第16話
ギルドを出て、役所に向かって二人で歩く。
ジュジュに聞くと、勇者語はタリアの街中、要は街を守る城壁の中の住人ならば、話せない人を探す方が難しいほどだと言う。ハスキーは7割とか言っていたが、7割とはスラムの住人や盗賊なんかを入れた、教育が行き届かない人たちまで入れた数なのだろう。もしくはまたハスキーが適当な情報を言ったか。どちらにしろタリアの街中では、言葉の心配はしなくて良いようだ。だが、街中をすれ違う人の言葉は、アース語と勇者語の半々だ。アース語特有の英語とも違う聞き取り難い言葉も珍しくなく聞こえてくる。
それとジュジュにしつこいくらいに言い聞かせた。ついてくるのは良いが、王家の人間扱いは今後一切禁止すると。
「いいか?お前は俺の護衛だ、そこいらで護衛を雇ったらみんなそんな言葉遣いか?」
「いえ……」
「だろ?だからお前も敬語じゃなくても構わない。むしろ無言でもいい。そのかわり俺に襲ってきそうな奴がいたら、本気で俺を守ってくれ。お前の仕事はそれと道案内の二つだけだ。いいな?」
「かしこまりました」
「……」
まあいい。敬語の護衛も居るだろう。俺のイメージだと冒険者を護衛に雇っても言葉は酷いもんだってイメージなのだが。
役所に着く。
役所内はまるで日本の市役所そのものだ。カウンター内に大勢の職員が座っており、カウンターにも市民が座って職員と会話している。
「Ќјифмѓч63оплмјџи」
一人の職員がカウンターの中から何かを叫びながら、市民がいるホールを見回している。
「ジュジュ、今のは?」
「63番の木札をお持ちのかたはいますか?と言っていました」
「なるほど」
ふと一つのカウンター内からこっちを見ている若い女性職員と目があった。俺はそこに近づいていく。
「すいません、住民票が欲しいのですが順番待ちの木札はどこで貰えば良いですか?」
「こんにちは、住民票でしたらそれほど待ち時間はありませんよ。あの順番は出生死亡届の方なので」
「っ!嘘だろ?!」
あまりの衝撃に素に戻ってしまった。住民票がすぐもらえるのに、出生と死亡届が63人以上待ってるって、どんだけポンポン生まれてどんだけ簡単に死ぬんだよ!
「あ、昨日は大きな行商隊がアングリーベア三頭の群れに襲われましたので、それでですね」
「は、はぁ……」
どんだけ怒ってる熊なんだよ!熊三頭でそこまでの死人って、熊強すぎだろ!
女性職員は、アングリーベアのことなどなんでもないかのように親切な物言いながらも淡々と話を進める。
「それではここにお名前とご住所をご記入ください。それと魔紋もこちらに」
字も書けない、魔紋ってのもわからないのでジュジュを見ると、ジュジュは俺の隣に並び立ち、
「マサト様、記入は自分がします。マサト様はこの針に指を刺してください」
「おぉ」
記入用紙は、なかなかの白さの紙、筆記用具はまんま鉛筆だ。やはり文明度は高い。
針は直径5cmくらいの小皿に画鋲の針の半分くらいの太さと長さの針が出ている。これに指を刺して血を取るということか。だがまた文明の高さを垣間見た。これだけ細い針を作るのは相当な技術力が必要だろう。
これは血を取る為ってことだよな?ってことは魔紋はラノベ的に考えると魔力の紋?血液型?そんな感じか?
……病気大丈夫かな……。
俺がためらいながら指を刺して、血を小皿に一滴垂らしてる間に、ジュジュが記入を終えたようだ。
「それでは名前でお呼びしますので、あちらに座ってお待ちください」
「はい」
カウンターから少し離れたベンチのような長椅子に座り、住民票が出てくるのを待つ。
ジュジュに魔紋を聞くと、やはり血液に魔力が溶け込んでいて、その波長は同じ人は居ないらしい。要は指紋みたいなものか。
身分タグも戸籍も本人確認に使われるが、本気の本人確認は魔紋を調べることだと言う。だから戸籍と一緒に魔紋も登録しておくようだ。
「俺魔紋登録してないじゃん。大丈夫か?」
「ランセル様が便宜の手配をしているはずです。問題ないと思います」
「そっか」
五分後、
「マサト様ー」
「あっ」
俺が立ち上がろうと腰を上げた時、
「マサト様ー、マサトフリード=トゥル=ヴァン=ミッドランド様ー」
俺は座り直した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
クソが。
俺がジュジュを睨むと、ジュジュは絶対にマサトとしか書いてないと言う。ならば犯人はランセルしかいない。
「あのクソリュックめ、小学生に背負わせるぞ……」
「小学生、ですか?」
「そんなことどうでもいいんだよ!」
「申し訳ありません……」
ジュジュに八つ当たりしても状況は改善されない。
「マサトフリード=トゥル=ヴァン=ミッドランド様ー」
あの女、これ見よがしに連呼しやがる。出ていけるわけない。ミッドランド云々がバレるってのもあるが、何より恥ずかしすぎる。
すでに市民たちは「どいつがマサトフリードだ?」みたいな目で辺りを見渡してるし、ここで俺が立てば、どんな好奇な目で見られるのだろうか。
「おいあいつがマサトフリード=トゥル=ヴァン=ミッドランドだぜ?」
「笑っちまうぜ?どんな顔でそんな名前をつけたんだ?」
「まさか思春期か?思春期が終わらない病気か?」
などなどな目で見られるかと思うと、とてもじゃないが名乗り出ることは出来ない。ジュジュは困ったような顔で俺を見る。
「マサト様……」
「わかってる、わかってるよ!」
女職員は、更に声量をあげて俺のフルネームを呼び続ける。
マジクソランドセルめ、あいつはチョコレートラーメンしか食わせない刑にしてやる!
仕方なくカウンターに向かって歩く。
「……居たんですか、早く出てきてくださいよ」
「(出て行けるか!アホ女!)」
「なんか言いました?」
「いや、何も……」
女は一枚の紙を俺に差し出す。書いてある文字は読めない。
「これが住民票です。魔紋登録がなされていませんでしたが、ご領主様からここで登録しておくようにとありましたので、今日登録しておきました」
「ありがとうございます……」
俺のテンションはだだ下がりだ。鏡があればそこには俺の赤い顔が映ってるだろう。
「それでは以上です。1000エル頂きます」
「はい」
俺が金貨を出そうとすると、ジュジュが銀貨一枚、1000エルを払ってくれた。お釣りが多くなるからだろう。俺は早くここを離れたかったので、ジュジュの好意に甘えた。
そして手早く住民票を三つ折りにして、スーツの内ポケットにしまい、役所を後にする。
が、役所を出たところに人だかりが出来ていた。100人近くの人間全員が、じっと俺を見つめている。
俺は出待ちされていた。
「お前さん、ミッドランドのなんなのじゃ」
「まさか、本当に王のご子息なのかね?」
「てめえ、冗談で名乗ってるなら、生きてタリアの街を出れると思うなよ?」
じいさん、おばさん、いかつい男、老若男女、数十人から一身に視線を集める。
こんなヤバそうな状況なのに、中二病認定の嘲笑団じゃなかったことにホッとしてしまう。
俺が口を開こうとすると、おばあさんが一歩前に出た。
「エステランザの国王様はほんに良い人じゃ、他の国に睨まれるのも構わずにワタシらを受け入れてくださった。ランセル将軍もよう頑張った、おかげで孫の顔も見ることが出来た。…………、贅沢な話だとわかっとる、じゃがの、やっぱりワタシらはミッドランド人なんじゃ……」
「ばあさん……」
次はじいさんだ。
「一時期はジークフリード様を怨みもした。魔族なんぞと関わるからこうなるのだと、な……。じゃが今は後悔しとる。魔族にも話がわかる奴の居るのも知っとる、魔族に魔物から命を助けられたこともある。……、ワシらは馬鹿じゃの、この歳になってわかるとは。あの時、ジークフリード様と共に戦っとれば、違う未来もあったんではないかとな……」
「いや、あのな?」
話の流れがおかしい。何か、さもミッドランド再興を俺がする程で話をされている。
いかつい男が前に出てくる。
「あん時は俺もまだガキだった。けど今は違う。あんちゃん、んにゃ、国王!オレァやるぜ?ミッドランドを取り戻すためなら、オレァ人間とでも魔物でも、死ぬまで戦ってやるぜ!」
「待て待て待て……」
勘弁してくれよ。すると後ろからポンと肩を叩かれた。振り返るとジュジュが、目に涙を溜めながら嬉しそうな顔をしている。
「閣下……、是非閣下の民にお言葉を……」
「……」
やめろ、外堀から埋めるようなマネはやめろ!集まった住民の顔を見る。皆何かを決意したような、期待するような、感極まったような顔をしている。
まずい、非常にまずい。ここで否定したらどうなる?俺はこの街でラーメン屋をやろうとしている。だが俺の悪評が流れたら、どんなにラーメンが美味かろうと客が集まるのだろうか。来るわけない、ただランセルと話しただけでここまで人が集まるくらいだ。開店前から、SNSで拡散されるよりも速く、炎上しまくるに決まっている。
ならば肯定したら?ラーメン屋どころじゃない。なし崩し的にミッドランド再興を目指すことになり、ひいてはランドセル野郎まで加わって、「いつでも行けます!」ぐらいは言って来そうだ。そうなったらマジで引き下がれない。
「…………」
「閣下!」
「若っ!」
「国王!」
「おぼっちゃま!」
「マサトフリード=トゥル=ヴァン=ミッドランド様!」
だからやめろ!特にフルネーム呼びはやめろ!!
……、仕方ない、また一発カマすしかないか。
俺は興奮して盛り上がってくる100人弱の民衆の前に両手をあげ、皆の興奮を収める。ざわざわしていた民衆は、シンと静まり返った。
「皆の気持ちよくわかった」
「閣下!」
ジュジュが一番興奮している。ジュジュは俺の前に回り、一番前で片膝をついた。
このクソガキァ……。
「まあ、聞け。それは無理な話だ」
するとやはり予想通りに、野次紛いな言葉がざわざわと飛び交う。俺は右手を上げてそれをまた制する。
「ミッドランドを取り返す。それは皆もだが、偉大な亡き父も望んでいることだろう。だが、それは戦争ってことだぞ?」
「それがなんだ!」
「わかってるっての!」
「我らミッドランド人の勇気を見よ!」
「30年遊んでたわけじゃねーぞ!」
またざわつく野次を抑え込み、言葉を続ける。
「そうじゃない。もちろん皆の勇気と力は理解してる。だがな、戦争に一番必要なのは金だ。飯が食えなきゃ戦うことも出来ないんだよ」
皆はお互いに顔を見渡す。予想通りだ。いくら城壁の中で暮らしていると言っても、移民であるミッドランド人がそんなに金を持ってるわけ無いと思っていた。民とは、一番身近な問題を突きつけられるのが、最も現実感があるのだ。
しかし、若い女が群衆の中から飛び出し、俺の前に出てくる。
「お金なら差し上げます。……、もっともっと必要なら一生懸命働きます!……、か、身体を売ってでも…………。ですから……、おばあちゃんに故郷を取り返してください!、お父さんが埋まってるミッドランドの大地に帰らせてください!」
「「「「「おおおおお」」」」」
「そうだ!」
「金なんて要らねえ!」
「みんな、国王に差し出せ!」
「我らの誇りを取り返せ!」
女……、余計なことを……。しかしまた俺は民を鎮める。
「皆の気持ち嬉しく思う。皆、よく思い出せ?父はどんな父だった?常に先頭に立ち、自ら剣を振るい、己が背中で民を導く。そんな国王だったと思う。違うか?」
皆は顔を見合わせる。
知らんがな。
どんな国王だったなんか知らんがな。
でもな、人間は思い出を美化する生き物だ。実際国王がどんな国王だったか知らないが、聞こえが良い事を言われるとそんな国王だったような気がしてくるのが人間って生き物よ。あとは考える暇を与えなければいい。
「偉大な父の息子の俺に、血の滲むような思いで稼いだ我が民の金を貪れと?我が民の女に、憎きカリューム人に身体を売らせろと?それで取り返したミッドランドになんの価値がある!!、それで我が父が喜ぶか?!大地に眠るミッドランドの英霊が浮かばれるか?!!否、それは我が父やミッドランドの英霊を侮辱する行為だ!!!」
「「「「「……」」」」」
一同静まり返る。
「だが、皆の気持ちは私の胸にしかと宿った。私はここに宣言する。このタリアで商売を始めると。そして途方もない大金を稼ぐと!私の背中を見よ!私は皆を苦しめるためにここにいるのではない、皆と苦楽を共にする為にここにいるのだ!!その先に待ってるのは…………、皆と私の幸福だ!!!」
「「「「「うおおおおおおおおお!!!お」」」」」
役所の壁が揺れるんじゃないかと思うほどの大歓声だ。
「時を待て、私が動くのを。宣伝せよ、英霊たちの為に。今に世界を巻き込み、幸福を撒き散らしてやろうぞ!この、ラーのつるぎにかけて!!!」
俺は腰からオリハルコンの剣を抜き、空を突き刺すかのように掲げる。山吹色の光が群衆を照らす。
「「「「「うおおおおおおおおお!!!お」」」」」
「「「「「マサトフリード!、マサトフリード!、マサトフリード!、マサトフリード!」」」」」
更なる大歓声のあと、語呂の悪いマサトフリードコールが始まる。
俺はジークマサトにしなくて本当に良かったと思った。
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