第64話
――――どうしてこうなった……
それが率直な今の感想だ。
控えめに言ってもまず人が来なさそうな森の中にひっそりとある物置小屋の中。
尚且つ扉は外側から鍵をかけられて閉じられています。
……これで一体全体私にどうしろと……?
折しも手の届かない上層部の窓からは夕日に見事に煌めく鮮やかな天気雨が見える。
目も開けていられないほどの激しい雨が降り出したから、此処へ連れてきた少女に軒下に入る様に言われても、何の疑問も持たずにこの物置小屋の軒下に入ったのだ。
だというのに……一緒にいた少女に突き飛ばされてこのざまである。
兎に角落ち着かないと。
この事態の原因が私であるのは確かだ。
それにしても学校という閉鎖空間に閉じ込められてはいるけれど、空が見えるのは純粋に嬉しい。
月や星も見えるのだから不思議ではあるけれど。
……天気雨か……狐の嫁入りとも言うのだったと思い出す。
記憶を洗い直した時に、実は色々不思議な存在が見えていた事も分かったのだ。
――――勇と一緒に本当の狐の嫁入りを見た。
アレは妖怪だったのか、それとも精霊だったのかは分からない。
百は下らない紋付き袴姿や黒留袖を着た狐が群れを成した嫁入り行列。
お嫁さんだろう狐さんの白無垢姿が虹を纏ったように見えて綺麗で……本当に綺麗で、思い出した時から脳裏に焼き付いている。
私には到底相応しくは無いのだと分かってはいても、美しい白無垢を着てみたいと思ったのだ。
眩しい程艶々と輝いて見えた白無垢を着た花嫁。
静々と進む花嫁行列の中にあって彼女が一番に目を引いていた。
それはきっと……誰よりも幸せそうに微笑む花嫁さんだったからこそ目を奪われたのかもしれない。
――――だから私もと…思ってしまったのだろうか……?
懐かしい綺麗な記憶から思考を戻す。
何故か物置小屋にある大きめのマットレスをどうにか敷いて、その上に座り込む。
本当に自分が情けない。
情けなさ過ぎて涙も出ない。
重く激しい雨音が鳴り響いて余計に心が沈んでいく。
時が戻り、学校に閉じ込められた初日の衝撃から早十日。
ピリピリとした緊張感にも慣れた頃だったからかもしれない。
流れる様に常に私の側に控えていた皆が、緊急事態だと次々に指名されて部屋から出て行った。
私はそれをザワザワとする心でみていたけれど、どうしてだろう、なにも言い出せずにいたのだ。
……その事に違和感を今更ながらに感じる。
あの時はどうにかしないといけないと分かっていたのに、不思議と身体が動かないばかりか思考まで上手く働かなかったのだ。
理由の一つとしては、初日の事件以降特に目立った動きがエリザベート側に無かったからだろう。
フリードやエド、ギルとは遭遇したことが何度かあるけれど、幸いにも一人でいる時に彼等と会った事が無かったのも影響している。
気の緩みと言われれば確かにそうだが……どうにも初日の遭遇以降全て仕組まれたと言われたほうが納得だ。
私を此処に連れてきた少女は、同じ普通科で士爵家の出だったはず。
あまり私の家とは親しくは無く、良く知らない相手だった。
だというのにだ、リーナの伝言を頼まれる訳が無いではないか。
リーナはきちんと私の側近としての教育を受けているのだ。
私が認識しているかどうかも怪しい相手に、よりによって緊急時に私を呼びに行くよう頼むなどあり得ない。
少なくとも私と何度か面識を確実に持ったとリーナが確認していない相手には。
私を呼ぶ可能性があるとわずかでも分かっていたならば、必ず私が信用できるだろう相手を連れて行き、その人物を寄こすに決まっているではないか。
大体だ、緊急時にもし頼むのであれば、この事態だ、私に直接会う人物なのだから、例えアーデルハイト様達と言えども偽物の可能性も捨てきれない。
だからこそ相手が誰かに関係なく、リーナ本人から頼まれたのだという事が私にしっかりと分かる証拠を持たせるに決まっている。
本当につくづく私は馬鹿だ。
唾棄した。
プラスに心底呆れ果てる。
確かリーナは……身分が高い仲間の内で最後まで残っていた。
だが、味方の士爵の子女達が他校の士爵の出身者達に拉致されたとかで、早急に制圧可能、且つ身分でも黙らせる事が出来る存在が可及的速やかに必要だという話で、複数の爵位持ち出の子達を連れて慌ただしく、けれど私への注意喚起も忘れずに出発したのだ。
最後、あの淡い亜麻色の髪をした少女が息せき切って駆け込んできた。
切羽詰まった様子に余程の事態にリーナが陥っているのだと思った私は、考えてみるまでもなく冷静では無かったのだろう。
私達と同じアリアルト魔法学校の子がいて、しかも魔法騎士科の高位貴族が複数だという話だった。
リーナより身分の高い子が居るという話に、私の脳味噌さんは幼馴染達が居るのではと気が急いて急いて突っ走ってしまったのだ。
頭の中が沸騰して暴走した結果のこの事態である。
……笑えない……
自分の馬鹿さかげんに底無しで沈み込んでいた時だ。
――――大きな音を立てて勢いよく物置小屋の扉が開かれた。
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