第60話

「どうして瑠美の従妹は、瑠美の所為にしてばかりなの? 人の所為にばかりしている人がいるのは分かっているし知ってもいるけど、それにしたって特定の人の所為にだけって……」


 加奈ちゃんは言葉を濁していたけれど、瞳に宿る色は明確な嫌悪。

 表情には唾棄したいほどの苛立ちが覗いている。

 ……私と視線が合うと申し訳なさそうにしながらも、案じる色が隠しきれない。


 どうやら加奈ちゃんは私のためにも怒ってくれているらしいのが分かってしまって、心が苦しくなる。

 加奈ちゃん自身が酷い目に遭っていたのに、それでも私の事を考えてくれる彼女を思うと、私はどうしたら良いのか、どう償ったら良いのかが分からなくなるのだ。


「君が償う必要は一切ないと思うけど」


 私へと視線を向けながら、ボソッとギュンターの心配だという響きな声と表情。


「私が原因でしょう?」


 当たり前だと答えると、二人共渋い顔。

 瞳を瞬かせている私に噛んで含めるように加奈ちゃんが話し出した。


「あのね、瑠美。瑠美が憎いからって、似た人を傷つける奴が悪いでしょ。確かにね、とばっちりを受けた人の中には瑠美を恨む人だっていると思うよ。でもね、少なくとも私は瑠美に悪感情を抱いたりするほど落ちたりしてない。瑠美がそいつを嗾けたんでもない限り恨むのは筋違いでしょ。だから、瑠美が償う必要は無いし、償おうとか思わんで良し! だいたいね、瑠美。私が逆恨みだとか八つ当たりだとかで人に何か償えって言ったり思ったりすると思うの?」


 真剣な瞳に見つめられ、加奈ちゃんの言葉を噛み締めると、自分の馬鹿さ加減に落ち込んだ。


「……加奈ちゃんはそういう人じゃないのに……ごめんなさい。返す言葉も無いです……」


 しょんぼりとした私に、加奈ちゃんは温かく微笑んだ。


「瑠美がさ、何でもかんでも自分の所為にするの、多分前世の従妹とか含めた転生前に周りに居た人達の影響が大きいんだろうね。勿論、元々の性格もあるとは思う。でも一番大きいのは……周囲の連中がそう瑠美に思わせてきた。瑠美はそこをちゃんと自覚しなきゃ。……辛いとは思うけど、認識を正しくしないと、きっと前に進めなくなる。認知の歪みって結構根が深かったりして治すの大変なんだよね。だからって放置しても自分も周りも苦しいだけ。瑠美の場合は自分を傷つけているのも気がついていないというより、率先して自分を傷つけているように私には見える。これも元々の性格があるとは言っても……大部分は周りの影響に感じるんだよね。そう思うのは私も散々母に貶されて貶められて馬鹿にされからってのもあるんだけど。私の場合は母以外が真面だったお蔭で、なんとかって所」


 言葉を一旦止めた加奈ちゃんは、どこか遠くへと視線を向ける。

 此処ではない……前世へと。


「それでも傷ついたし自分が嫌いだし自分を信じられないところもある。でもさ、自分が自分を信じられないなら、誰も信じてなんてくれないって思うんだよ。勿論、自分が自分を大切にしないなら、自分が自分を愛さないならもね。自分で自分を傷つけてたら、私の大切な人達の方がもっと傷つく。そう思わせてくれたのは私の前世の従兄。前世の母を除いた家族達。今の私の周りの人達皆。一番最初に大切にするのは自分で良いと思うよ。自分を大切にするからこそ、大切な存在の大事さが余計に分かる。胸を張って生きてたって良いんだよ」


それから忌々しそうな表情になる加奈ちゃん。


「とはいえやり過ぎはいけないと思う。自分だけ大事! 自分だけ可愛い! 他の人がどうなったって知っことか! ってのは逆に誰にも見向きもされない。何事も過ぎたるは猶及ばざるが如しでしょうよ。それで自分は良いのかもしれないけど、誰にも関わらずに一人で生きていきますって無理でしょ。誰も居ない山の中って言ったってさ、本当に全部自分だけで出来るのって話だし。自給自足するにしても、水源は自分が死ぬまで安泰なのかとか、病気になったらどうするんだとか、怪我したら? 本当に一人っきりで生きていけるの? やれるって言うのなら止めないけど、普通の人には無理だよね。その人にとってはそっちの方が生きやすい場合だってあるのは分かる。でも大抵の人にとっては苦行だよね。だから皆、人の中で生きるんだ。人の中で生きなくても良いだけの力があるのや精神性の存在は、既に人じゃない」


 加奈ちゃんは眉根を寄せながら腕を組む。


「自分さえ良ければって人は、結局、誰かがいないと生きてもいけないように見えるんだよ。自分だけの特典をもらうには、踏み台にしたり引きずり降ろさないとでしょ」


 加奈ちゃんは微笑みながら私を見る。


「長々と言ったけど、瑠美はもっと自分を大切にしないと。そんなんじゃ瑠美を大切に思ってる連中がおかしくなるのも分からなくもないよ。結果、ロクでもない事になりそうで怖い」


 それこそ返す言葉の無い私を、ギュンターは苦笑しながら腕を組んでみている。


「で、色々遠回りしていた訳だけど、これからフリードリヒ達とエリザベートをどうするつもりなんだい、エルザ?」

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