第7話

「とりあえず川で水浴びしろ」

「ついでだ、洗濯もいいかい?」

「……好きにしろよ」


川は幅10mくらいの河原だった。色々ありすぎて気づかなかったが、どうやら川は上流に近い中流って感じの位置だ。右の方を見れば遠くに大きな山がそびえ立っていて、川はその山から流れてきている。今までずっと緩やかな斜面だったが、相当テンパっていたのかそんなことにも気づかなかった。まあ、言い訳をすれば森が濃くて空が見えなかったから山を確認出来なかったのだ。


川は澄みきってきて、魚が泳いでるのさえ見える。女の拘束を解いてやると、女はその場で全裸になり、リュックからタオルを出すと、川に入ってバシャバシャと頭や身体をタオルで洗い出した。そのまま川の中で自身の服や下着も洗う。


「石鹸があるのか」

「あたり前だろ?グリュームにだってあるだろう」

「……もちろんそうだが、盗賊が石鹸を持ち歩いてるなんてな」

「あたいらは盗賊だとまだバレてないからね。街にも入れるからたまに仕入れてるんだよ」

「そうか」


この異世界はやはり相当文明が進んでいる。石鹸まであると言うことは、下手したら石油や電気まであるか?

まあその辺は街に行けばわかるか。

女は洗濯を終えると、全裸のまま自身の服や下着を木の枝に干していく。身体を全く隠そうともしない。

そして笑顔で俺を見て、


「さあ、身体を綺麗にしたよ。さっさと抱きなよ」

「……抱かないと言ってるだろ」

「あんた、男色なのかい?」

「なわけねえだろ」

「なら、処女信仰かい?」

「違うよ」


信仰とは、要は処女厨って言いたいのだろう。風俗のスペシャリストの俺がそんな訳がない。


「あたいに興味が無いってことはなさそうだ、いやらしい目をしてるしね」

「うるせえ」


実際、かなり良い身体をしている。盗賊だからか冒険者あがりだからか、身体も引き締まり出るところも出ている。

欲情しないってことはない。もちろん抱きたい気持ちはある。だがよく考えて欲しい。異世界モノのラノベやアニメなどでは、初めて抱いた女はかなりの高確率で正ヒロインだ。

俺はこんな盗賊くずれの、しかも俺に襲いかかってきた女を正ヒロインにするつもりはない!


「まあ、いいさ。水を飲まないのかい?」

「あー、生水を飲むのはな……」


いくら一目綺麗な水に見えても、川の水、しかも異世界産の生水をいきなり飲むのは無理だ。異世界産の食い物を食ったりして、身体を慣らしてからのが無難だろう。

盗賊の男たちのリュックの中に、やかんのような鍋のような中途半端な鍋があった。それで川の水を汲み、マッチで火を起こし、石を積んで簡易かまどのようにして、鍋を火にかける。


「ほら、食えよ」

「悪いね」


女にラーメンを出してやる。女は割り箸を割らずに麺を掬って口に運ぶ。啜ることも出来ないことから、なんとなく西洋っぽい印象を受ける。

俺は剣を近くの木に立て掛け、味噌野菜ラーメンを出して食べる。やっぱ野菜の摂取は大事ですから!!


本当なら、根掘り葉掘りもっと色々情報を得たい。だが、道中の話で俺の出身はこの国の外ってことになっている。こっちから何か言っても墓穴を掘りかねないし、質問をされても返答に困りそうだ。

だからなるべく会話をしないことにした。

だから見る。

見るしかない。

全裸でラーメンを食う女を。

胸も股間も隠しもせず、まるで羞恥心がないかのように振る舞う女を。


「そんなに気になるなら、さっさと抱けばいいじゃないか」

「……ひとつ聴きたいんだが、俺はお前の仲間を殺したんだぞ?いやまあ、言い訳させて貰えば、殺したくて殺したわけじゃねえけど、それでも殺したんだ。なのになんで逃げようとしないんだ?」


女はラーメンからチラリと視線をこちらに向け、ちょうど食い終わったようで、どんぶりを地面に置いた。そして少しだけ表情を暗くして口を開く。


「昨日も言ったけど、女が一人で生きてくのはとんでもなく大変なんだ。特に町の外で生きるあたいらみたいなのはね……」

「ならずっと俺に着いてくるつもりか?」


女は俯いて首を振る。


「あんたがあたいを情婦にでもするつもりならそうするけど、どうやらあたいのことはお気に召さないようだ。安心しな、あんたの世話にはならない、あんたをタリアまで案内したら死ぬよ」

「死ぬってお前……」


女は顔を上げ、俺を見つめる。目には涙が溜まっている。


「言ったろ?遅かれ早かれ同じことさ……、もう疲れたんだよ……」

「……」


重い!

重すぎる!

これ、俺のせいか?!

いやいや、こっちだって殺されかかってるんだから!一歩間違えれば俺は死んでいた。そして俺が死んだらこいつらは、3人でワイワイしながら笑顔で剣を売って豪遊してたのだ。それを忘れて同情してはいけない!

俺が後悔のような、罪悪感のような、憤慨のような気持ちと戦ってると、


「気にしなくていい、これから亡命するあんたに何が出来るのさ。自分のケリは自分でつけるよ」

「……、なあ、お前、名前なんて言うんだ?」


聞いてしまった。敢えて聞かないようにしてたのに。名前とか聞いたら情が沸くかもしれないから聞かなかったのに。

女はフッと鼻で笑い、


「なんだい?情婦にする気になったかい?」

「いや……」

「いいさ。エルザだよ」

「エルザ……か……」


ほらな、名前を聞くと、なんだかわからない気持ちが湧き上がってくる。

これ、今から「ハイ、サヨナラ」って出来るか?俺と別れたら死ぬとか言ってるやつを。

むしろ直接殺すのとなんら変わりないんじゃねえか?


「クソがっ!」


俺は空になったどんぶりを、遠くの木に投げつけ、川へと足を運ぶ。

手を洗い、顔を洗い、地面に膝をつき頭を洗う。このわけわからない感情をなんとかしたかったからだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



服が乾く。

エルザは服を着て、木に寄りかかって座っている。

もう夜だ。

その辺からかき集めた木の枝を燃やして、照明代わりの焚き火を炊き続ける。

パチパチと枝が燃える音と、川のせせらぎの音だけが周囲を埋め尽くす。


エルザはもう横になっている。

俺は座りながら木に寄りかかって、焚き火を維持する。

拘束はしてない。

まさかエルザのあの精神状態からこっちを襲いにくることはないだろう。万が一、万が一俺の剣を盗んでどこかに行かれたとしても、召喚効果で剣を呼び戻せばいい。それに俺もかなりの疲労と寝不足なのだ、自然とまぶたが重くなる……。


ドン!


「んあっ!!」


俺は横から右腹を何かにどつかれて目を覚ました。

すぐに目線を右にやると、そこにはシベリアンハスキーのような犬がいた。

いや、狼だ!!


「うわあ!」


思わず左に後ずさって狼から遠ざかる。


ザシュ!!


そして目の前に山吹色の閃光が走った。俺はそれに意識が持っていかれ、狼から目をそらす。


エルザだ。

エルザは鬼の形相でオリハルコンの剣を両手で振り下ろし、俺が動いたことで空振りして剣先が木にめり込んでいる。


「な、なっ!!」


すぐさま狼を確認すると、もう狼は居なくなっていた。状況はフル回転で動き続ける。

エルザは木から剣を抜き、最上段へ振り上げ、殺意を込めて俺を見下ろしている。


「ああああああああ!!」

「剣よ戻れ!!」


シュン!


「なっ、え?!」


オリハルコンの剣は、俺の右手に戻った。

エルザは驚愕から目を見開き、剣が消えた両手掌と俺を交互に見る。何が起こったか理解出来ないようだ。


「な、何が……」

「そうか、お前は気絶してたから。知らなかったんだな、エルザ……」


俺もはっきりと状況を理解する。

俺はエルザに寝込みを襲われたのだ。

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