第68話
瞬時に彼の身体が動かせないように力を使おうとした。
それと同時に英里へも。
アルント少年へ使う力とは違うけれど、こちらへと有利に運ぶように。
細心の注意を払って力の行使を今まさに実行しようとしたのだが――――
「何をなさっておられるのですか」
今まで聞いた事のないほど冷たいエドの声がして…思わず瞳を瞬かせる。
集中も欠いて力も霧散。
「…エド……?」
囁くような小さな声だけれど、確かに名前を口にした。
今のエドが助けてくれるとは思わなかったから、この十日ほど被っている演技が外れてしまう。
……考えてみれば、先程までも思いっきり素の状態だったのが今後どう影響するのか……
グルグルと思考が逸れに逸れている。
まさかエドが現れるとは思ってもみなかったのだ。
相も変わらずの私にはほとほと呆れてしまう。
やはり根っこは変わっていないのだと密に嘆息。
「邪魔しないでよ!」
英里が顔をこれでもかと顰めてエドをねめつけた。
だが…一瞬後には愉しそうに嗤う。
楽しそうであるにも拘らず邪悪な笑みに見えるのは何故だろう……
「まあいいわ。エド、アンタに犯らせてアゲル! ほら、早く! 何ならあいつと二人でも良いわ! 別に入れるとこ一つじゃないんだし」
――――吐き気がした。
彼女の考えを理解出来ないのもあるけれど……いくら気に入らないからといって…他の存在を貶める行為としては男女共に最低の部類だろう。
妊娠まで考えれば女性の方がリスクが高いとはいえ、性病まで考えれば最悪だ。
今まで未遂とはいえ怖気が走った経験からなのかもしれないが…身体が震える。
コレは何より心の殺人とも言われるというのに……
私にはそれを強要できるその精神が一番分からない。
命じられた方が逆らえないと知っていて口に出来る事にも絶句する。
けれど……私が寒気がするのも震えが走っているのもそれだけが理由ではない。
英里が目の前にいる状態でのこういう状況に対して悪寒が止まらないのだ。
まったく記憶に無いからこその恐怖。
そのはずだ。
記憶も無ければ覚えも無い。
英里が私を誰かに襲うように面前で言われたことなどない。
無いはず、なのに――――どうしてこれほど吐き気と震えが止まらないの……?
「……あははは。申し訳ありません、エリザベート様。私は人前でも誰かと共有も生理的に無理でして。実は恥ずかしがり屋で潔癖症なんですよ。お許し下さい」
エドが道化のように大仰な動作で謝罪する。
……彼の見た事のない挙動に知らず目が白黒。
エドは自分から愚者の真似はしないもの。
求められているのなら別だけれど。
エドが貴族としての役割を果たしている所は初めて見るからといって…動揺が隠せない私は本当に大根役者だ。
貴族であればある程度演じるのも責務の内でしょうに。
英里の現在の立場を考えれば皇族でも無ければ陛下が怖い。
上手く煽てて煙に巻くのが最善。
エドの言動も尤もだ。
なのに……どうして私は……
「私は! 目の前で!! みたいの!!! 聞けないなら罰を与えるわよ! 何が良い? エドが恥ずかしがり屋で潔癖症って知らないわ! 嘘ついた罰にアイツを叩いて!! 分からないように腹!!! 蹴っても良いわよ! 蹴ったら居なくなってアゲル。血を吐くくらいに蹴って。早く!!!!」
英里はどうやらゲームの設定に無い事は信じもしないらしい。
確かにエドは恥ずかしがり屋でも潔癖症でもないけれど、彼の人となりを見るではなく、本当かどうかも分からない設定を信じる彼女が純粋に分からないのだ。
ゲーム通りにある程度は進んではいたり、設定と近い状況、性格ではあるかもしれない。
けれど全てが寸分たがわず同じという訳ではないのだから、設定を盲信しすぎるのは危険だと英里は思わないのだろうか……?
……昔から、英里は自分の見たいものだけを見て、信じたいものだけを信じていた。
それ以外を余すところなく拒絶する姿を思い出す。
まるで現実を知るのが怖いとでも言う様に。
真実から逃げている様だとも思った。
自分の幸せな夢の中以外は要らないと叫んでいるのだとも。
「……わかりました。申し訳ありません、手計ました罪は償わせて頂きます」
優しい見た事のない笑顔を浮かべるエド。
勿論彼の優しい表情も微笑も見た事がある。
けれど……今のエドの顔。
何故だろう、どうしようもなく気味が悪い。
優しいはずの笑顔だが…内心は英里を――――
これは一体どういう事?
リーナ達から聴いた情報と、私が目覚めてから見てきたモノとも違う気がする。
エドの性格は以前と何も変わってはいないのではないだろうか……?
英里を裸の王様に見立てて道化を演じていると言われれば確かにエドだ。
エドなのだ。
彼は何を考えているの……?
英里の能力の影響下にはいないという事……?
混乱の中にある私の方へとエドが向き直り、アルント少年を英里の近くへ移動させる。
それを傍観しながらアルント少年が心配で視線を向けた時、一瞬視線が絡まった。
同時にエドの雰囲気が鋭く澱む。
これは覚悟した方が良いかと思いながらエドを見上げていると――――彼が荒んだ笑みを浮かべながら足を振り上げた。
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