第58話

 プツンと糸が切れる音がする。

 パチンパチンと縫い付けていた糸が次々に切れていく。

 見えてくる諸々を今は封じ込める。


「加奈ちゃん、ゲームでもエリザベートと私は親戚にあたるのよね……?」


 私の問いに、彼女は慌てて答えてくれた。


「確かそうだったはず。再従姉妹だったと思う」


 鉛を飲み込んだような感覚を味わいながらも肯く。

 何かに内面をザラザラと擦られる幻痛に、思わず笑いがもれそうになる。


 ――――やはり誰かに仕組まれたとしか思えない。


 英里も唆されただけなのだと、そう思いたいだけかもしれないけれど。


「分からないのは、何故そこまで英里がフリードに執着しているか……なのよね……」


 声に力が無い。

 本当に分からないのだ。

 彼女という存在について、詳しくは無いからというのも理由。

 ……その事が、無性に悲しい。

 今だからそう思うのかもしれない。

 前世で、元の世界で思うべきだったのだろう。

 ――――いつも後悔は取り返しがつかなくなってからだ。


「……どうして瑠美の従妹を選んだのかっていうのも謎だけど……もしかして、その従妹が『月華のラビリンス』の事が好きだったから、私達がこの世界につれてこられた…とか?」


 加奈ちゃんは眉根を寄せながらも真剣に考えてくれている。

 ……それだけのことが本当に嬉しいと思う。

 自分の時間を使ってくれているのだと思うと感謝しかない。

 私はこんな事にも今更気がついた。

 ――――大切な時間を勇も舞ちゃんも私の為にどれだけ浪費したのだろう……

 何も返せていない。

 何もだ。

 私は――――


「瑠美だった君の親友に訊く事は不可能だけど、もう一方の君の宝物には可能性があるんだ。直接聞いた方が良い。君は自分を卑下しすぎる。無理もないけど。君の大切な存在は君に嘘や偽りを言うのかな? おべっかを使う? 言わなければならない事を言わずに耳心地の良い言葉だけを言うのかい?」


 ギュンターの言葉で目が覚める思いだった。

 外れて蘇った記憶を抑え込むのに注釈するあまり、大事な事を間違う所だったと冷や汗が伝う。


 大きく息を吐く。

 パチンと頬を叩いて気合を入れた。


「そうそう。君はそうでなきゃ。……加奈子だった君の疑問。これがちょっと面倒なんだよね。説明しようとすると妨害が入る。では特に難しいかな。それでも言えることは――――選ばれたんだよ。これは間違えちゃいけない」


 ギュンターは厳しい顔で言ってから一旦口を閉じ、眉間を揉んだ。


「いいかい、だ。ここを過誤したら絶対にダメだからね。瑠美という存在と逢ったからこそなんだ。瑠美が瑠美として存在しなければ、そもそもこの事態になってはいない」


 ……あたまが……こころ、が…殴られた様に痛くて痛くて――――逃げたくなるのを気力で堪える。

 ダメだ。

 それではダメだから。

 逃げても何も変わらない。

 私は決めた。

 決めたのなら――――どうあっても逃げない。

 逃げる訳にはいかないのだ。


 大きく息を吐けば胸いっぱいに空気が注入される。

 思考を回す。


「……ギュンター、逢ったと言ったわね。誰かに私が逢ったからこうなっているというのなら…その誰かについて私は憶えている?」


 どうにか絞り出した私に、ギュンターは難しい顔で腕を組みながらも答えてくれた。


「憶えてはいる、はずなんだけど……いいかい、人型とは限らないんだ。犬の姿だったかもしれないし、何かの虫の姿だったり、下手をしたらただのすれ違った影ってだけかも。ごめん、どんな姿なのかがまるで見えないんだ。僕とは属性が似ているけど違うって言えば違うから」


 そこで更に難しい表情。

 顎に手を当てて眉根を寄せる。


「僕はだけど、君を欲しがっている相手は多分。それも元々は君と近い属性だったはずだ。……属性…だった可能性が非常に高い。それなら色々と納得できるんだよね。同じ属性だったから使い方が手慣れているっていう感じだ。後天的とはいえ反対の属性の主には出来ない様な使い方をしているんだよね。。けどそれにしては理解度がおかしい。出来過ぎているんだ。だからね、””の中でも希少属性から反転した存在だと思う。僕が思うに、瑠美でエルザの君を狙っている相手は――――俗に”堕ちた”存在と呼ばれるものだろう」


 加奈ちゃんの声が震える。


「”堕ちた”……?」


 ギュンターは佳奈ちゃんへと視線を向けて静かに肯く。


「そう。加奈子だった君も気を付けて。”堕ちた”ら終わりだ。”堕ちた”同類になるのだけは絶対に。僕の我儘かもしれないけど、君の大切な存在にも、瑠美だった君の宝物にも、これ以上の拷問を与えるのは嫌だと思うんだ。してくる可能性もある。だからある意味”生まれつき”より狡猾かもしれないんだ。”堕ちた”存在は仲間が欲しくて欲しくて仕方がないとも、元の属性の存在が妬ましくて妬ましくて引きずり込むとも色々情報はあるけど、僕も生れて二十年さえ経ってはいないからね。あまり詳しくは無いんだ。見えはするけど他の”世界”に言った事さえない。本当に力になれなくてごめん」


 言い終えたギュンターは、私を真剣に見詰めた。


「憶えは無いかな? きっと印象に残っているはずだ。もしかしたら君の周りにいた精霊や妖精が忠告していたかも」

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