神様の作り方

は※る

汚かあさん

小学校から帰ってくると夕方5時くらい。私立なのでバスを乗り継ぐから帰宅時間は遅くなるが、家に帰ってきても誰もいない。


ランドセルを置き、散らかったリビングに入り、流し台に山のように置いてある中からあんまり汚れてないコップを取ると、水垢で真っ白な蛇口を捻って水を出した。


お水を飲みながら、今日のご飯の準備をする。


5号炊きの炊飯ジャーを開けると、保温されたままの、真っ黄色で酸っぱい匂いのするご飯が現れた。公務員の母は、仕事が忙しいと言い訳しているが、要するにズボラなのでいつも大量に米を炊いてそのままにしておく。もちろん小分けにして冷蔵庫にストックするなんて手間はかけないから、黄色いご飯は食べ慣れている。


ちなみに米の乾燥がもう少し進むと、乾いた透明の塊になるので、それをお湯を沸かした鍋に入れて、塩を入れて、お粥のようにして食べる。そんな美味しくないもの、正直食べたくないが、うちではそもそも食材が調理されてる方が珍しいので、黄色い米も乾いた米も貴重なご飯だった。


今日はラッキーなことに、ちょっと黄色いけど普通のご飯が食べられる。


おかずは三日前から大皿に盛り付けてあるひじきの煮物だ。小学校には給食がないので、お弁当も含めると、今週はずっと朝昼晩とこれを食べている。他にメニューは無い。この大皿が無くなったら、次のひじきの煮物が作られるだけだ。


オムライスとかカレーとかハンバーグが食べたいな。心の底からそう思う。


台所もヤバいが、家も全体的にゴミ屋敷だ。洗濯物は洗濯機の横に大量に積み重ねられ、その中から洗ってないけどマシなやつを身につけることになっている。


風呂はガスが壊れてるらしく水しか出ない。真冬でも水シャワーだから相当寒い


リビングも台所も玄関も床の間も全て、なんだか分からない段ボールと雑誌と新聞がミルフィーユ状に重なっていて、ちょっとでも片付けようとすると雪崩が起きるので、万物を刺激しないようにそーっとそーっと歩くのが日課だ。一度山を蹴飛ばした時にタヌキのマフラーが出てきた時は、犬の死体が出てきたと思って本気で泣いた。40年ほど前のものらしい。母はビンテージと言っていたが要するにゴミだよゴミ。タヌキも死んでからも自分の身が安らぐことがなくて可哀想だな。


存在感が空気で、空気清浄機をつけたら吸い込まれて消えてしまいそうな感じの父親も戸籍上は存在しているのだが、ゴミ屋敷を嫌って自ら単身赴任を希望し、大阪に行ってしまいぜんぜん帰ってこない。でもたまに父が帰ってくると、穴の空いてない靴下が洗濯物の山の中に入ってくるので、それを履いて学校に行ける日は少しテンションがあがる。いつもは親指とかかとに穴が空いた靴下を履いているので、学校の下駄箱で靴を脱ぐのがとても恥ずかしいのだ。


姉もいるが、中学校に上がった途端、家に対する全ての嫌悪感が限界に達したらしく、家出をしている。主に野良猫みたいに外で暮らし、夜は友達の家を転々としているそうだ。


学校帰りに、姉とヤンキーの友達たちがタバコとシンナーを吸いながらゲラゲラ笑ってるのをよく見かける。なんだかガリガリに痩せてしまってはいるが、笑ってるから楽しく暮らしてるんだと思った。そして、家を出てもあんまり何も言われない姉が少し羨ましくもある。


多分私が家を出たら、その日のうちに鬼の顔した母が追いかけてきて捕まって、二度と外には出してもらえなくなるだろう。


「お姉ちゃんは失敗。今度はうまくやらなきゃ」


母は、姉がグレ始めた頃にそう言った。そんなマッドサイエンシストみたいな言葉、現実で聞くことあるんだ。


母は、ゴミ屋敷の張本人のくせに他人を評価したり査定したり資格は立派にあると思ってるらしい。


それだけでも図々しいのに、さらに自分は立派な人間だと思っているらしい。なんでそう思うのか不思議だが、公務員という職業と、そして毎朝毎晩浴びるように飲んでいるアルコールが、そんな都合のいい夢を見せてくれるようだ。


「姉は失敗」と母が言ったその日から、なんとなく私の頭にはアトムが浮かんでいる。アトムになれなかった姉。身軽なウランちゃんだったのにいきなりアトムに任命された私。マッドサイエンシストでアル中のお茶の水博士。


私は成績がちょっとだけ良い。大した勉強もしていない、というか家に勉強机や教科書を広げるスペースがないので、学校にいる時しか勉強ができないのだが、通知表の中身を見たのが、母が私に鞍替えした理由だろう。姉はハッキリ言って地頭が悪く、しかも努力もしない女なので、結果的に学校の成績はアッパラパーらしい。さらにシンナーを吸ってるから今は余計に悪いと思う。


でもさ。人間の価値って相対性じゃないよね。絶対性であるべき。姉がダメだから私が価値があるとか、そんな都合のいい解釈なんかしないでよ。


まだ小学生だから語彙も少なく、論理的な思考も未発達だったと思うが、ずっとそんなような不満を抱えていた。


生活全般に感しても不満が大有りで、辛くなるので何も感じないようにしていたが、やはり自分のボロい服とか穴だらけの靴下とか、毎日待たされる茶色の汁が漏れまくってる弁当箱とか、美容院にも連れて行ってもらえずオカンカットで伸ばしたいのに毎回問答無用でちびまるこにされる髪型とか、クラスメイトが手にしているのに自分は持ってない本や漫画やオシャレな小物や可愛いぬいぐるみや小さい犬や猫や美味しいおやつやお湯の出るお風呂や毎日帰ってくるお父さんやお姉ちゃんが欲しい。


あったかい家で暮らしたい。


もはや神頼みしかないなと思った。人の力で打破するには、どう考えても問題が大きすぎる気がした。ここに力のある神様がいたら、望みが全部叶うんだって思った。


よく「カミサマの言うとおり」って言うし。


だから私はあの時、カミサマをつくることにしようと決めた。

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