第61話

 彼の言葉は突き刺さる様だった。

 どうしたいのかと言われたら――――


「助ける」


 端的な言葉。

 迷いもなく出たのがこれだった。


「エリザベートも?」


 茶化す様子も無い真剣なギュンターの表情と声音。

 私を見つめる加奈ちゃんの眼差しも厳しいものだ。

 だが加奈ちゃんの瞳にもギュンターの瞳にも、私を案じる色が確かにある。


「助ける」


 決然と言った私へと、ギュンターは心配そうな表情になりながら忠告してくれた。

 自分で言っておいてなんだが、かなり頭が可笑しい返答だと分かっている。

 けれど自然と出たのだ。

 やはりこれが私だろうと自分で諦めた。


「彼女の言動や運命が自分の所為だから…というのは違うからね。君に責任は無い。あるとすれば君の両親にだ」


 そう言われて、思わず苦笑がもれる。

 私はまだ思っている。

 ……産まれた事が罪なのだと。

 私という存在は居てはいけないのだと。

 ――――だが、それとこれは別だと理解した上での言葉。


「確かにそういう存在が居る事も否定はしない。少なくとも僕はね。だが、きみは違うだろう。君を望んだのは君の前世の両親であり、今生の両親。君は願いを叶えただけだ。無償でね。それが悪かったのだと、罪だというのなら……誰も願いなんて叶えないよ。願いを叶えた先まで見通して叶えるという作業は、時と場合によって出来得るんだ。一つの世界だけで完結しているのなら分かるだろう。だが複数の世界が関われば……個体によるとしか言えないけど、ほぼ不可能。願いを叶えた時点で視た限りでは一つの世界で終わるはずが、他所のちょっかいで変わる場合もあるんだ。”願いを叶えたんだから責任を取れ”と言うのは八つ当たりのようなモノだろう。”ならば叶えなければ良かった”のだと言われたら、時を戻して叶えなかった事にするよ。出来るのならね。生れ落ちる瞬間に飛び込んできた願いを叶える事が罪だとは言えない。もう一度言う。本当にこれを言われたら誰も願いなんて叶えない」


 ギュンターは私を見詰める瞳は案じるそれだ。

 彼も分かっているのだ。

 その上でこう言ってくれている。


「君は……瑠美でエルザの君は、前世の両親の事と今の両親の事をどう思っているんだい?」


 言われて瞳が瞬く。

 唐突に、ではなく、確かに話の中で出てはいた。

 それでも驚くくらいには突然だ。

 加奈ちゃんも目を見開いているのが分かるほど。


「加奈子でカタリーナの君もだ。君も前世の両親と現在の両親、どう思ってる?」


 怪訝な表情になった加奈ちゃんが、私を一瞬チラリと見てからまず口を開く。


「瑠美だけじゃなくて私も……?」


 それにギュンターは重々しく肯いた。


「……前世の父も父方の親族も母方も大事で大切。勿論現在の父方母方皆同じく大事で大切。――――前世の母を除けばそれ以外には命を賭けられる」


 加奈ちゃんが力強く言い切った。

 続けられた言葉は強さに満ちていたのが印象的。


「母には産んでくれたことは感謝しているけど、それ以上もそれ以外も無いわ。”産んでやったんだから”は聞き飽きる程聞いた。”だから感謝して何かしろ”はおかしいでしょ。自発的にこっちがするのなら分けるけど、強要されてするものではない。親としてするべきこともしない人を親とは言わないわよ。頭お花畑がそれでも親だからとかいうけどね、それはちゃんと親をした人をいうのであって、は産んだだけの人。それを私は親とは思わない。確かに産んでくれた事には感謝する。でもそれだけよ。作っただけ、産んだだけで親って……良くもそこまで思い上がれると思うわ。勿論産むのが命懸けだっていうのも、子宮で生まれるまで育ててくれたことも分かっている。だからといって何でも許される訳ないでしょうが。心にしろ体にしろ、好き勝手にサンドバッグにしといて感謝? 笑わせる! 殺してもその気は無かった、躾だったって!? どの面下げてよ! 親は親した人の事。子供だったとしても、自分の所有物やコピーじゃない、別個の人格を持った存在だって尊重も出来ないなら親じゃないでしょうよ。それに作った方、産んだ方にも責任はある。それを放棄するのなら相応の覚悟しろっての。子供が有名になったら捨てたのにのうのうと集るのはあり得ない。とはいえ”鳶が鷹を産む”のの逆もあるって知ってるから、どんなに頑張っても、ちゃんと育てても、腐っているのはもう仕方がない。毅然と突き放すのも必要なのは理解してる」


 一気に内面を吐露した加奈ちゃんは、少し息を吐いてから苦笑した。

 色々な感情が過る瞳を見ていると……直接見てきた事柄ばかりのように思える。

 どれも遠くの情報からの軽い想いではないのが伝わってしまうのだ。


「甘やかしすぎも違うとは思う。それは人をダメにするもの。盲目的なのもね。客観性って大事」


 腕を組みながらギュンターを見る加奈ちゃんは自嘲している様だった。


「私はこんな感じ」


 ギュンターは肯いて私へと静かに視線を動かす。


「君は?」


 ――――考える。

 加奈ちゃんの言葉も噛み締める。


 成程、加奈ちゃんの言葉を借りれば私の前世の両親は産んだだけ、作っただけの人。

 記憶にある限り、私から搾取していた人達。

 都合良く使っていた人達。

 伯父にも集っていたとしか思えない。

 ――――私をダシにして。

 おそらくだが間違いは無いだろう。


 そんな人達だ。


 私はそういうあの二人を、今どう思っているのだろうか……?


 いざ考えてみると――――答えは案外簡単に出たのだ。


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