第4話

三杯目のラーメンを、食わずに森に置き去りにするのは心に引っかかるものがあったが、ジジイの言葉を信じることにして、魔力が形を成しただけ、ファイアーボールをぶっ放すのと一緒と自分に言い聞かせる。

セトモノのどんぶりの価値がわからないが、どのみちいくらでも出せるのなら、もったいなくはない。

そうして当てもなく森を彷徨ってみるが、川は見つけられなかった。水の音さえ聞こえない。


きっと餓死はないだろう、ラーメンを食えば良いのだから。

水がなくても3日以上は持つだろう、スープを飲めば良いのだから。

だが、喉は乾くし手も洗いたい。とにかく大事なのは水だ。


「やっぱり、青の水晶が正解か?」


だが水があっても食料が無ければ同じことだ。それに青水晶が水の何かと決まっていたわけではないし、今更どうしようもない。

そろそろ2時間は歩いたと思うが、川どころか森を抜け出る気配もない。陽の光を見る限りでは、まだ数時間は持ちそうだが、いずれ夜がやってくる。

森で野宿だけは嫌だ。動物や魔物が襲ってくるかもしれないし、虫がやたらと居る。そこまで虫が怖いわけではないが、寝ている時に服の中に入られたり、顔に這われたりするのは避けたい。


そんなことを考えながら歩いていると、進行方向の木々の隙間が明るくなってきた。


「ふぅ……、とりあえず森は抜けられそうだな」


仮に野宿だとしても、森の中よりはずっと良い。逸る気持ちを抑えて、明るい方へと歩き進むと、何か動く物陰が見えた。

人だ。


「お?!……、って言葉通じるのか?……、言語翻訳スキルとかねーのか?」


もしなかったら詰む。

だがあるとは思えない。

ステータス画面もなかったし、そんなお約束物があるなら、鑑定もアイテムボックスもあってもいいくらいだ。


「あー、すいませーん!」


無視も考えた、むしろ逃げた方が良いかとも思った。だが、野宿が避けられたり、水の入手の為にはコンタクトを取るのが最良に思えたのだ。

俺が愛想よく大きく手を振ると、影はどんどん近づいてくる。3人だ。

更に距離が近くなると、顔の輪郭まで分かるようになった。どうやら男2人と女1人らしい。1人は中年の男、1人は俺と同じくらいか?女は20代前半に見える。


「すいませーん!道に迷っちゃって!」


きっと冒険者だろう。街の近くの森に来るなら新米か?

人との対話の基本は笑顔だ。だいたいこれでなんとかなる。俺は無理矢理笑顔を作り、3人を迎える。22から8年も営業一色でやって来たのだ、初対面の愛想ぐらい朝飯前だ。

3人は俺に答えずに、ガヤガヤと仲間内で会話しながらこちらに来る。

もう10mもないって距離になると、女が前に出てきて口を開いた。


「勇者語か?アース語は話せないのか?」

「ゆ、勇者語?!」


乗っけからこれだ。

だが、これは僥倖だった。

とりあえず言葉が通じる。そして、勇者と言われるやつが居る、もしくは居た。俺の日本語が勇者語と言われるならば、勇者は日本人だろう。だいたい先は読めた、ならばそのビッグウェーブに乗ればいい。


「あ、そうなんですよー。勇者語しか話せなくて。皆さん、勇者語は出来ますか?」

「……あたいだけだよ」


おかしい、俺の営業スマイルが通用しない。明らかに3人は顔をしかめている。


「あんた何もんだい?」

「あれ?、この辺じゃ勇者語は珍しいですか?」

「なわけないだろ、ちょっと学がありゃあ勇者語とアース語が使えるのは常識だろうよ」

「ですよねー」


なるほど。

こいつらの見た目から判断するに、きっと冒険者だろう。

2人の男は、動物の毛皮の様な上着を着ている。もしかしたら皮鎧なのかも知れない。下は素材はわからないが普通のズボンに、茶色のトレッキングシューズの様なものを履いている。女も大して変わらないが、毛皮の鎧はつけていなく、釣り人が着る様なポケットがたくさんついたベストを着ている。3人とも腰には剣を、背中にはリュックを背負っている。


「で、あんた何もんなんだい」

「……勇者語しか話せないのがおかしいですか?」

「それもそうだがね、そんな格好で森に居るのがおかしいだろうよ」

「……あっ」


しまった。忘れていた。

確かに俺の格好は異常だ。紺のスーツ上下に黒い革靴、ジュラルミンのバッグに腰には剣、そんな男が森の奥から歩いてくれば俺だって警戒する。

しかし、そう来たのか。俺的には『その服は見たこともない!』とか『そのバッグはなんだ?!まるで宝石のようだ!』とか見たこともない物に驚くかと思ってたのに。


「あー、ちょっとヤボ用で森に入ったら、予想外に奥に入っちゃいまして、すぐ済む予定だったんですけどね。街に帰ろうと思いまして」

「……、街?タリアの街のことか?」

「あ、あー、そうかな?」


女はあからさまに顔をしかめ、何を言ってるか全くわからない言葉で仲間達に話し始めた。

こんな光景見たことあるな、仕事でタイに行った時、現地の奴らと通訳が話してる時と同じ気分だ。あまり気持ちのいいものじゃない。

しばらく待っていると、女がやっとこちらを向いた。


「そうかい、タリアの街かい、なら送ってやろうか?」

「……、え?」

「そんな格好じゃ、街まで帰るのも大変だろうさ。あたい達が送ってやるよ」

「あー、近いんで大丈夫です。街の方角はどっちでしたっけね?」

「方角もわからないのに、一人で帰れるのかい?」

「……」


女はニヤリとニヤつく。あまり良い笑顔ではないな。雲行きが怪しい。俺が言葉に詰まっていると、女は大笑いしだした。


「ギャハハハハハハハ!ダメだ、我慢できないよ」

「……え?」

「あんたが何もんか知らないけどね、あんたがカモだってことはわかったよ」

「は?」

「街まで帰る?帰れるわけねえだろ。タニアまで歩いて5日かかるんだぞ?そんな軽装で荷物もないのにどうやって帰んだい?」


女は男二人に説明して、3人で笑い出す。

あの、クソジジイィィィィ!!

どんだけ辺鄙な所に転移させてんだよ!普通街の近くにしないか?!まさかそんな遠い所とは……。


「まあ、そうでなくても帰れないけどね」


と、言って、3人は腰から剣を抜いた。

まさか……、異世界に着いた瞬間に盗賊?!初めはゴブリンってのが相場だろ?!色々ハードルが高すぎるだろ!


「まさか……、盗賊、ですか?」

「金目のものを出しな。モノ次第じゃ命は見逃しても良いよ」

「……」


どうする!

いきなりの究極の選択だ。俺の武器はオリハルコンの剣とラーメンを出せることだけ。どうやってこの場を乗り切る?!

戦うか、逃げるか、差し出すか。


「……、あっ、ならこれを……。その代わり街の方角を教えてください……」


無理だ、戦うのは無理だ。何のチートも得られずにただ切れ味鋭い剣があるところで、3vs1で勝てるわけがない。

俺はオリハルコンの剣を抜いて、剣を横向きにして女に差し出す。盗賊どもは大きく目を見開いた。


「дѕилнцддк」

「шиикхЅммчфн」

「まさかそりゃあ……、ミスリルかい?」

「あっ、そうです。だから命だけは見逃してください」


本当はオリハルコンだが、いちいち教えてやる必要はない。

女はうっとりするような顔で、俺から剣を奪った。


「……思わぬ拾いもんだよ。上手くいきゃあ一生食いっぱぐれはないね……」


ミスリルでもそんなに高いのか。ならこの剣を持って歩くのは自殺行為じゃないのか?日本だって宝くじの一等の当たり券を持って歩いていれば、無事に生きれる保証はない。


「なら、街の場所を……」


女は男に何かを言い、またニヤリとして俺を見る。


「こんな大層なものを貰ったとあっちゃあ、街で言い振らされても困るからね。あんたにゃ悪いが死んでもらうよ」

「ですよねー」


だと思ったよ!!

なんてハードモードな異世界なんだ!

もうやるしかない。殺人の覚悟が出来てるわけじゃないが、殺されるよりは殺した方がマシだ。それに異世界なら盗賊は殺しても罪には問われないってのが定番だ。

あとは、俺がやれるかどうかだけだが。


「先手必勝おおおおお!!!」


俺は左手にどんぶりに入ったラーメンを生み出す。盗賊たちはいきなり現れたそれにびっくりしたようで、一瞬硬直した。俺はこの機を逃すわけにはいかない。


「そおおおおおい!!」


女盗賊に投げつける。女盗賊は飛来したどんぶりを剣で叩き割るが、中身のラーメンが止まるわけがなく、中身が女盗賊に降りかかった。


「јчпдб!!!」


きっと熱いと言ったのだろう。俺は休む暇を与えないように、左手でラーメンを生み出し、右手で盗賊たちにぶつけていく。


「そおおおおい!そおおい!」


一発目は剣で避けられる、が、中身が当たれば熱さにのたうちまわる。そこに追撃でラーメンを何杯もぶち当てる。


「おりゃ!おりゃ!おりゃ!、この!クソ!が!死ね!おりゃ!」


熱い所に更に熱々のラーメンが降り注ぎ、盗賊たちはのたうちまわりながら、顔にまとわりついた麺を引き剥がすが、また更なるラーメンが降り注ぐ。

ラーメンの良いところは、被害は火傷だけじゃない。どんぶりは陶器だ。考えてみてほしい、成人の男性に渾身の力でラーメンどんぶりをぶつけられたら、どの程度痛いだろうか。当たりどころが悪ければ死ぬかもしれない。これがかなり効果的だった。女と男一人の頭にクリティカルヒットして、二人は気を失った。

盗賊の周りには湯気立つラーメンと、衝撃で割れまくったラーメンどんぶりまみれになっている。


「あれ……」


ラーメンをぶつけることに夢中になっていて気づかなかった。中年の男が居ない。

俺は嫌な予感がして、背中がゾワリとした。咄嗟に後ろを振り返ると、


「Љеееееее!!!」


男が剣を振りかぶり、俺の頭に打ち下ろそうと向かってきていた。


「うわあああああ!」


今からじゃラーメンは間に合わない。ラーメンを出してもどんぶりごと斬られる。逃げようにも降って湧いた死の恐怖から思うように身体が動かない。俺は右手を男に向けて突き出し、


「ぁぁぁああ!戻れ!剣よ!」


オリハルコンの剣で受けようと呼び戻した。

俺の右手にはオリハルコンの剣が戻った。

だが、俺の予想と少し違っていた。


ズブッ


「Ѓхд!」


なんと、男が振り上げていたのは、俺のオリハルコンの剣だった。男の手からオリハルコンの剣が消え、俺の右手に戻る。

必殺の勢いで突進してきた男は、剣が消えたことも気づかずに腕を振り下ろす。そして俺が突き出していた右手に戻ったオリハルコンの剣に、勢い余って自ら突き刺さった。

男はドクドクと血を流して倒れ、動かなくなった。


「……」


殺した、本当に殺してしまった。剣先が赤くなったオリハルコンの剣を持つ手が震えている。

だが状況は放心してる暇も与えてくれない。


カチャリ


陶器が割れる音が耳に入り、すぐさま後ろを振り返る。すると額から血を流している男が立ち上がり、割れたどんぶりを踏み割りながら、こちらに剣を構えたまま歩いてくる。

ゆっくりと、まるで『油断などしない』とでも言いたげな足取りで、慎重に歩いてくる。


「……、お、おおおおりゃ!!」


またラーメンを生み出して投げるが、男は冷静さを取り戻したようで、剣で受けずに飛来するどんぶりをかわす。

何度も、何度投げてもかわされるラーメン。


「く、く、来るな!!」


人を殺した恐怖からか、それとも今度こそ免れることは難しい死からか、俺は腕だけでなく、膝もカクカクと笑い出した。それでもオリハルコンの剣を構え、必死で男に向ける。


近づいてくる男、それに合わせて無意識に後ずさりする俺。


「っ!、あっ!」


木の根に踵を引っ掛けて、尻餅をついてしまった。男は勝機と見て、剣を振り上げながら全速力で走ってくる。


「Љеее!!!」

「う、うわあ!」


急いで立ち上がり、男の剣を払うように、ガムシャラにオリハルコンの剣で受ける。


キン!


「!」

「っ、え?」


男の剣は根元から綺麗に斬れた。

数秒2人とも放心したが、男はすぐに掴みかかってきた。


「うわあ!」


掴みかかってくる男の接近を阻止するために振るうオリハルコンの剣、木の葉のように落ちる男の両腕。

全く手ごたえがなかった。腕を切り落としたのに、二本同時に、太い骨があるのに。

まるで豆腐でも斬ったかのような手ごたえで、男の腕は宙を舞い、両腕から噴水のように血を吐きだしている。


「……、マジか……」


両腕をなくした男も、出血多量の為か数分も経たずに動かなくなった。

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