第62話
「前世の両親は私を産んではくれた。そこには感謝しかないわ。でも……それだけ。今生の両親とは違う。今の両親は本当に大切。加奈ちゃんではないけれど何でも出来ると思う。けれど……前世の両親には可もなく不可もなく……という状況みたい。自分でも驚いているけれど」
大きく息を吐いた。
心に沈めていたものをすべて思い出した結果、冷静に自分自身を見つめる事が出来たのかもしれない。
不思議と凪いでいる心。
あれ程荒れていたのに……本当に静かだ。
前世の両親について、きちんと心が整理できたらしい。
お陰でというのもおかしな話だけれど、あの二人の所業を精確にすべて思い出した。
客観視が出来たのは良かったと思う。
もし思い出したタイミングが悪かったのなら――――心が悲鳴どころではなく……完全に壊れていたかもしれない。
それ程には酷い記憶だった。
忘れるのが幸せだと当時の私が判断したのがどうしようもなく分かる、分かってしまう忌まわしいモノばかり。
私が記憶を封じ込めたのは間違ってはいなかったと今でも思う。
けれどだ、利用されて大切な存在を守れないのだとしたら――――そんな配慮は無用だし要らない。
「成程。なら――――エリザベートと対峙した時に、瑠美でエルザの君も、加奈子でカタリーナの君も、前世においての器の製造元、殺せるんだね?」
その冷淡で……本当に出来るのか見極めようと観察するギュンターの瞳は初めて見る。
出会ってあまり間が無いけれど、それでもどこか飄々とした雰囲気の彼だ。
フリード達やエリザベートに対してとはまた違う雰囲気。
……思考がそれてしまった。
驚きすぎて心が逃げだしたくなったのだろう。
相変わらずの自分にホトホト呆れる。
とはいえ今までこれできっと心を守っていたのだから、感謝ではあるのだけれど。
過去の私は、ワンクッション置く事でどうにかなっていたのだと思う。
けれどこれからはあまり逃げないようにしないといけない。
すぐに思考しなければならない場面も増えるだろう。
そうは思っても無意識で難しいのだが……
加奈ちゃんを見ると、彼女も私を見詰めていた。
私が一つ肯くと、加奈ちゃんも肯く。
これだけで加奈ちゃんが何を思っているのか、全てではないにしろ分かってしまう。
足りない部分は私が言った後に修正してくれるだろうと信頼もある。
加奈ちゃんと出逢えたのは本当に幸せな事だ。
――――例え出逢えた理由が……私の所為だとしても、それでもこの出逢いが間違いだったとは思いたくはない。
「それを聞く理由は? ”前世の”という事は違う世界、”異世界”の人達だわ。その人達がエリザベートと対峙すると現れるという事……? そして殺さなければならないのは何故……?」
短い付き合いとはいえギュンターが何の根拠も無しに言うとは思えなかった。
だからこその私と加奈ちゃんの問い。
代表しての私の言葉をギュンターは目を閉じて静かに聴いていた。
なんだか一言一句漏らさずに聞こうという意志を感じて内心首を傾げる。
そこまでしなくとも彼はきちんと聞ける人なのに……一体何故?
「……冴木英里でエリザベートにはそこまでの頭は無い。彼女が思いつけるのは瑠美でエルザの宝物を奪う事と傷つける事。それから瑠美でエルザの君を尊厳も心もズタズタにしてから殺す事。彼女にはこれ位だ。ここまでは良いかい?」
大きく息を吐いてから、目を開けて腕を組みながら淡々とした声で告げるギュンター。
なるべく感情を込めないようにしているのが伝わってくる。
思わず加奈ちゃんと顔を見合わせた。
英里でエリザベートである彼女に対する認識は、どうやら加奈ちゃんも私も彼の言葉通り。
記憶にある限りの冴木絵里という存在。
全てを思い出したからこその彼女。
その人物像は確かにそう。
お互いまた肯いて、ギュンターへと返答する。
「ええ」
「大丈夫」
それを受けてからギュンターは、思わずといった調子で眉根を寄せる。
組んだ腕に力が入ったのが見て取れて、やはり不思議に思ってしまう。
見慣れない彼の様子に、段々不安が湧いてくる。
「瑠美でエルザに質問だ。エリザベートの前世である冴木英里には何か”特殊な力”はあった? もしくは何か”特別な力”についての冴木英里の話題を聞いた事は?」
記憶を探る。
勇が何等かの特殊な力を持っていたのは知っていた。
今はそれによって私が守られていた事も分かっている。
だが……英里は……?
分からない。
彼女に対しての話題――――……”特別な力”について……?
聞いた事も無い気がする。
耳に入った中には――――けれど何かがそこで引っかかった。
何かを確かに聞いた気がする。
そう……――――”力が無い事が問題だ”と母方の誰かが――――……
「思い出したね。それこそが英里の問題なんだよ」
冷たい冷たいギュンターの声。
聞いているだけで凍えそうなほど温度が無い。
しかし、私の心胆を寒からしめたのは……まったく別の事だった。
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