第14話

紋章の指輪とオリハルコンの剣で、もう俺が疑われることはないと思っていた。

だが、とんでもない落とし穴があった。ランセルの説明によると、俺は獣に変身出来なければいけないようだ。

俺が冷や汗を流していると、ランセルからフォローが入った。


「ジークフリード様も、どんな時でも人の姿をしておりました。それは自分が魔族と分かれば人の社会との融和は不可能と思ったからでしょう。それに王家の血筋が途絶えた今、閣下に変身の仕方を教えられるものはおりません。魔王に付いていった者たちにもライカンスロープ族はいるでしょうが、連絡の取りようもありません。なに、ご心配なさりませぬよう。ラーの剣に選ばれている事が、確実な王家の証。獣形態を取れなくとも、私が閣下を疑うことはありません」


いや疑ったよね?!

一瞬疑いかけたみたいなこと言ったよね?!

でも良かった。本当、オリハルコンの剣をジジイにねだっといて良かった。あの時の俺を褒めてやりたい。これがなかったら、俺ここで絶対処刑だったろう。

てか、本当にハスキーは使えねーな!!何が指輪で大丈夫だよ!むしろ指輪全く効力ねーからな?!ほぼ全てオリハルコンの剣で片付いたからな?!やっぱあいつはブートジョロキアラーメンの刑だ。


「って、もしかしてミッドランドは魔族がたくさん住んでたのか?」

「いえ、王家がライカンスロープ族と言うだけで、人間の国です。他にもライカンスロープ族はミッドランドに住んでいましたが、全て戦死したか魔王に着いて行ったはずです。私が探した限りは残ってはおりませんでした」

「なるほど」

「しかしあれですな。あのセバスが死にましたか。相当な手練れだったはずですが、やはり寄る年波には勝てなかったのか、スラム暮らしで身体をおかしくしたのか……」

「……」


え?実在するの?セバスチャン?


「しかし、もっと閣下に色々教えておいて欲しかったものです。せめて変身の仕方を教えておくのはセバスの義務だと思うのですが」

「……」


しかもライカンスロープかよ!!

ヤバいヤバいヤバいヤバい。


「何故セバスは何も語らないことを選んだのか。……、まさか、カリュームと内通────」

「そ、それはないから!セバスチャンは良くやってくれてたから!死んだ人間を悪く言うな!」


ランセルはハッと顔を上げて頭を下げた。


「失礼しました。私も閣下に出会えたことで、忘れかけていたミッドランド人の心に火がついてしまったようです、お許しください」

「……わかったって……」


いちいち重いんだよ。

でもこれならなんとかやり過ごせそうだ。


「して閣下、ミッドランド王国再興は、まず何から行いましょうか」

「っ!しねーから!」

「……、閣下。亡きジークフリード王は民の為、全世界の融和の為、身を盾にして戦いました。その崇高なる血は、閣下にも流れております。どうかお考えなおしを」


ランセルは俺の玉座の前まで歩いてきて、まるで威圧するかのような目をしながら、片膝をついて頭を下げてきた。やべーよ、やべーよこいつ。

俺はまた一芝居する。

少し顔を作り、溜息を吐き、


「ランセル、お前の気持ちは嬉しい。けどよ、俺は今の今までミッドランドのミの字も知らなかったんだぜ?ジークフリード?父?たしかにそうかもしれねえよ。でもな、俺はセバスに育てられた。いわば俺の父はセバスだ。その父代わりであるセバスは最後までミッドランドのことも実の父親のジークフリードのことも明かさなかった。それがどういう意味かわかるか?」


ランセルは少し顔を上げ、片眉をしかめる。


「ミッドランドのことは、ジークフリード王のことなどどうでもいいと?」

「違うっての、ならここで指輪を見せろなんて言わねえだろ。……、多分だけど、セバスは、とーちゃんは俺の思うように、俺のやり方でやってみろってことじゃねーかな?結果的にミッドランド王国再興になったとしてもよ、それを誰かに決められるんじゃなくて、自分が何者か知ったあと、自分で考えて何かをさせたかったんじゃねーかな?それが俺を30年育ててくれたセバスとーちゃんの意思だと思うぜ?」

「閣下……」

「誰かに指示されてミッドランドを再興してもよ、それ、俺が王を名乗る資格があると思うか?そんな王に誰が命を捧げられる?王は血筋じゃねえ。生きた道筋で、自分が切り開いた力で、その背中を民に歩かせるんだ。それが王ってもんだろう?、っ!!」


悦に入ってカッコいいセリフを並べていたら、ランセルが滝のように涙を流している。


「……、素晴らしい……、まるでジークフリード王の生き写しだ……、これぞまさに王の資質……、セバスよすまない。お前の教育は間違っていなかった……」


俺は冷や汗をかく。

やりすぎたか……。

でもあながち嘘ばっかりってわけでもない。自分で道を切り開くってことは、俺のこれからでも同じなのだから。


「ってことで、ランセル」

「はっ!閣下!」

「とりあえず戸籍くれない?」


やっと、やっとスタートラインに立った。

長かった……。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



戸籍はもらえることになった。

ミッドランド金貨3枚は、ランセルがどうしても欲しいと言うから、ランセルにエステランザ金貨と交換してもらった。


「10倍は多すぎねえか?」

「これは私が個人的に欲しいのです。……懐かしい……、友にも分けてあげたいですし、どうか買い取らせてください」

「それでも10倍は────」

「むしろ安いです。ミッドランド金貨は全て溶かされてしまいましたので、現存するものを探すことは事実上不可能です。10倍程度では足りません」

「……」


まあ、金があることは悪いことではないから貰っておいた。金貨30枚。


通貨単位は、

エステランザ銅貨1枚10エル。

銅貨100枚=銀貨1枚、1000エル。

銀貨100枚=金貨1枚、10万エル。

という通貨単位らしい。

その次になると100万エル紙幣があり、これが最高額の額面になる。紙幣は大店の商会や貴族間でのみ使われているらしい。ちなみに銅貨1枚以下の物は、複数個まとめ売りなどする方法を取り、最小単位は銅貨になると言う。


「して閣下、商売をなさりたいと申しておりましたが、どのような商売をなさるのですか?ここタリアには、大店も少なくありませんし、真っ当にのし上がるのは難しいと思いますが」


ランセルの心配も最もだが、俺にはラーメンがある。絶対成功すると思っている。

なんせ原材料が0なのだ!

売ったら売っただけ儲かる。こんな美味しい商売はない。例え一日10杯しか売れなくても、利益率で言えば普通のラーメン屋を開いてる人に比べて、10倍の利益はあるだろう。


「ランセル、お前はラーのつるぎの真の力を知ってるか?」


俺がドヤ顔でそう言うと、ランセルは目を見開き、


「し、真の力ですか?!!」


と、大げさに驚いてみせる。


「そうだ、悪いが俺の父親はラーの力の全てを使えなかったみたいだな」

「……まさか、あの絶対的な王と言われるジークフリード王に限って……」

「ふふっ、ならラーのつるぎの真の力をここで見せてやる」


俺はオリハルコンの剣を鞘から抜く。山吹色の光が、キラキラと光る。

そして左手の掌を上に向け、その30cm上に剣を右手で持って滞空させる。


「見てろランセル、これがラーの奇跡だ!」


左手に光が集まる。それは徐々に形になり、もうもうと湯気を立たせた。

異世界の初めの一杯と同じ、醤油ラーメンだ。

ランセルは何もないところがどんぶりが現れたことに、更に目を広げ、「おおおお」と腹から声を出して唸る。


「これは……、スープ麺ですか?」


あるのか、スープヌードル!


「これは、ラーの奇跡、ラーメンだ」

「おおおお、ラーの奇跡……」

「食ってみろ」

「……よろしいので?」


俺はオリハルコンの剣を鞘に戻し、執務机にどんぶりを置いた。ランセルはどんぶりを手に取ると、箸を割らないでどんぶりに突っ込み、一本箸で麺を持ち上げ、ふぅふぅしてゆっくりと口にする。


カッ!!!


ランセルはまるでグルメマンガのように、目を広げて覚醒し、一心不乱に麺を掻き込み始めた。


ズゾ、ズゾゾゾゾゾゾゾゾ!!

んぐっ、んぐっ

ズゾゾゾゾゾゾゾゾソ!!


1分経ったか、はたまた2分か。

ランセルはスープまで空になったどんぶりを左手に持ち、右手には割ってない箸、それを持ったまま両腕をだらんと垂らして、天井を見つめて涙を流す。


「これが、ラーの奇跡……」

「売れないと思うか?」


ランセルはギュンと俺に振り向き、キラキラした目で俺を見る。


「売れます、いや、私が全て買います!いくらでも、全財産でも!……、足りない、私の爵位も献上いたしますから、どうかもう一杯を!」

「やるから……、大げさなんだよ……」


ラーの奇跡はヤリ過ぎだったか。特にこの男には。

俺は普通に左手から味噌ラーメンを出して机を置くと、ランセルは俺に許可も取らずに食らいついた。


「っ!なっ、あ、味が!」

「味噌だ」

「ふっ、はふっ、う、うま……」

「お前、反応が狼と一緒だからな?」

「ラーよ……、神はここに降臨なされた……」

「やっすい神だな、おい……」



金、戸籍、後ろ盾、俺は全てを手に入れた。後はラーメンでのし上がるのみだ。

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