第67話
時が経つごとに段々苛立たし気な表情になっていく相手に内心ほくそ笑む。
冷静に考えられなくなってくれればこちらの勝ちだ。
下手に距離を取られると面倒だったからこそ、この近さが有利に働く。
――――襲ってくれた方が都合が良い。
噂になったとしても何の問題も無い。
どうすれば解決するかは知っているのだから。
この”閉じた空間”がそのままならその時はその時。
どうとでもなる。
リーナ達を脱出させる方法も考えてあるのだ。
全員を助ける事も可能、だとは思う。
現在は皆と話し合って一番効率が良い方法の為に時を待っているだけなのだが……魔導結晶の残りが心配になる。
どうしたものか……
そう思考をしつつ目の前の人物からも彼女からも注意は逸らさない。
「アルント、さっさとして! 誰か来たら面倒!!」
彼女が苛々した様子で大きな声をあげる。
ついでに足まで何度も地面を叩く。
「……御忠告痛み入ります」
彼が背を向けているからだろう彼女からは表情が見られない。
声は私に向けた物より真摯に聞こえる。
だが……表情も目の温度も氷点下だ。
……彼はどうやら彼女に対して良い感情は持ってはいないらしい。
もしや家の都合で幼い頃から就けられただけ……?
考えるまでも無く彼女の立場を思えば皇帝陛下が命じたのでなければ貴族の子女が近づくはずもない。
それを表向きは許さなかったのだ、陛下は。
私の祖母であり自分の姉への目眩ましとして。
にも拘わらず陛下は彼に秘密裏に強制した。
そうでなければあの彼女が大人しく宥められている訳も無い。
確かに長い間側に居たのでなければ、警戒心のすこぶる高い彼女が二人だけで行動する事を選択する訳も無いのだ。
望んでもいない立場を押し付けられただけだとしても、周りも薄々は分かっているけれどそれでも……きっと彼に居場所はなかっただろう。
――――しかも彼女に逆らってもいけないのだ。
皇帝陛下はそれを許さないだろうから、彼が生きている事こそが絶対服従してきた証にもなる。
それにしては先程の私から引き離す動作や今の表情に違和感を感じた。
陛下はおそらく監視もなさっている。
ならばもうそれこそ本能レベルで染み付いているはずなのだ。
さもなければ命も無かっただろう。
だというのに……
本来決して見せない心の内が行動に現れているのは彼女の力なのだとしたら……与えた相手は……
前世で”無能”だと彼女に対して陰口を何度も聞いていたから。
それがどういう意味なのかが…ようやく私も分かった。
けれど今は自重だ。
焦ってはいけない。
ふと思った。
彼の私に対する態度も言動も本心なのだろうか……?
彼女に命じられたからなのでは……?
一度思ってしまったらそれを否定できない気がしてくる。
……彼の立場で何かを彼女に言うなどできるはずもない。
ましてや頼み事を。
それに一つ気になってしまえば後は芋づる式に分かってしまう。
私の停止していた脳味噌さんも何故か気がついたら絶賛フル稼働。
だからこその気づきがある。
彼の段々苛々していく表情。
あれは――――焦りだ。
私を襲う時間が少なくなることが苛立たしいのでもなければ表情が気に入らない訳でもない。
外の気配を探っているような素振りがあった気がする。
そう、何度も。
だが何の気配も感じないからこそ焦りが加速していったのではないか……?
「……相変わらずお優しい」
ポツリと、彼が呟いた。
彼女に聞こえないほどの小さな小さな呟き。
近くに居る私にだけ聞こえる声。
私にだけ見える自嘲と諦めの混じった表情。
懐かしそうな感情が色濃い瞳。
疑念がどうやら表情に出ていたらしいのは分かった。
そこからいくつかの事が確定。
一つ、私はどうやらこのアルント少年を放っておけないと思ってしまったらしい。
おそらくは思いがけず気がついた瞬間に。
私はこの手のことには慣れている。
慣れたくは決して無かったし望んでもいないけれど慣れているのだ。
だから表情を動かさない。
心を傾ける必要を感じないから動かない。
けれど私の表情が無意識に動いたのだとしたら……それは性犯罪者とは思っていないことになる。
そして心を動かされてしまったという事。
二つ、アルント少年は私を個人的に知っているらしい。
どこかで私との間に何かがあったのだ。
アルント少年の瞳はそう雄弁に語っているのだから。
そこから記憶を探る。
だが……顔が鮮明でない事が足を引っ張ってしまう。
どういう表情をしているかも解るというのに一体何なのだ。
もどかしくてたまらない。
喉元まで出かかっている様な…それでいて霧が一切晴れてもいない状態とでもいえば良いのか。
こころがザワザワと落ち着かない気分を味わうのは久しぶりだと思う。
嫌な感じがして止まらない。
――――誰かが妨害していると考える方が自然だ。
ならば対処法を考え直さなければ。
決めてアルント少年を強く見返した瞬間、腕を強引に掴まれた。
『……申し訳ありません』
口の動きだけでアルント少年がそう言っているのが分かってしまった私は――――
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