第10話

ハスキーの説明と照らし合わせると、エルザが俺に話してくれたことはほとんど嘘がなかった。きっと俺に警戒されない為に嘘を言うのはやめたのだろう。もしくはどうせ殺すからなんでも良かったのか。


ハスキーは俺を乗せながら色々説明する。

こいつよく見たら首輪をつけてやがる。これが無かったらこいつの背中に乗るのは不可能だった。捕まるところが無いのだから。


基本となるのはアース語だが、勇者語はこの世界、アーステンの7割ほどの人が使え、子供にも教えてること。

俺の様に異世界転移してくる奴は、滅多に居ないが居るには居るということ。

この国はエステランザ王国、隣の国はカリューム帝国。そこを含めて人間が統率している国は7つ、エルフの統率している国は一つ、魔族が統率している国が一つ。ケモ耳は居ないのかと聞いたら、


『ケモ耳とは妾のようなものか?』

「お前は獣だろうが!!」


……獣人は魔族に入るとのこと。

奴隷はいるが、ラノベのようなホンワカ奴隷は居ない。

犯罪意識は日本とほぼ変わらない、が、人の命は何倍も軽く、冤罪も遥かに多い。

俺のラーメンのように、修行もなしに魔法が使えたりすることはない。いわゆるゲームのようなスキルみたいにお手軽な物は存在していない。が、魔法、魔力の使い方は多く存在しているという。

通貨は金銀銅貨の他に紙幣もあるとのこと。だが、紙幣は高額なものばかりで信用取引に近い。確実なのは金銀銅貨で金を所持した方が良いとのこと。

国ごとに戸籍制度みたいなものがあり、戸籍がない者はスラムのような場所で生きるしかない。冒険者ギルドで誰でも身分証とかは出来ない。などなどだ。だがなんで俺がジジイに選ばれたとか核心に迫るような話は答えてもらえなかった。


昼飯にラーメンを食う。

物欲しそうにハスキーが見てくるので、二郎系インスパイアみたいなラーメンを、豚マシマシで出してやると、


『はぐっ、はぐっ、これ、は、はぐっ、う、ま……』

「黙って食えよ……」


どうやらお気に召したようだ。熱いのが平気なのかと思ったが、鼻先がスープに浸かるのも気にせずに、無心で食い続けた。

まだ俺が半分も食べてないのに、舌で鼻先や口周りをべロリと舐め回し、また物欲しそうに俺を見る。


「……、食うか?」

『っ!い、良いのか?!』

「ああ……」


俺の食いかけのどんぶりを置いてやった。食いかけなどを気にせずに、がぶがぶと食らいつく。まあ、狼が食いかけを気にするとは思えないが。こっちはハスキーの食いっぷりを見て腹一杯だ。


「あー、これを毎日食わせてやれるのになぁ、一緒にいればなぁ」

『ぐっ』


食い終わりの頃合いで、俺が誘惑してみると、ハスキーはなんとも言えない表情になった。だが、首をブルブルと横に振り、


『ええい!無理だと言っている!!……、き、貴様も早く世界を見て回るのだ!』

「なんだ?俺の目的は旅行なのか?」

『そうではない!くっ、と、とにかく街へは一人で行け!』

「わかったよ」


これで釣れないとは……、仕方ない、諦めるか。


『だ、だが、たまには様子を見に来てやっても良いぞ?!』

「ははっ、あー、そうしてくれよ」

『仕方ないな!妾は面倒なのだがな!』


分かり易すぎる、そんなに美味かったか。お前の尻尾、ちぎれそうになってるが大丈夫か?このぶんなら次に出会った時には陥落出来るな、チョロい。

まあモフモフ枠の予約は取れたってことにしておこう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



エルザの話では、川に到着してから更に3日かかるって話だったが、夕方前には街が見えてきた。そりゃそうだ。昼飯の後からはハスキーはブンブン飛ばして、落とされないようにしがみつくので必死だった。

成人男性の平地の徒歩の時速が5kmとか言われてるが、ハスキーの走りは4,50kmは出てたと思う。それでも俺を落とさないように全速力じゃなかったというから、とんでもない脚力だ。流石異世界。


『ここからは歩いていけ。妾の姿を見られると騒ぎになるのでな』

「わかった」

『妾の顎の下のケースを開けよ』

「ん?」


ハスキーの前に回り込み、顎を上げてるハスキーの顎の下を見ると、首輪にタバコの箱サイズのケースが付いていた。蓋止めをはずして中を出してみると、ハンコのように何かの紋章が描かれた指輪と、タバコのように細い形の金属の棒、これは笛か?それと金貨が3枚出てきた。


『30年前、人間同士の戦争で滅びた国がある。名をミッドランド王国と言う。敗戦の際、王族やほとんどの貴族は皆殺しにあったが、生まれたばかりの王家の子供が難を逃れた。その指輪はその子の身分証明だ。貴様も歳は30だと言う、その指輪を門番に見せその子供が貴様だったと言うがいい』

「言うがいいってお前、そんな簡単に王家の生き残りなんて信じてもらえないだろ……」

『貴様はオリハルコンの剣を持っていたな?ミッドランドにも宝物庫にオリハルコンの剣があった。それを受け継いだと指輪と合わせて見せれば充分な証拠になるだろう』


エルザが俺を襲った時に見ただけで、あの剣がオリハルコンってわかったのか。しかもオリハルコンはそこまで貴重なものってことだ。エルザたちはミスリルと勘違いしていたが、やっぱこれ、簡単に人に見せられねーな。


「っていやいや、それ以前によ、そんなん絶対面倒くさいフラグじゃねえか!!」

『フラグ?』

「面倒になるってことだよ!」

『そうだな、なるかもしれぬ』

「はあ?!」


意味がわからない。面倒事になるのにこの指輪を見せて王家の生き残りだと名乗れと?そんなん信じてもらえても最悪殺されかねないんじゃないのか?!


『だが貴様、戸籍がないのにどうするつもりだ?戸籍がないなら、いくら金があろうともスラムで暮らすしかないぞ?職にも着けんし、宿にも泊まれるかわからぬぞ?』

「……え?……、いや、冒険者ギルドとかは────」

『先も言ったが、冒険者ギルドは貴様の思うようなところではない。身分の証明も出来なければギルドから仕事が斡旋されるわけなかろう』

「マジかよ……」

『言っておくが、スラム出身から戸籍を獲得するのは並大抵の苦労ではないぞ?それならば裏社会の頂点に登る方が容易いくらいだ。たかだか盗賊3人殺したくらいで、子供のように泣きじゃくる貴様では到底無理だ』

「ぐっ……、で、でもよ!王家の生き残りはないだろ?!絶対ヤバいって!」


そのくらい俺だってわかる。間違いなく死亡フラグだ。


『ミッドランドとエステランザは、離れてはいたが同盟国だ、そこまで酷い事にはなるまい。まあ、粉をかけてくるやつや、多少の揉め事はあるだろうが、スラムから這い上がるよりはマシだ』

「そこまでかよ……」


一体どんなスラムなんだよ!

またラノベの知識みたいになるけど、大体主人公は逆境から這い上がったり、スラムから成り上がったりするもんじゃねーの?!

俺的には王家の生き残りを名乗るより、スラムから這い上がる方が楽に思えるが、ハスキーがここまで断言するのが引っかかる。


『まあ、好きにするが良い。街に入る前の城壁の外にスラムはある。そこを見てやっていけそうだと思うなら指輪は隠しておけ。無理だと思ったら城壁の門番に指輪を見せよ』

「あ、ああ……」


それが一番だと思うが、それでもまだ不安点はある。


「仮によ、王家の生き残りを名乗るとしてもよ、今までどうしてたって言われたらどうすんだよ」

『カリューム帝国のスラムに隠れ棲んでたと言え。カリュームとエステランザは隣国だが敵対状態だ。カリュームのスラムの事情など調べようもないからな』

「あとその王子は生きてるのか?仮に生きてたら、バレたら俺ヤバい事にならないか?」

『その心配は必要ない。死んだ、と、言いたいところだがまだ生きている。だが、絶対に人間の世に顔を出すことはない。死んでるのと同じだ』

「絶対なんてねーだろ」

『絶対だ、それは保証する。妾の命をかけて』

「……、わかった。信じるよ」


ハスキーのあまりの真剣な表情に気圧された形で信じる事にした。

だけどそれだけじゃない。

この異世界、アーステンで俺が信じられるものは俺しかいない。それはとても辛い事だ。

ハスキーは突然現れて俺の命を救い、ここまで色々してくれてるのだ。ハスキーが信用出来ないなら、この先何も信用など出来はしないだろう。ハスキーがあの妖精と組んで、なんか企んでるって可能性はあるが、ハスキーが俺をハメたり殺したりしたいならこんな面倒な手順を踏む必要はないだろう。ならば俺に害を与えたいわけではないというのだけは真実なはずだ。


「一個だけ聞かせろ。俺に何を求めてる?まさか何も無いってことはないだろ?」


ハスキーは真剣な表情のまま、


『もちろんある。だがそれを今言うのは未来に影響を与えてしまう。だからくどいほど言うが、己の眼で見極めよ。今、妾が言えるのはこれだけだ』

「わかった。礼を言っとく。ありがとうな」

『礼ならば、次は豚マシマシではなく、マシマシマシマシにするのだ』


ハスキーは狼の顔ながら、笑ってるように見える。ハスキーなりの冗談なのだろう。

俺もハスキーに答えるように、自然と笑顔になった。まあ、尻尾を見れば冗談ではないのが丸わかりだが。


『最後に一つ、人の世を捨ててでも助けが欲しくなったならばその笛を吹け。妾が何処へでも乗り込み助けてやる。だが二度と人間の国には戻れないと思え』


この細い金属の笛は犬笛のようなものか、でもこれは有難い。単純にポニーサイズの狼ってだけでもかなりの強さを感じるが、何か得体の知れない力みたいなのをハスキーから感じる。本当にどこへでも乗り込めるくらい強いのだろう。


「ああ、わかった。ありがとう。じゃあ、またな」


日が暮れると街に入れなくなると言うので、俺は急ぎ足で巨大な城壁、その外側に見えるスラムへと向かって歩き出した。

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