第52話

「いえ、エリザベートについてではなく……大叔父上は彼女を随分と尊重なさるものだと思いまして。理由を伺っても?」


 フリードが私から殺気混じりの視線を外さないままにギュンターへと問を発する。

 声音には心の軋みの様なものが含まれている様な気がした。

 しかも加えて何かドロドロとしたヘドロや澱を思わせるモノが、これでもかと垂れ流されて私に絡まって来ている気がする。

 ……もしやエリザベート以外について何か言おうとすると、現在のフリードはこうなってしまうのだろうか……?


「おや? 分かっているのかい? エルザは既に皇妃になる事が決定しているんだよ。つまりは皇族と言えども彼女を疎かにしてはいけないんだ。未来の皇妃を侮辱するような真似は許されない。現在の皇族でも皇帝陛下以外は彼女以下だよ。フリードリヒ、君はあくまでも皇位継承候補に過ぎないんだからね。彼女と違って」


 ギュンターはそこまで言ってから大きくため息を吐いた。

 忌々しそうな表情になっているフリードへと冷たい一瞥を向ける。

 侮蔑を込める事も忘れないのは流石だ。


「何度もアレを連れて行くように命じても君達全員が動かない訳だけど。ならもう良い、下がれ。これさえ何度も言わせるなら実力行使に出るよ。それが望みだというのなら速攻で叶えてあげよう」


 殺気混じりの、誰にでも分かるくらい明確に恫喝したギュンター。

 それを受けてだろう、後ろ髪を引かれる様に渋々皆が部屋を出ていこうとしたのだが……


「何なの!? どうして偉そうなのよ!! 私をどうしてバカにするの!!? 皆皆そう!! いつもいつもいつも!!! 嫌い嫌い大嫌い!!!!」


 突如叫び声をあげて私の胸元の服を掴みかかるエリザベートに困惑しきりで反応出来なかった。

 まるで長年溜め込んで腐臭を放っているかのような瘴気を思わせるモノが彼女から立ち昇る。

 その光景に息を飲んだ。

 ……恐怖ではない。

 いつかどこかで見た気がしたからだ。

 記憶が朧げになるほどの昔。

 確かに同じ様な狂気じみた殺気と怨嗟をぶつけられた。

 ――――あれは……誰、だった……?


「いい加減にしろ」


 ギュンターが吐き捨てた瞬間、エリザベートの姿は幻だったかのように立ち消える。


「アレの教室に跳ばしたから迎えに行くのは自由だよ。それでは」


 ギュンターが言い終えたと同時に皆の姿も消えてしまう。


「……フリード達はどこに……?」


 私が零れ出る様に発した声が、普段ではあり得ないほど弱々しくて思わず瞳が瞬いた。


「大丈夫。自分達の教室に移動させただけ。寮からちょっと引き離しておきたくてね。それからエルザ、自分に力は使えるかい?」


 ギュンターの言葉に首を傾げる。

 私の記憶を探索してみても覚えがない。


「――――ごめんなさい。自分に力を使った事が無いから分からないわ」


 そう言葉を発しただけで酷く疲労を感じる自分に驚いて首を傾げたのだが、それだけでも息切れするし目を開けていられない。

 意識が闇に沈むように遠くなるのを感じた。


「エルザ、兎に角自分に力を向けて。早くしないと色んな意味で大変な事になる」


 ギュンターの言葉を受け、ベッドに体を預けながら早急に力を私へと行き渡らせた。

 同時にあれ程感じていた疲労もダルさもまやかしの様に消えていく。


「……――――ギュンター……?」


 混乱した私は意識せず呆然と彼の名前を読んでいた。

 誰かと誰かが重なった気がして頭の中は千々に乱れ収拾がつかない。


「エルザ。落ち着いて、大丈夫だから。ベアトリス、アーデルハイト。外の様子を見てきてくれるかい? 多分どっちの陣営も混乱してるだろうから、情報収集頼むよ」


 ギュンターは私を安心させる様に微笑んでから二人に指示を出した。

 それを受けてベアトリス様とアーデルハイト様はリーナと目で会話してから肯き、足早に部屋を出ていく。

 それを見送りながら私は何度も深呼吸をしていた。

 何はともあれ心の平穏を取り戻さなければ新しい事柄が入っては来ない。

 ……想像以上にフリード達の全てに私の心が悲鳴を上げていた。

 自分からかけ離れた人物像を演じる事にも疲弊が累積されてしまったうえに――――


「さて、この部屋に結界も張ったし秘密のお話をしようか」


 ギュンターは悪戯っぽく笑う。

 私をチラリと見た時に、これ以上考えるなと言われた気がした。

 ……どうにか私は平静な思考回路を招き寄せようと苦心する。


「カタリーナで加奈子だった君。気が付いた事があるんだろう?」


 ギュンターは全てを見通すかのようにさも当然という風情。

 それを受けた彼女は真剣な表情で肯いた。


「ええ。エリザベートについて分かった事があります」


 そこで言葉を徐に切ったリーナは、ギュンターから私へと視線を移す。


「エルザ。いいえ、瑠美。エリザベートはおそらくだけど私達と同じ世界から来た転生者よ」


 おそらくとは言っているけれど、確信を持った声音で告げるリーナの瞳も表情も真剣そのものだった。

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