第3話

「で、森の中と。まんまテンプレだな」


つぎの瞬間には、森の中に立っていた。少し頭がクラクラする。召喚酔い?転移酔い?そんな感じか?なんとなく頭が痛い。


「あのクソジジイが……。でも本当に異世界とはな……」


正直、夢オチもあると思っていた。だが周囲の現実感とここまでの記憶を辿れば、これが夢や幻の類いとは思えない。


「……まあ、夢ならそん時は会社に出勤すれば良いだけだな」


もう疑うのはやめる。キリがないし、退屈な毎日からは抜け出せたのだ。それに、ジジイが言ってることが全て真実ならば、後2,300年は生きられるのだ。日本で30歳までに培ってきたキャリアや貯金などが無駄にはなったが、やり直す時間は十分だ。損はしていない。


「親は……、老後を養ってくれる俺が居なくなってガッカリか?……、まあ、義昭がなんとかするだろ」


義昭は弟だ。俺もアイツも物心つく前から勉強勉強と親に叱られ、青春もクソもない思春期を送ってきた。そのおかげでそこそこ良い会社に入れたのだが、その弊害か、あまり親に特別な感情はない。もちろん全く感謝してないとは言わないが、うちの家族は結構ドライだとは思う。


「まあ、良いか。しかしスーツって……。でもこれは逆にありがたいか」


俺の今の格好は紺のスーツに黒の革靴、水玉のネクタイに白のワイシャツ、それとジュラルミンのビジネスバッグの通勤セットだ。バッグの中には筆記用具と商談の為の書類、スマホと財布ぐらいしか入ってない。とりあえず地球の服や持ち物を売って、当座の金にするのもテンプレだ。


「まずは現状確認だな」


オリハルコンの剣を鞘から抜いてみる。オリハルコンの剣が、森の木々の隙間から差し込む陽の光を反射し、山吹色の光沢を放つ。

うん、これはなかなか良いものだ。スーツに剣ってのがアンバランスすぎるが。


「あー、ステータス、アイテムボックス、亜空間倉庫、鑑定────」


ラノベの定番物を、ツラツラと羅列してみるも、一切何の反応がない。


「……、ステータス画面もねーのかよ……。しかし、アイテムボックスのことを忘れてたな、アイテムボックスもつけて貰えば良かった」


アイテムボックスは異世界のド定番だ。ドラゴンをぶっ殺してもアイテムボックスがなければ持って帰ることも出来ない。どのアニメやラノベでもドラゴンの素材は高額と決まっている。是非とも持って帰りたい。


「ってまあ、ドラゴンとかどうでもいいけどね!!」


俺はもう決めていた。

異世界無双も捨てがたいが、別に無双が全てではない。

要は金だ。

ドラゴンを倒すのも素材を売る為、どうせアイテムボックスもないのだ、無双しても金にはならない。

俺はふざけた能力しか貰えなかったのだから、その能力で大金を稼げば良い。


「『左手からラーメンを生み出す』か……、ふざけてる、ふざけてるがやりようはある。……、よしまずは、出でよ!ラーメン!」


俺は左手の掌を上に向け、呪文代わりに叫んでみた。味の確認をするためだ。

すると左手の掌に光が集まり、徐々に形を成していく。


「っ!あっつあ!!、あっっっつあ!!!」


異世界に初めて生まれ落ちたラーメンは、文字通り生まれてすぐ落ちた。

ラーメンは中身だけだった。

麺や具、スープから全てが左手の掌に現れ、あまりの熱さに掴むことも出来ずに、そのまま地面に落ちたのだ。スープが地面に染み込んでしまった為、何味だったのかさえわからない。


「どんぶり!どんぶりが必要だろうが!!」


不親切すぎる。

即、生まれ出たラーメンから手を引いたので火傷はそんなでもないが、手が油でベトベトだ。


「……、やるしかないのか?」


器に出来そうなのはジュラルミンのビジネスバッグしかない。

だが長年使ってきたビジネスバッグに、こんもり盛られたラーメンを誰が食べたいと思うのか。


「……無理だ。つうか見切るのはまだ早いな。……、出でよ!ラーメン!」


イメージが重要かと思い、今度は脳内にどんぶりに入っているラーメンをイメージしてみた。

だいたい、魔力とやらでラーメンを生み出せるならどんぶりごと生み出せても何らおかしくはない。

必死に脳裏に焼き付けるようにイメージをすると、


「出来た……」


醤油ラーメンだ。まんまイメージした通りのラーメンだ。

赤い渦巻きの縁取りのあるどんぶりに入った、昔懐かしって感じのシンプルな醤油ラーメンだ。


「味は、って箸!!」


箸をイメージし忘れた。

慌てて箸をイメージしてみるも、箸が生まれてくることはなかった。


「……、まさか、ラーメンと一緒なら?」


もう一度、イメージをし直す。

どんぶりに入ったラーメン、どんぶりの端には割り箸が置かれているラーメン。左手に光が集まる。


「出るんかい!」


なんと、ラーメンと一緒なら割り箸も生まれ出た。二杯のラーメンは、もうもうと湯気を立ち上らせている。


「うまっ……」


割り箸を割り、一口食ってみるとかなり美味いラーメンだった。魚介豚骨のが好きだが、これはこれで悪くない。

無理やり二杯啜り込み、一息つく。


「水……」


コップに入った水をイメージしてもやはり生まれ出ることはなかった。ならばどんぶりに入ったラーメンとコップに入った水をイメージしながら、ラーメンを生み出してみる。左手に光が集まる。


「水は出ねえのかよ……」


現れたのは三杯目のラーメンだけだった。まだ検証は必要だが、どうやらラーメンを食う為のものしか生み出せないらしい。

もしコップの水が生まれ出せるなら、ラーメンと一緒ならばファイアーボールでも出せるんじゃないかと予想していたが、そんなに美味い話はないらしい、ラーメンだけに。


「喉も渇いたが、手を洗いてえよ」


初回のラーメンに汚された左手が気持ち悪い。スーツで拭くのだけは避けたいので、手をブラブラと振りながら、川を探して歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る