第76話
<――――……エルザは……否、話を続けるよ。だからほら、目を開ける! 悪戯されても知らないよ>
揶揄う響きの優しいエドの声に恐る恐る目を開けた。
……私の何かが懐かしいと思うのは何故だろう……?
同時に――――恥知らず、厚顔無恥に良くもと、内側から私を呪う事がする。
<……はい! 話に集中する!! さて、続けようか。皇祖の双子の兄は皇祖よりも早く死んだんだけど、死ぬ前に子供を二人残していたんだ。ここまでは大丈夫?>
何故だろう、先程から自分に対しての怒りが収まらない。
この話を聴いていると……どうしようもなく悲しい。
泣き叫びたくなる。
自分を殺したくなる。
謝りたくて謝りたくて――――そんな資格もあるわけがないだろうと――――私の深い所から自分自身を魂の底から唾棄する声が止まらない。
――――忘却は罪だと、私の奥から何かが己をこれ以上は無い程蔑んでいた。
<エルザ! 思考が飛んでるよ。ほら、帰ってこないと深夜に突入するかも>
エドの悪戯っぽい声でようやく私はこちらに帰って来られた。
……ごめんなさい、エド。
話の続きをお願いします。
…まって、え!? 深夜!!?
<どこまで話したっけかな……そうそう、皇祖の兄には子供が二人って話だったね。彼は自らの子供へと遺言を残したんだ。”エルザの子供を、その末とこの国を影から守って欲しい”ってね。付け加えると”守るに値しない者は粛清。守る価値が無い国になり果ててもエルザが産まれるまでは守れ”って呪をかけられたわけ>
私の問を綺麗な笑顔でスルーし、とんでもない爆弾を破裂させたエド。
……ねえ、エド。
私の聞き間違いではないのならば、エルザが産まれるまでって言ったわよね……?
<あははは。エルザ、声が引き攣ってるよ。笑顔からは酷い頭痛を感じるね。それはさておくとして、確かに言ったね、エルザが産まれるまでって>
……今までエルザの名がつけられた子供って――――
<帝国の歴史が始まってから一体どれだけの年月が経ったと思うんだい? 初期の話なんて神話扱い。正確な年月も不明だけど……分かっているだけでも五千年。その間に沢山つけられたよ、そりゃあね。何せ帝国の初代皇帝の唯一の妃とされていたわけだし、エルザは>
非常に含みのある言い方だと思うよ、エド。
……私にしてもこう、何か嫌な事が思い出しそうな――――
<それでだ、皇祖の双子の兄は皇祖よりも能力も魔力も上って話はしたよね。これには続きがあるんだよ>
エドが私の感じる諸々をサラッと流してくれるからだろう、様々な感情が遠くへと消えていく。
それを止められない自分に忸怩たる思いが消えない。
エドは間違いなく私の為にそうしてくれているのが分かっているのに。
それでも思い出せと私の底の底が叫ぶ。
けれど今は……嫌な予感がする。
まだ私の知らない何かがあるのではないかと、悪寒が止まらない。
必ず私は知らなくてはならないと、静かに何かが沈んでいく。
<正解。皇祖の”力”と皇祖の双子の兄の”力”は違うものだったんだよ。だけどここまでは普通の話。後は更に嫌な話になる。サクッと言えば、皇祖は自らの双子の兄の”力”を奪った挙句、用済みになったからと殺したんだ>
……殺した……?
奪っただけではなく……?
不思議と身体が瘧の様に震えている。
――――吐き気が……止まらない。
自分への怒りでおかしくなる。
私は――――
<エルザ! まだ話の途中。続きがあるんだからさ>
それを聞いたらストンと感情が抜け落ちる。
話を是が非でも聞かなければと強く思う。
<それじゃ続き。皇祖は更に自らの双子の兄の遺言を利用した。利用し尽くしたと言っても良いかもね>
言葉を切ったエドの暗い感情が乗った瞳。
綺麗な紫紺色をしたそれが後悔を滲ませていた。
今まで消えていた感情があふれそうになって困惑する。
遺言を利用したとエドは言う。
……利用し尽くしたと。
その言葉に私の深い所が悲鳴をあげている気がした。
<簡単に言えば、双子の兄の子供達と自らの血が混ざる事を忌避したんだ>
……頭があまり回ってはくれなくて……嫌な想像が消えてはくれない。
確か二人の子供の性別は――――
<つまり皇族との結婚を絶対にするなっていう奴。もっと言えばだ、自分の一族以外の誰とも婚姻も子供を作る事も絶対に禁じた>
皮肉気な表情になったエドは嗤う。
彼が嘲っているのは、一体誰の事を――――
<血が薄まって呪が消える事を忌避したが故に、ね。でもこれは呪ではない。本当の呪は……皇祖が心の底から望んだのは――――双子の兄の血を引く存在が永遠に自分の血を引く者に隷属する事>
ストンと胸に落ちた答え。
ああ……彼ならばそれを実行すると不思議な事に確信が持ててしまう。
心が千々に乱れて思わず目を閉じた私を、エドが静謐な瞳で見つめている気がした。
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