第75話
<ほら、いつまで経っても話が進まないから。まあ、ぶっちゃけると…要するにさ、家の一族は皇帝や皇族の監視役な訳。更に付け加えるなら皇帝含む皇族、貴族、帝国民すべての監視と粛清がお仕事>
……初耳です。
エドの気楽すぎる声と内容のギャップで風邪をひきそう。
<そりゃあねえ……現皇帝も知らないし>
……それは……
続く言葉が出てきません。
<分かる分かる、言葉が出てこないよね。ったくさ、上皇陛下はあれだよ、愉快犯>
忌々しそうなエドに首を傾げた。
……愉快犯…ということは、現在の皇室や貴族の混乱状況を予測しておられたのに、今の皇帝陛下をあえて即けた、の……?
面白いから関連の理由で……?
恐る恐るの問い。
余りにも余り過ぎて…これもどう言ったら良いかが分からないのだから…闇が深いなぁと明後日に思考を飛ばす。
<うん、うん。エルザはそういうとこは鋭いね、正解。ホント俺が迷惑。確かに俺は――――>
声が途絶えたエドが心配になる。
何か嫌な話題だった…?
<そういう訳でもある様な無いような。エルザが気にする事じゃないから忘れてね。また話が逸れてるから軌道修正するよ。俺の一族は皇祖と共にこの大陸へとやってきた訳だけど、これには語られてはいない、というより伝わっていない、正しくは伝わらないようにした話があるんだよ>
一旦言葉を切ったエド。
声が忌々しい響きだと思うのは気のせい……?
自分に苛立っている声音…だと思う。
それにしても…語られてはいない、どころではなく…伝わっていないでさえもなく、伝わらないようにした話というのはどうにも不穏だ。
確実に楽しい話とは思えない。
<正解、それはもうろくでもない話だよ。皇祖には双子の兄がいたって話>
……双子の…兄……?
何だろう、なにかが脳裏を過っていった気がする。
<過った方は忘れるのが正解だよ。それでさ、皇祖の双子の兄の話だけど…もう俺の一族以外は誰も知らない>
……誰も…?
お祖母様や上皇陛下も……?
<マルガレーテ様は知らない。上皇陛下は別ルートで知ってた>
……お祖母様でさえ知らない事……
ええと、その、上皇陛下の別ルートって一体…?
<ごめん、今は言えない。あの方に直接聞いてみると良いよ>
ありがとう、エド。
この空間を出られたら拝謁許可を申請してみる。
<それが良いだろうね。むしろなんで今まで拝謁許可を取らなかったのかって思うけど。ま、上皇陛下が嫌だったんだろ>
……私、上皇陛下に疎まれていたのね……
拝謁許可は申請しない方が良い――
<疎まれてないし嫌われてもいないよ。むしろ態度変わったら嫌なだけ。エルザは気にしなくて良い。で、話し戻すよ>
分かったわ。
ええと、何故早口で遮られたのかが謎です。
<面倒だから。それで皇祖の双子の兄。彼は皇祖よりも魔力はおろか”特殊な”力も強かった。その事を知っていたのは皇祖とその双子の兄、後の皇祖の妻になった女性の三人だけ>
……確か皇祖とその妻であられた方は幼馴染だったのよね。
だとすれば、もしかして――――
<エルザの想像通りだよ。エルザは……皇祖の双子の兄とも幼馴染>
……皇祖の妻となった方は私の名前と同じであられたわね。
何と言えば良いのか……不思議と苦いものが込み上げてくる。
今まで考えないようにしていた事。
あえて何も考えないように流していた事。
考えてはいけない気がしていた事。
いつも、いつもだった。
エルザという名前の方が皇祖の妻だったのだと、そう言われるたびに黒いモノが心に降り積もる気がして止まらない。
――――何故、皇祖の妻だと言われた時、エルザという名前の女性がそうなのだと言われる度に…あれ程の嫌悪が込み上げるのだろう……?
<考えない方が良いよ、まだ。皇祖の双子の兄は……常に弟を立てていた。自分が成した業績も何もかもを弟に譲ったんだ>
……それは違う…!
何だろう、沸々と心の底から……否、魂から叫びたくなる。
立てていたのは確か。
けれど……けれど違う。
違う、違うと何かが叫ぶ。
立てていた彼を利用したのは……何もかもを奪ったのは――――
<エルザ>
冷水を浴びせられたように心が突然停止した。
エドの優しい声。
怒らなくても良いと宥める声。
それが私は…私は悲しくて――――
……何に怒りを私は感じていたの……?
赫怒ともいえる怒り。
絶対に忘れないと誓った何か。
それが――霧散して何一つ掴めなくなる。
<ま、簡単にいうとね、皇祖は双子の兄が名声にも地位にもまったく興味が無いのを利用し尽くしたんだよ。”力”があるが故に…他と隔絶していたが故に分からなかったんだ。自らの双子の弟が如何に兄を恨み妬み憎んでいたのか。それらに全くの無頓着だったのが彼の罪と言えば罪だったんだ>
エドの悔恨の滲んだ声を聴きながら、それが罪だとは私には到底思えなかったから、だから――――何かを言おうとして……何も出来なかった私には口にする資格も無いと分かっていたから、ただ静かに目を閉じた。
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