第9話
今度こそ、今度こそ本当に完全に吹っ切れた。
甘かった。どこまで行ってもやはりアニメやラノベのような感覚が抜け切れてなかった。
これは現実なのだ。
食うためには殺すし、肉親を殺されればどんな理由だろうと恨むし、腹も減るし喉も乾く。当たり前のことだ。
「今度こそ本当にひよらない。ラノベじゃないんだ、ご都合主義はない」
現実を生きるならまずは食う事、その後は情報と力だ。これが無いことにはどうしようもない。力とは単純な強さだけではない、金、権力、信頼、様々なものがあるだろうが、確固とした安全を確保出来るようにしなければならないだろう。
まずは食う。
俺は気合を入れるために濃厚魚介豚骨ラーメンを生み出す。
極太の麺に、青味のほうれん草、肉厚なチャーシューに少しのにんにく、程よく味が染み込んだ味玉にどんぶりの縁を飾る焼き海苔。これぞ家系ラーメンってやつだ。
俺は一心不乱に麺をすすり、ガツンとくるスープまで飲み干してどんぶりを地面に置く。
「ふぅ……、食った。腹が膨れたら次は情報だな。……、で、何か用か、ご都合主義」
『良かった、このまま無視されるのかと不安になったぞ』
「なわけねーだろ。大事な情報源なんだから」
そう、狼だ。
シベリアンハスキーの見た目にそっくりな、黄色と青の瞳のオッドアイの狼だ。鼻筋から背中は輝く黒い毛並みで、腹側は白い毛を生やしている。
『妾が人語を話すことに驚いて貰わぬと困るのだが……』
「ハッ、今更その程度でビビれるかよ。こちとら妖精にも会ったことあるんだぜ?」
俺の腹は座った。この程度は想定の範囲内だ。
なんとなく会話が出来ると思っていた。エルザに襲われた時も明らかに俺を助けてくれたし、その後俺が泣き腫らしている時も、泣き疲れてそのまま寝てしまって朝起きた時も、ずっと座って待っていたのだから。普通の狼のわけがない。
「エルザの死体はどうした?食ったのか?」
『妾は獣ではないぞ、人は食わぬ。貴様が寝てる内に妾が埋めたのだ』
「そうか、悪かったな」
少し離れた所に、こんもりとした地面がある。あれがエルザだろう。
俺は川から水を汲み、飲み水にするために沸騰させる作業をしながら狼と会話する。
「で、用があるんだろ?あっ、助けてくれたんだろ?ありがとな」
『やっとか。その気持ちがあるならまず飯を食う前に言って欲しいものだ』
「悪りい悪りい。でもエルザは自殺したんだぞ?なんでエルザを突き飛ばした?何から守ってくれたんだ?」
『あ奴は口内に、歯に毒を仕込んでいた。貴様に口移しで毒を盛るつもりだったのだ。失敗したので最後に毒を貴様に吐き出した』
「なるほど、でもなんで自殺しながらキスをしようとしたんだ?普通に剣を避けてキスしたら良かったじゃねえか」
『貴様があ奴の同衾の誘いを断ったろう、本来は同衾中に口移ししたかったのだろうな。それに連れの2人を貴様に殺されている。まともなやり方では絶対に通用しないと踏んだのだな。事実、妾が介入しなければ貴様は毒を食らっていたぞ?』
「たしかに……」
元より本気で自分の命は捨てるつもりだったのだろう、その状況の中で1番確実に俺を殺せるだろう方法が、あの自殺だったと言うことだ。確かに自ら剣に刺さりに来るのは面食らった。それで身体が硬直してしまった。この狼に助けられなかったら、毒を食らってたのは間違いない。
「ってお前、連れの2人をって、そんな前から見てたの?あっ、もしかしてジジイの使いか?」
狼はジジイの使いと言われると、鼻筋にしわを寄せ、明らかに不機嫌になった。
『そんなものではない』
「ん?なら妖精側か?」
『……そうだ』
「てか、お前らとジジイの関係はなんなの?敵対してるわけ?」
狼は目を細めて身体をピクリとさせたが、まるでため息をつくかのような態度をして、
『そうかも知れぬな』
「なんだよ、もったいぶるなよ」
『貴様にはまだ早い。まずは己の眼で見極めよ』
「んだよそれ……」
『リステル様が来るなと忠告したにもかかわらず、来てしまうのが悪いのだ』
「リステル?あー、あの妖精か」
『だが妾はむしろ貴様が来て良かったと思っている』
「何、俺が来たことに意味があるの?ジジイは何も言ってなかったぞ?」
『ある。だが今妾がそれを教えるのは、ガングリフと同じことをするのと同義だ。だから己の眼で見極めよ』
「……、ガングリフってのは?」
『貴様がジジイと呼んでいる者の名だ』
「ほーん……」
なんだよその名前は、白い服着た白い顎髭のジジイでガングリフ?その配役だと俺が異世界に来た意味は、指輪でも捨てに行くのか?安置な名前だな。
「ならお前の名前は?ハスキーか?」
すると狼らビクリとして四つ足で立ち上がり、大きく目を見開いて口を開いた。驚いているようだ。
『まさか貴様……、今のは妾の名か?』
「ん?、あー、名前ってほどじゃねえけど、お前って呼ぶのもな。なんて名前だ?」
シベリアンハスキーそっくりだからハスキーと言っただけだ。ジジイがガングリフなんて安置な名前なら、お前も安置かと適当に言っただけだった。
『……妾に名付けるなど……』
「なんだよ、なら名前を教えろよ」
『妾に名は無い……』
「ねーのかよ。ならハスキーって呼ぶよ」
『っ!、貴様!!』
すると狼は鋭い牙を見せ、明らかに威嚇するような態度をする。
「き、気に入らねーのか?ならやめるよ」
『……、いや……、気に入らないわけではない……』
見ると狼の尻尾はブンブンと振られ、落ち葉を巻き上げている。喜びすぎだろ!
「あー、そう。ならハスキーだな。よしじゃあ行くか」
煮沸した水を冷まして飲み、道具をリュックに入れて背負い、剣を腰に下げて出発の準備をする。
『む、もう行くのか?』
「ああ。どうせ話は道中で出来るだろ?」
するとハスキーはこてんと首を横に傾げた。
『なんのことだ?妾は行かぬぞ?』
「えっ?来ないの?!」
まただ。またラノベの癖が出てしまった。人語を話す狼が助けに来たとなれば、それは完全に仲間になるフラグだ。完全にモフモフ枠で序盤の安全確保役だとナチュラルに思い込んでいた。でもここまで絡んできたんなら、それが流れってもんじゃねーの?!
『妾が共に行けば、貴様の思考が傾いてしまう。先も言ったが、まずは己の眼で見極めよと申しておる』
「マジかよ……」
現実なのだからこんなこともあるだろう、だが何故かものすごく損した気分になる。
ラノベ脳はそう簡単に抜けきれないかもしれない。
「……せっかく名前も付けたのに?」
『ぐっ……、ま、まあそんな未来もあるかもしれぬ、だが今ではない』
「頑なだな、おい……」
どこでフラグをへし折ってしまったのか。
だが折れてしまったのは仕方がない、未来はあるって言うんだからここは譲歩しておこう。
「あー、じゃあ、タリアだっけ?街の近くまで案内してくれよ。その間にこの世界のことを聞かせてくれよ」
『ふむ、わかった。そのくらいなら良いだろう。ならば妾の背に乗るが良い』
するとハスキーの身体が発光しはじめ、数秒経つとポニーほどの大きさになった。さすが異世界。
『乗れ』
「ありがとな」
俺はハスキーの背に乗り、タリアの街へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます