第8話
「それも勇者の力かよ!!」
「は、はあ?!勇者ってなんだよ」
「あんた、勇者だろうが!」
「……、な、なわけねえだろ」
「あたいは誤魔化されない。そんな格好でひょろひょろしてるくせに、身のこなしは素早いし、常識を全く知らないし、あの食いもんは保管庫の魔法だろ?!、それにアース語が話せない?そんな奴は居ないよ!本に書いてあった勇者そのものじゃないか!」
きっとエルザの言っている勇者とは、日本から転移してきた奴のことを指しているのだろう。てことはかなり前からバレてたってことだ。
「グ、グリュームから逃げてきただけだ」
「馬鹿だね!グリュームなんて国はないよ!あたいがカマをかけたんだ!それ自体が証拠だよっ!」
「……」
マジか、そこまでか。
要はそこまでするほど俺のあの時の状況は怪しさ満点だったってことだ。
……、こりゃこれからも日本から転移してきたことを隠すのは無理かな。
「……、俺が勇者ならどうだってんだよ。街に情報でも売るか?」
するとエルザの顔が、驚愕と緊張という顔つきから、目を半眼にして俺をにらみ、憤怒、悲壮、覚悟という表情に変わる。
「いや、そんなのはどうだっていいよ。あたいの目的はたったひとつさ」
「……この剣が欲しいのか?」
「違う、あんたの命さ」
「……、何故だ」
「決まってるだろ、父と旦那の仇だよ」
「っ!、まさか……」
あの男2人は自分の父親と夫かよ!
真実を知り、俺は思考が停止する。
「父ちゃんを……、旦那を……、許せない……、あたいらは必死に生きてきただけなのに……」
「お前らが襲ってきたんだろうが!」
「だから何?そうしなければ生きられないんだ、仕方ないじゃないか。……、それに……、さんざん搾取されて、終いにゃ街まで追い出される始末、こんどはあたいらが搾取する側になってもいいだろ?!」
無茶苦茶だ。俺には一切関係ない。
「俺が搾取したわけじゃないだろ」
「そんな良い剣を持ってるんだ、どの道あんたも奪う側だったんだろ?」
そんなわけない、こちとら転移してきたばかりだ。むしろ俺の異世界での歴史はお前らが俺から搾取しようとしてきたこれが全てだ。
「……、そこまで憎んでる俺に、なんで抱かれようとしたんだよ。おかしいじゃねえか」
エルザは鼻で笑い、
「あたいを抱けば必ず隙が生まれる。そん時に殺してやろうと思ったんだがね。まさか犯しに来ないとは思わなかったよ」
「……、クソが。なんで襲われたこっちが恨まれるんだよ……」
「あんたが殺したからだろうが!」
「……悪かったとは思わない。殺さなければ俺が殺されていた!」
「それでも、あたいには父と旦那が全てだったんだよ。それをあんたはあたいから奪った。だから……、殺してやる」
「……、今までの全てが嘘だったのか?エルザ」
少し同情のような、よくわからない感情が芽生え始めていた。正ヒロは無理でも、一緒に居てもいいかなとも思い始めていた。それが実はずっと殺意を秘めて、虎視眈々と仇打ちの機会を探っていたとは。
「気安く名前を呼ぶんじゃないよ!!絶対に、絶対に殺してやる!!」
エルザは涙をボロボロと零す。
「やめとけ。俺は強くはないが剣がある。お前は丸腰だ。少しは罪悪感はあるけど死んでやるつもりはない」
「丸腰でもねっ、人間捨て身になれば何でも出来るんだよ!!」
エルザは俺に向かってまっすぐと走りだした。俺はオリハルコンの剣を両手で持ち、威嚇の為にエルザに向かって剣を突き出す。
だが……、エルザはまるで突き出された剣が見えていないかのように、まっすぐ、まっすぐに突進してくる。
見えてないのか?
一体どうするつもりだ?
わからない。
状況は劣勢なはずなのに、突進してくるエルザが怖い。
「ぐふっ」
「っ!なっ!」
オリハルコンの剣が、豆腐でも突き刺したかのように何の抵抗もなくエルザの腹を貫く。
エルザは自分から剣に突き刺さりに来たのだ。一瞬で頭が真っ白になる。手が硬直して動かない。だがエルザは、痛みに顔を歪めたまま両手で俺の顔を掴んできた。そして俺の顔を引き寄せる。2人の距離が近づき、更に深くまで腹を貫く剣。
するとエルザは俺の顔に自分の顔を近づけ、キスをしようとしてきている。唇がほんの少し触れたかと思うと、
ドン!!
エルザは俺の目の前から消えた。いや、横に吹き飛ばされたのだ。見ると、さっきの狼がエルザに体当たりをしてエルザを吹き飛ばしていた。
「エルザ!」
俺はすぐにエルザに駆け寄り、腹にオリハルコンの剣が刺さったままのエルザを、抱き寄せるように肩を持ち上げると、
「……、っ……、地獄へ落ちろ、ぷっ」
エルザがツバのような何かを、俺に向かって吐き出したのが見えた瞬間、
ドン!
今度は俺が狼の頭突きで突き飛ばされた。
数mほど転がり、起き上がり狼を見る。
狼はエルザのとなりに四つ足で立ち、じっと俺を見ていた。
わけがわからない。
エルザが突進してきてから、ものの十秒やそこらでこの状況だ。
「エルザ……」
エルザの両目は瞳孔が開き、焚き火に照らされた木を見つめている。どうやら事切れたようだ。
狼を見る。狼はじっとエルザの死体のそばに立ち、俺を見つめ続けている。
「なんだよ……」
楽しいはずの異世界
「なんなんだよ……」
憧れを抱き、退屈な日常から抜け出した結果
「なんなんだよもおおおおおおおおおお!!!!」
アニメやラノベのような、楽しい未来は存在しなく、たった2日で3人の命を奪った。奪わされた。
そうしなければならなかった。それを否定すれば地に伏しているのは自分だった。
まだ魔物にも出会えてないのに、冒険者ギルドにも行ってないのに、貴族とのやり取りも、大金で豪邸を買うのも、悪漢に襲われてる女の子を助けるのも、ハーレム状態なのに鈍感なフリをするのも何にもしていない。
異世界に着いてからの経験と言えば、殺人に次ぐ殺人、どこにも救いがなかった。
「なんで……、なんでだよ!!!」
夜の帳が下りた森には、気を許しかけた女の死体と、鼻をすする音と怒号にも似た悲痛な叫びだけが響き渡った。
『いやいやいやいや、妾、なかなかの存在感のはずなのだが……、命も助けたのに……』
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