような安いような。ともかく、俺は10ヶ月はひと家庭が暮らせる程度は持ってるということだ。


「それでしたら、賃貸になりますな。仕入れにもお金がかかるでしょうし、内装等にもお金が必要です。それに運転資金として3ヶ月は赤字でも持ちこたえる程度には残しておく必要があるでしょう。ならば月10万エル程度でご紹介させてもらうのは如何ですか?」


月10万エルか。これもピンとは来ていないが、今ある金額の1/30で一月借りられるのは問題ない気がする。


「俺としては有難いけどよ、そんな金額じゃボロい店しか借りられねえんじゃ?内装に余計に金がかかるようじゃな……」


オッさんはニヤリと笑ってソファにもたれかかる。


「私、マイア不動産のマイア、お任せくださいと申したからには、マサト様にお気に召して頂けるよう努力いたしますよ」

「ホントかよ……」


うさんくさい、胡散臭すぎる。


「はい、もちろん理由もありますが」

「なんだよ……、俺に媚を売ってもどうにもならねえぞ?」


マイアと名乗ったオッさんは、ふははと笑い、自分の頭を叩いた。


「これは手厳しい。ですが他にも理由はございます」

「……なんだよ」

「一つはマサト様とお近づきになりたいということ、一つはマサト様のなさるご商売に興味があること、もう一つは物件が余っていることです」

「……余ってる?」

「はい、ここタリアもバルーンが弾けまして、不動産関連の相場は下落傾向にあります。ですから今は物件が余ってるのです。ついこの間まで4億エルで売られていた豪邸が、3千万エルで叩き売られたり、会社の総力をあげて建てた持ちビルが、今やタダでも引き取りたくないなどと言うものまでございます」

「おいおい……」


話の流れから、バルーンってのはバブルの事か?しかしそこまで相場が崩れてるのに、この街は大丈夫なのかよ。


「そうですね、今元気があるのは新事業系でございますね」

「新事業?」

「はい、魔力を使い、馬や亜竜に引かせない車、魔導車や、水の流れをエネルギーに変える事業、遠くの地とまるでその場に居るように会話することが出来る通信と言う事業だったりは元気があります」

「……」


車、電話、電気か?!

やっぱあるのか!あるって言うか今ちょうど作ってるって感じか。しかし魔力で動く車とか、流石異世界って感じだ。


「マサト様も新事業系にご興味が?」

「んー、ない事はないけど、自分でやろうとは思わないな」

「左様でございますか。もし、ご興味がありましたらこのマイアにお声掛けください。ご紹介させて頂きます」

「わかった。とりあえずはまず物件を見せてくれ」

「はい、かしこまりました」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「本気でここを月、金貨1枚で貸してくれるのか?」

「はい、マサト様に対しての投資の意味もございます」


めちゃくちゃ良物件だった。

まず大通りに面していて、人通りも多い。これだけで間違いなく良物件だ。

建物も完璧だ。

ラーメン屋のホールとなる部屋だけでも30坪クラスはあり、2人用のテーブルと椅子を置いても30組以上いけるだろう、カウンターを付けるなら、もっと多くの客を同時に入れることが出来る。それ以外に厨房もあり、オープンキッチンのように、厨房からホールが見えるようになっている。ここからラーメンを出せるだろう。厨房には水道が3つ、大きなコンロが3つ付いていて、コンロには水晶のようなものが付いている。マイア曰く、この水晶に魔力を込めると、ガスコンロのようにコックをひねれば火がつくらしい。他にも魔導コンロと同じように魔力を込めれば冷やせる魔導大型冷蔵庫もある。超異世界だ。

厨房の奥の扉を開けると、少し離れて住居スペースだ。住居スペースは、20畳のリビング、こじんまりとしてるが充分な大きなの魔導キッチン、寝室1、応接室1、客間3、水洗トイレ、5mは横幅がある魔導釜の風呂が付いている。もちろん作りは総鉄筋コンクリート造りだ。これを金貨1枚、10万エル、一般家庭が一月暮らす金額の1/3で貸してくれると言うのだ。いくらバルーンが弾けたと言っても安すぎる。


「……、投資したって、どうやって回収するんだよ」

「この物件をお貸しすることで儲けを得ようとは思っていません。ですがマサト様は必ず大成するお方、この程度でマサト様の私への心証が良くなるのでしたら、安いものでございます」

「……」


ただより高いものはないとは良く言う。日本で営業している時でも、明らかにどちらかが有利過ぎる取引と言うのは、必ず後々面倒なことになるものだ。

もしこれが日本だったなら、俺はこの取引を間違いなく蹴っただろう。面倒なことになるのが目に見えている。だがここは異世界だ、すでに山ほど面倒な事になってるし、スラムのような生活もしたくない。


「大成しなかったらどうすんだよ、俺から何を搾り取る?」


マイアは笑顔を貼り付けたポーカーフェイスを崩さない。


「何も。ただ単純に私の商人としての目は、大した事無かったと言うだけです。ですが、私は私の目に自信を持っております」

「へぇ……、なら俺が成功したらどうやって回収する気だ?」

「それはいくらでも方法はございます。市井の噂のように、マサト様がミッドランド再興に立ち上がるのでしたら、武器も物資も必要でしょう。兵糧や兵も。その窓口を私にしていただけるなら、下降傾向の不動産業よりも期待が持てます。仮にミッドランド再興を断念なされたとしても、お金は持っているだけではただの鉄くずです。それを使ってこそ意味があります、マサト様ならきっと有意義にお使いになるでしょう。また、マサト様が私と懇意にして頂けてるというだけで、商売が生まれます。色々ございますが、マサト様が私を窓口にして頂けるだけで、私には利益なのです」

「……その時お前を使うかわからねえじゃねえか」

「それは私の目の責任ですので」

「……」


背に腹は変えられない。

他の不動産屋も見て回るって手もあると思うが、向こうに思惑があるならそれを利用するって手がないわけでもない。そのくらいこの物件が気に入った。

もう一つ、マイアは胡散臭さMAXだが、一応は俺を利用する、投資してるとはっきり口にした。普通、それは相手に隠しとく情報だ。もしかしたらワンチャン良い奴の可能性もある。

俺は賃貸契約をした。

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