第15話
ランセルはこのタリアの街の領主と言うことらしい。普通は広い領地内に町や村があるものだが、ランセルはタリアの街のみの領主のようだ。それでもここまで大きい街なら、税収も充分見込めるだろう。
昨日、ひと段落ついてから早々に出て行くと言ったが、ランセルは「どうかこの館を拠点にしてください」としつこかった。仕方なく俺は今晩はここに泊まり、明日出て行くと納得させた。
「お前は過保護に育てられた王の下に着きたいのか?今は修行の時だ、一人でやっていく」
こう言ったら一発だった。俺もだんだん嘘が上手くなってきた。元々営業畑だから喋るのは不得意ではないが。
領主の館も悪くはない、悪くはないんだが、このなんでもオーバーで暑苦しいおっさんとずっと一緒なんて、絶対嫌だった。
その晩、初の異世界の晩餐を食った。肉は動物の肉と言うが、キラーボアのステーキって、それ、魔物ですよね?どうやら魔物と動物の境界は曖昧なようだ。むしろ境界がないのかもしれない。
肉質は少し筋があったが充分な美味さだ、他の食事もここが異世界でなければ外国の料理と言われたら全く疑わない。もちろんランセルはまたラーの奇跡を堪能していた。
米がないのかと聞いたら、庶民では食べる人もいると言ってたので、米が食えないこともないらしい。
そして、食後に案内された部屋にある、異世界で初めてのフッカフカなベッドで眠りについた。やはり森とは雲泥の差だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、ランセルにドッグタグのような身分証を貰った。なんとそこに書いてある文字は読めなかった。どうやら勇者語は言葉だけで文字は浸透してないらしい。
「困ったことがあればすぐに連絡を」とうるさいランセルを振り払い、昨日俺を牢屋から連れ出したランセルの部下の案内で商業ギルドに行くことになった。商売を始めるなら、例え夜店のようなものでもリアカー販売でも商業ギルドの許可証が必要だからだ。
「てかこりゃまた、すげえなおい……」
初めてじっくりと町並みを見た。異世界と言ったら中世ヨーロッパってのが王道だが、どう見ても中世どころではない。
レンガ、コンクリ、木造入り混じっているが、どれもしっかりとした造りの建物だった。レンガ造りの建物が一番多いことから、ぱっと見は外国の様相によく似ている。馬車を通過してるのを見た。馬車のタイヤはゴム製と思われるタイヤが付いていた。
その、馬車や歩きの人が通る地面は、土ではなくアスファルト?素材はわからないがしっかり舗装されていて、ランセルの部下のジュジュに聞いたところ、道路の舗装どころか風呂もシャワーもあり、オイル燃料の街灯まであり、上下水道も完備されているようだ。
「電気、でございますか?」
「うん、電気はないのか、ジュジュ」
「はっ、申し訳ごさいません、聞いたことがありません」
「いいよ別に」
上下水道があるってことは浄水場やダムがあるはずだ。それなのに水力発電はしていないのか。これを知識チートすれば金にはなりそうだが、水力発電のシステムを理解してないし、面倒そうだからそれはどうでもいいか。
まあ、一言で言うと、昭和中期〜現代にかけての外国ってのが一番しっくりくる文明度だ。
「あの……」
「ん?」
ジュジュがデカイ図体のくせに縮こまりながら、何かを言いたそうにしている。
「先日は知らなかったとは言え、大変申し訳────」
「あー、そう言うのいいから。気にしてない」
「しかし……」
「俺がミッドランド王家の血筋って言ってもよ、実際俺は何もしてないんだ。だから気を使うなよ」
「はっ……」
もうその「はっ」って返事がどうかと思うが。まあ、異世界では血筋は絶対的なものがあるのだろう。これ以上言ってもいじめになりそうだ。
「あっ、でもよ。俺が王家の血筋ってのは内緒にしてくれよ?」
するとジュジュは大きく目を見開いた後、街の往来にもかかわらず、恐ろしい速さでその場で土下座した。
「申し訳ごさいません!!」
「っ、な、なんだよ急に!」
「申し訳、申し訳ございません!!!平に、平にご容赦を!!」
「なんだよいきなり!やめろ!立て!立てっての!」
俺はジュジュの腕を掴みなんとか立たせて、街の人の視線を集めてたので、急いでその場から逃げた。
ひとしきり逃げた後訳を聞くと、
「す、すでに昨日……、あまりの感激から……、この街のミッドランド人の間には噂が……」
「おいおいおいおい……」
「で、ですが!まだ閣下の人相はバレていないので!」
「お前のその態度でバレるんじゃねえの?」
「っ!!申し訳ごさいません!!」
「だからそのジャンピング土下座をやめろ!!」
こりゃバレるのは時間の問題だな。
面倒ごとが増えそうだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
10分ぐらいだろうか、商業ギルドの前にたどり着いた。どうやら公的な建物は全て鉄筋コンクリート造りらしい。
「じゃあ、ジュジュ、ご苦労さん」
「あ、いえ……自分は閣下に────」
「マサト」
「……、マサト様に着いて行き、雑用をするようにと」
「……」
どこかしこで閣下閣下言われたら、バラして歩いてるようなものだ。
しかしお目付役か、はたまた見張りか、もしかしたら本当に雑用要員としてかもしれないが。
うざったい、うざったいが道案内も居ないし、異世界特有の絡まれたりした時の護衛も居た方が良いかもしれない。ここはしばらくは良いように使っておくか。
「わかった、着いてこい」
「はっ!」
「はっ、はやめろ……」
こいつも少し教育が必要だな……。
扉を開けて中に入ると、予想と違って閑散としていた。カウンターが二つあり、その奥には事務員が事務机に10人ほど座っているが、カウンターには誰もいない。そして客は誰もいない。
もっとワイワイしているイメージだったが、よくよく考えたらそのイメージは冒険者ギルドだった。ここは商売を始める人しか来ないなら、こんなものかもしれない。
「あのー、すいません。勇者語を話せる方はいますか?」
「「「「……」」」」
まさかの誰からの返答もなかった。目線をチラリと向けてくる人が数人いたが、それだけで誰も動かない。ランセルで異世界に慣れたような気がしていたが、ここに来て一気に疎外感に襲われる。
「貴様ら、この方を誰と心────ごはっ!」
「っ!」
ジュジュのアホが余計なことを言いそうになったので、思いっきりみぞおちにボディブローを入れてやる。ジュジュは苦しそうにくの字に折れたが、ぶっちゃけ俺の手のが痛かった。
「お前は黙ってろ」
「も、申し訳ありません」
すると一人の妙齢の女性がカウンターに歩いてきたので、そのカウンターに俺も向かう。
「失礼、あまりに当たり前のことをおっしゃるので冷やかしかと」
「あー、それは申し訳ありませんでした。商売を始める登録をしたいのですが」
「では身分タグと10万エル、それと住民票を提出してください」
「あっ、じゅ、住民票?」
ある意味馴染みのある言葉が耳に入った。まさか異世界で住民票を求められるとは。
ジュジュの顔を見ると、ジュジュはバツの悪そうな顔をして、
「忘れておりました……」
「案外使えねーよな、お前」
「申し訳ありません、マサト様……」
俺たちは、商業ギルドに来て1分で追い出された。
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