第53話
「確信があるのね、二人共」
私の声は思った以上に静かで落ち着いたものだった。
常よりオーバーヒート気味になっている昨今の私の脳味噌さんでも、確かに違和感に気が付いたのだ。
成程二人がわからないはずもない。
そう独り言ちてから改めて二人へと視線を向ける。
「殿下、私が発言する事をお許し願えますでしょうか?」
リーナで加奈ちゃんでもある彼女は、先ずギュンターに対して最上位の存在へと向ける礼を執る。
「気にしなくて良いよ。君が君の仕えた神に対するのと同じような感じで大丈夫だから」
ギュンターは苦笑を浮かべながらも目は温かだ。
「ありがとうございます。私にとって、彼の欅に宿る方は家族でした。とても大切な……その事を思い出させて頂きましたことに感謝を。それに私は貴方様の様な御方には決して礼を怠るなと、欅の爺から叩き込まれております。どうかご容赦を」
加奈ちゃんが今まで見てきた中で一番嬉しそうに、誰よりも礼を尽くした所作をギュンターへと向けている。
「覚醒してないけどルディアスとフリードリヒも私と同類だから、ちゃんとなったら同じようにした方が良いかも」
悪戯っぽく楽しそうにギュンターは告げてから、前髪をかきあげつつ大きく面倒そうにため息を吐いた。
「それにしても……”アレ”ときたら嫌になるねしかし。加奈子でリーナの君、君の感じた事を教えてくれるかい? 私同様に気分が悪くなっている様だからね」
ギュンターの言葉を聴いて慌てて二人の顔を交互に見る。
「大丈夫!? ごめんなさい、気が付かなくて……本当にごめんなさい」
思わず謝るほどに加奈ちゃんでリーナの顔色は悪かった。
ギュンターは私ではない何かに呆れた様な様子ではあるけれど、少し気分が悪そうに見える。
……彼女があまりにも嬉しそうだったから、彼が楽しそうだったから見逃してしまう自分が本当に情けない。
「大丈夫よ、瑠美。ちょっと言い方は悪いけれど、殿下同様”アレ”としか言えない存在に当てられただけ。本当に何”アレ”」
加奈ちゃんと今は呼ぶのが正しいだろう彼女は、心底ウンザリする様子を隠しもしない。
「まったくもってその通り。だからディルクの周りにあれ程居た精霊の気配が微塵も無くなっている」
ギュンターが加奈ちゃんの言葉に肯きながら大きくため息。
「あの小僧、目は見える様になっているから余計に気が付いていないが……精霊をおそらく”アレ”は捕食したぞ。だからこそまだ”アレ”はこの世界に居るんだ」
先程より多くの髪をクシャっとかきあげたギュンターは、それこそ苛立たしいのだろう、靴をもコツコツと鳴らしている。
「私には精霊は見えませんから実感はないのですが、ディルクは格別に精霊に愛されていると聞いていました。彼には……精霊が捕食された事は分からないのですか……?」
精霊を捕食という恐ろしい事態に帝国貴族としても、ましてや未来の皇妃としても表情が引き締まり背筋を正した私を見て、ギュンターは心配そうに苦笑しつつ口を開く。
「精霊が見える者に当たり前に見えるんだけどね……魔力があるからと言って精霊が見えない者には全く見えないんだよ。いくら紫の瞳を持っていたとしても、精霊に気に入られたとしてもだ、見えないものは見えない。こればっかりは才能。更に言えばディルクの場合は親のペナルティもくらってるからね。だから精霊にあんなにも愛されていても分からないし気が付かない。エルザは例の異世界から来たっぽい奴に力を使ったつもりなんだろうけど、実は君の能力範囲ってその気になれば無制限なんだよ。ただ、現在の器ではそれに耐えられないから無意識に制限している。だけどね、君って意識してないけど割と広い範囲を常に観察、探索、探知に解析? みたいな感じで見てるんだよ。ところがどこかの誰かが邪魔してるおかげで気が付かなきゃいけないことも分からなくなってる」
そこで一旦言葉を切ったギュンターは大きくため息を吐いた。
これから口にする言葉が私を傷つけるのを知っているかのように、痛ましさを乗せた瞳で私を見る。
「ごめん、話がそれたね。つまり、エルザは目が見えない状態のディルクの側に居たよね。一緒の小さな小屋に長時間。それだけで何等かの状態異常、ええと、人間によるもの、人間以外によるものの違いもなく、どんな方法でかけられたのかも関係なく、肉体的、精神的、能力的に本来の状態ではなかったら分かるんだ。そのうえ君がそう言う状態の相手に対して親身だったり好意的な心象になった場合、無意識に能力が発動する。勿論意識的なものじゃないから今の君じゃすこぶる弱いけど、それでも能力を制限されているなり異常な状態にされている相手のソレを緩和するんだ。だからディルクは、本来なら精霊から何一つ、それこそ微塵も受け取る事が出来なかったのに、精霊から良い影響を受けていた。受けていたんだけどね……それを鑑みた場合、精霊が捕食されたらディルクは気が付くはずなんだ。周りの、それこそフリードリヒとエドヴァルド分からないのはおかしいし異常なんだよ。彼等の心を見てみたけど……分かっているのに無視という最悪な状況だった。エルザもリーナもこの意味が分かるだろ? 帝国貴族、それも大貴族に生まれた君達ならば」
ギュンターは話ながら顔色が悪くなる。
まるで何か疎ましく悍ましいモノを思い出しているかのように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます