第5話

泣いた。

声を出して泣いたのはいつ以来だろうか。

計算して泣いたわけではないが、子供のように泣いてみたら存外すっきりとしてしまった。


「こんなんじゃダメだ、日本の常識は捨てないと」


ラーメンがもったいない、罪人だろうが人を殺してはいけない、それ以外にもこれから色々な状況に出くわすだろうが、古い常識を捨て新しい知識を取り入れ、順応していかなければ生きていけないだろう。


「異世界はお手の物だろ?!割り切れ!切り替えろ!」


敢えて声に出すことで、自分自身に言い聞かせる。

女を確認してみる、息がある。こいつを利用しなければ。利用すると言っても下ネタ的な意味ではではない。いや、この女に魅力がないと言うわけではない、そういうわけではないが臭いのだ。

盗賊だからだろうか、何日も風呂に入ってない臭いがする。それにさっきまで命のやり取りをしていたのだ、そんな気にならない。


女のベストを脱がし、綿のシャツを脱がせる。

ブラジャーだ、ブラジャーがある。日本のと違いデザイン性はないが、それでも異世界にブラジャーがあるとは思わなかった。女の腕を女の綿のシャツを使い、後ろ手に縛る。そしてズボンも脱がし、ベルトで乳下辺りを腕ごと締め上げる。更にズボンを使って女の脚を可能な限りキツく縛ってみる。拘束効果はベルトぐらいしか意味なさそうだが、それでも念の為だ。


「しかしくせえな」


ズボンを脱がせたら更に臭いが増した。


「パンツもかよ……」


異世界と言ったらカボチャパンツと思っていたが、日本でも見る普通の綿の女性用パンツを履いている。ゴムがあると言うことだ。

と、言うことは、知識チートは不可能な気がしてきた。男の服も汚いが作りは悪くないように見える。ベルトのバックルも金属製だし、靴なんて綺麗ならば日本の物と大差ないんじゃないだろうか。女のブラとパンツと合わせて考えたら、そこそこの文明と予想出来た。


俺はその場に座り込み、女が起きるのを待ちながらラーメンを食べる。


「……味も変えられるとはな、無駄に高性能だな」


味噌とイメージしてみたら、もやしがこんもり乗った味噌ラーメン箸付きが生み出せた。ここまで自由度が高いなら、コップ一杯の水くらい出してもらいたいものだが、本当にラーメンに関するものしか出せない。高性能なようで痒いところに手が届かない。


「……それ、食い物だったのかい……」

「起きたか」


食い終わりそうになった頃、女が目を覚ました。


「悪いがお前のツレは殺した」

「それは仕方ないさ、でもこれはないだろう?」

「また襲われたらかなわんからな」

「今更そんなことするかい。虫に刺されちまうよ」

「信用出来んな」


実際、油断しなければ勝てそうには思える。思ったより身体が良く動いた。

女はラーメンのスープを何杯も浴びたせいで、低温やけどでほぼ全身が真っ赤に腫れている。地面の落ち葉が当たっても痛みがあるのだろう、足で勢いをつけて上体を起こして座った。


「あたいも殺すのかい?それとも犯してから殺すかい?」


この後に及んでも女は不敵な笑みを浮かべている。犯されれば、犯されてる最中に反撃出来ると考えてるのか、それとも全てを諦めてるのか。


「犯しもしないし、殺しもしない。聞きたいことに答えてくれたら、解放してやるよ」


女は眉間に眉を寄せ、不思議そうな顔をする。


「まさか本気で街の位置が知りたいのかい?」

「ああ、出来れば先に川があるならそれを知りたいな」

「……、川はこの辺にはないよ。川までは2日かかる。タリアの街に流れてる川だ」

「……ならお前ら、食料と水はどうするつもりだったんだ?」

「食い物はイノシシやら鹿やらを捌くさ。水はここから西に向かえば湧き水が出てるところがある。あたいらもそこに向かうつもりだったのさ」


色々と話を聞いてみた。女は渋るかと思ったがつらつらとなんでも答えてくれた。もちろん女の言ってることを信用してるわけではない。だが、仮に嘘でも情報がなければ判断のしようもない。それに全てが嘘という事もないだろう、後はこちらで精査するしかない。


女からの情報は、

・勇者語は約7割ぐらいの人間が使える。孤児院とかでも両方話せるようにと教えるくらいだと言う。

・勇者語は、大昔、勇者と呼ばれる奴が国を興し、『必ず勇者語を浸透させるように』と御触れを出した。それから最低でも500年は経っている。

・こいつらは盗賊、冒険者として生きてきたが、食えなくなって盗賊に身を落とした。初犯ということでもない。などなど。


「なんだ、諦めたのか?無駄には殺さないと言ってるんだぞ?」

「どうでもいいさ、あんたがここであたいを殺さなくても、遅かれ早かれ死ぬ事になるさ」

「……なんでだよ」


女はハッと鼻で息を吐き出すように笑う。


「仲間は殺され、武器も取られ、一人じゃ獲物も狩れない。どうやって生きていけってのさ」

「そっちから襲ってきたくせに」

「あたいらは盗賊、カモが居れば襲うに決まってるだろ」

「なら返り討ちになったからって文句を言うなよ」

「別に仲間を殺された事に文句言ってないだろ?ただ、どうせあたいも終わりだって事だよ。だからどうでもいいって言ってるだけだ。……、なんならあんたが殺してくれてもいいんだよ、結果は同じだしね」

「……」


こう捨て扶持になられると気分が悪い。

こっちのが被害者なのに、まるで俺が悪いみたいな物言いだ。


「……、なら、奴隷とかになったらいいだろ。飯は食えるだろ」

「奴隷?あんたいつの時代の話をしてるんだい?」

「は?」


大昔は奴隷制度はあったらしい。だが奴隷制度はなくなった。奴隷に反旗を翻され、所有者が殺されるからだ。

そう、いわゆるラノベ特有の奴隷紋みたいな、魔法効果がある束縛する方法がないと言う。

もちろん、奴隷のように人買いもあるにはあるが、大金を出して人買いから買っても逃げ出されたら終わりだし、いつ背中から刺されないとも限らない。常に監禁、監視するのも多大な労力がかかるし、衣食住も面倒見なければならない。

そんな金と手間をかけるくらいなら、日雇い労働者を雇ったり、普通に安値で雇用した方がマシだそうだ。


「女が貰える仕事なんてたかが知れてる。仕事もなくて身体も売れないから盗賊をしてるんだ」

「……」


ただ性的な意味で人買いに売られると、大抵の奴(男も女もだが)は厳重に監禁され、無茶苦茶されて死んでしまうと言う。そんなことになるくらいなら、盗賊になって一か八かにかけた方がマシだと、盗賊になったと女は答えた。


「ちなみに殺人や人買いとかは有罪か?」

「街の中でやって、バレればほとんど死刑だね。外ならそれが殺人なのか魔物に殺されたのかわからないだろ?」

「人買いは?」

「あんた馬鹿か?人買いが大手を振って商売してるわけないだろ?」

「……」


どうやら俺は異世界ラノベの読みすぎで、奴隷が普通と思ってしまってるようだ。人身売買はあるにはあるが、超アングラで禁忌に近いってことか。

殺人は、要は科学捜査が出来ないから、ダメだけど捕まえようがないってことだろう。それだと逆に状況証拠だけで有罪にされそうだが、街の中と外ってのが暗黙の了解みたいになってるのだろう。


「それと────」

「もういいだろ。早く殺しな。あたいらの荷物はお前のもんだ」

「……要らねえよ、それよりも情報をだな」

「あたいはもう疲れたよ。あたいを殺してくれ」

「……、出来ない」


異世界に着いたばっかりだっていうのに、もう二人も殺してしまった。

だからって、縛られて無抵抗な女を殺すのはどうなんだ?

無理だ、出来っこない。男の時だって無我夢中になってたら殺してしまっただけとも言える。面と向かって「さあ殺しましょう」なんて出来るわけがない。


「ならせめて服を着させてくれよ、痒くて仕方ないよ」

「……」

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